Photogenic
所沢店
Yourself choose....
投稿日:2018/10/27
3216 28
photo by volvo
codi by moriya
写真は芸術だと思いますか?
それとも
ただの道具だと思いますか?
ある見方では、写真は芸術では無いという意見があります。写真は絵画や彫刻のように一から生み出すものではなく、現実に存在するものを写すに過ぎず、その写実性を排除できない以上写真は自分で作った作品ではないという理由から、このように言われる事があります。
確かに絵画なら自らの手によって0から描かれてますから自分の作品であると言い切ることができます。
しかし写真は、よく撮れたと思ってもただ被写体が美しかったからや、偶然という言葉で片付けられてしまう事も珍しくありません。
つまり写真に写っているものは自分の力で作り上げたものじゃないのだから芸術ではなく現実を写す道具であると言われるのです。
確かにその面は撮影をしていると大いに感じる事でもあります。
例えば風景写真家は雲海を撮りたくても雲を発生させる力は無いので自然が生み出すのを待つしかありません。
槇原敬之の曲の一節にあるような「君の笑顔のわけがもう一つ増えるなら、今降り出した雨だって僕はやませてみせるよ」
という事が可能なら話は別ですが・・・。
写真館という視点から見ると、写真の道具性はさらに明らかです。
今日まで写真館で撮られている記念写真というのはまさに現実を残す道具としての役割を担っています。
いわゆる七五三やウエディングというのはその典型で、記録的要素が多くを占めます。
実際に撮影をしている我々にも置き換えてみます。
実は私達は写真の芸術性と道具性の狭間で揺れ動いています。
私達は毎日のように写真を撮っていますが、その質は必ずしも一定ではありません。
なんか調子出ないなと思うときもあれば、やたらと調子が良いときもあります。
なぜでしょうか。
もちろん実力が足りなかったり理由は色々ありますが
最も大きいのは、写そうとしているのが自分の操る力を超えた「現実」だからです。
現実を写す事は自分の力だけではどうにもならないことがたくさんあります。
実際に、子供達を操るのは雲海を生み出すぐらいに、、というほどではありませんが簡単な事ではありません。
光やインテリア、思考状態、そして被写体。
その時その瞬間の全ての状態が唯一無二であるが為に、シャッターを押すたびに
自らの意思、思考、意図を写真に取り入れる事がとても難しい仕事です。
そうすると我々はどうなっていくでしょうか?
写真の芸術的要素を撮影者が自ら放棄します。
記録写真に留まる事を自分で設定し、写真に対する欲求や自由意志を捨て
決められたように、慣れたようにシャッターを切るようになります。
そうなった瞬間、知らずしらずのうちに写真が芸術ではない事を自ら認める事になっていきます。
一方で写真というものがどのような構成要素をもっているのかもう一度考えてみると、芸術的側面も見えてくるかもしれません
写っているものは全て現実に存在するものでしかないけれど、それをどのように写すかは
撮影者の判断によって変わってくるものでもあります。
例えば、カメラの設定はカメラというルールの元でしか変える事はできませんが、どの数値にするかは撮影者だけが
決められます。
例えば、いつ、どのタイミングで、どのようにシャッターを切るかは、撮影者にしか決める事はできません。
そして写真を撮る側だけではなく観る側の視点からの見解も必要です。
見る側にとって芸術的感想がなければそれは芸術ではないと私は思います。
例えば何億円で取引される絵画には、いまや芸術的価値よりも数字的な価値の方が重要視されていますが
これはもはやその絵画が芸術ではなく金儲けのために道具化している事を意味します。
その絵画を見る目線によって芸術にもなるし、道具にも変わってしまうのです。
だから私が思う写真に対する結論はこうです。
写真は完全な芸術ではないが、芸術の面も持っている
しかし芸術の側面を高めるには条件があり、撮り手の考えが弱く外的な要因に影響されて変わってしまうようならそれは芸術ではないし
撮られた写真を見る人が芸術だと思わなければそれは芸術ではない
私は今回のこの写真が道具性の要素を強く持っているとは到底思う事ができません。それは驕りとかと言うことではなく、質を見れば分かります。
もしこれが道具というならば、顔も写ってないし写真館で撮るような写真でも無いので、逆に道具として成立していないように思います。
記録として残したいというだけでは説明がつきにくい印象の写真です。
ただし、それだけでは芸術とは言えません。たしかに全ての構成要素に私の意図が入っていると言える自信はありますが
自己中心的な写真を撮るだけなら芸術ではありません。
モニター時、この写真が出てきた時の親御さんの歓声があって初めて芸術として成立するのだと思います。
結局は写真の性質がどうかではなくYourself choose....
私がこの写真で伝えたい事はまだまだあるのですが、くどくなってしまうのでこれくらいにします。
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