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ムチノチ!①: 哲学とは何か?

2017/4/10

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所沢店では、昨年から哲学の講義をしてきました。
なぜ写真館なのに哲学を勉強するのか?
それは私たちは写真館ですが人と人とのつながりを大切にしているから。
人と人とが繋がるためには、まずは自らが現れなくてはできません。
自らが現れる、それは自分がどんな人間で、また人間とは何なのかについて、
絶えず考え悩み決断をすることが必要になってきます。
考えるということは、習慣づけなければ身に付きません。
哲学というものを勉強することによって、自分の力で考え行動し、
自分の意志で、人生を豊かにし人と繋がれるようになりたい。
そんな考えのもと、ライフスタジオでは、哲学を勉強しています。

よかったら、私たちの取り組みの一部を一緒に覗いてみて、
店舗に来た時に、人生について深く話してみませんか?

 
 
哲学ってそもそも何?

 哲学が日常生活とどういう風に密接しているのか?など、できるだけわかりやすく例えを交えながら話しました。ポイントは「当たり前のこと」を「当たり前に思わないこと」。私たちが住む世界はいまや当たり前のように存在しているし、特にそれが何なのかを知らなくても考えなくても生きていけるため、哲学の重要性を感じにくくなっています。

 しかし、哲学そのものを考える前に、人間という生き物がどのように生きたら人間らしいのかを考えてみました。例えば、「日々ただ楽しければそれでいいのか。」、「何を目的として生きているのか」、「考える上で常に基準となるものは何か」などです。

 撮影に置き換えると、お客様によって、こどもによって、一緒に入る撮影者によって、店舗によって、天気によって、その都度撮影の基軸となる考え方や方法が変わってしまえば、自分の言動に説得性や一貫性を持たせることができず、その都度まるで人が変わったかのように撮影をするでしょう。
 その反対に、自分の中に基準となるもの(例えば「人」や「愛」など)が常にあれば、どこにいても、誰といても、いつでも、「私」が「私」でいることができ、自分の生き方を自覚することができるでしょう。また、自分に基準がないということは、人生において何か岐路に立った時、悩んだとき、迷いが生じたときに、まるで方向性を見失ってしまいます。
 哲学エッセイでもあるように、「哲学は人生の羅針盤」のような役割をもっているため、何かを考えるときに目的や基軸をもとに考えるため方向性を見失わないでいくことができるのです。
 店舗で考えてみましょう。店舗の基準が無いと、仕事の仕方や指示にも基準がありません。人を見ること、仕事において最優先事項が何なのか誰にもわかりません。ライフスタジオの基準はすべてにおいて「人」ですが、「人」という基準がなければ、誰かの人生を大切にする意識が無いため、店長に自分の利己的な判断でスタッフに休みの日にまで働かせたりするかもしれません。誰かが仕事のキャパシティを超えたときに誰も気付かないかもしれませんし、そもそも人に興味が無いので「自分」は「自分」、「他人」は「他人」で助けようとはしないかもしません。
 撮影においても、お客様を「人」として見ることができないと、「クレーマー」と決めつけて、そのように扱ってしまうかもしれませんし、クレームが怖くてスタッフに無理なことをさせてしまうかもしれません。
 また、ただ楽しさのみを優先して仕事のひとつひとつが持つ意味を考えず、楽しさで道を外れても誰も気が付くことができないかもしれません。このように、仕事をするというひとつのことについても「羅針盤」のような役割が必要です。だから、哲学は日常生活と密接に関係しているのです。
 
 
『すべては関連している』
 
 ここでのポイントは、『関係ないものなどない』ということです。例えば、私たちがH&MやForever 21などで安くておしゃれな服を継続的に購入することで、強制労働させられている児童の数が増えるということを知らずにそれでもファストファッションを購入しますか、など。
 自分が考えも及びもしないところで様々な影響がある。関連しているということは、ただ一緒にその場にいたりするだけでも関連しているということになるし、その場にいなくても一つの行動だけでも何かと関連しているということになる、という考え方を講義しました。「あなたには関係ない」ということは決してないということです。つまり人は一人では生きていけないし、何も関係しないで生きることは自給自足をして山奥で暮らしても不可能です。人は関連しあって生きていくのだから、興味や関心無しで生きていくことは本来ならばできないということです。

 しかし、すべてに関連していると言っても、今そのことに依存していないこともあります。それが関連しているけど関連していないということです。例えば、私は社長に出会っていなかったら今の私のような考えになっていなかったのかもしれないので、今現在の私には関連していますが、今電車に乗って隣に座っているおばさんとは同じ空間にいて関連していますが、おばさんがいなくても私は変わらないので関連していないということになります。

 つまり関連とは相対的(時と場合によって)に独立をしているという考え方です。
 その考え方は、何が主要に関連しているかを考え判断していく訓練になります。その訓練をしていくと、会議などで話題が逸れたりしても修正ができますし、本当に関連しているものピックアップしていくことが容易くなります。
 店舗内で言うとクレームがいい例になります。ライフブックのクレームの原因がどこにあるのか。ライフブック自体のクオリティの問題なのか、写真自体の問題なのか、それとも撮影の雰囲気の問題なのか、ひいてはスタッフの認識の問題なのか。
 ライフブック一冊にしても全てが関連しています。しかし、クレームの入った根本の原因はなんなのか。お客様が言っている本当の真意は何かをケースバイケースで様々な角度から見て考え判断し、主要な関連を見つけていくことが重要です。何が本当に関連してこの問題が発生しているのかを判断する鍵は、その問題が依存しているものは何かです。要は、関連している原因の何が無くなったらこの問題が起きていないのかというフレームワークが必要になってきます。そうして、適切な関を見つけ出すことが重要です・

 
『変わらないものはない』

 例えば変わらない愛を望んでいてもやがて何かに変わりますし、若さを保ちたいと望んでいても、いつかは歳を取って死んでいきます。変わらないものが無い中で、変化を受け入れられないと待っているのは緩やかな停滞です。なぜならば、周りは常に変わっていくのに、自分はこのままでいたいと歩みを止めてしまうからです。
 また、変化をするということはどのようなものなのか。外側から揺さぶられたら変化をするのか、それとも変化する要素が内的にあるからへ変化をするのか。どんなものも、「変わる」と「変わらない」という両面の要素をもっています。
 例えば、ダイエットをしたいけどできない人には「痩せたい」という要素と「食べたい」という要素があります。その両極端の要素を含んだ状態で「好きな人」という外側からの刺激が加わると、「好かれたい」という目的ができ、「痩せたい」という要素が勝ちます。これが変化をする仕組みです。しかし、仕組みを知るだけでは自ら変化し成長することはできません。
 外側からの刺激に頼らず自ら成長していくためには、まずは自分に「目的」や「主題」を持ち、それに基づいた「内的矛盾」を持つことが重要です。ポイントは、「自分が足りない・知らない」ということを知ることです。
 そのことが常に自分に主題を与えてくれます。どのように生きたいのか、どのように成りたいのかを知ることは、自分がそれに至るまでにまだ「足りない」ということを明確に気付かせてくれます。そのことに明確に気付き、実際にその矛盾を解決するために行動することが、変化発展のためのカギとなります。そのフレームワークが自らに在ることが、いつも・どこでも成長できる人になれるのではないのでしょうか。
 

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