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本社
悩む力
投稿日:2009/7/6
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久しぶりに、いい本との出会いがあった。
いつからか叫ばれるようになったグローバル時代が、最近は新自由主義に統一され、私たちの人生をより狭める姿を目にするようになった。そんな論理に私自身も感覚的で即興的なものに関心をもつようになり、表皮だけがのこった言葉と行動であふれている。
韓国から送られてきた「悩む力」をもってトイレに入り、1時間が過ぎた。
第一章に書かれている“私とは何者か?”とは、私が思春期の頃からもっていた問いだった。
高校1年の授業時間に教科書の間に挟んで読んだ、“ダミアン”が思い出され
初恋の告白を“あなたにそまっていきたい”と言うほど頭にしみついていた“星の王子様”“所有と存在”“存在の美学”“何をするのか”などの本が、頭をよぎる。
著者が言っている“自我というものは他者との相互承認の産物だ”という部分に、同意する。
また認められるために自分を他者の前に投げ出す必要があるという表現は、そのままライフスタジオのためのものである。
被写体が何かをするためには、先ずスタジオのスタッフが自分を投げ出す必要がある。電波を発射すれば戻って物体を認識させるレーダーのようなものだ。電波を発射しなければそれは無意味なものであり、どんな価値も生まれては来ない。
反射してかえってくる姿で、相手を認識し、自らを確認する。
そしてその電波を受ける被写体は一つの花になるのである。
30年余り前、韓国では勉強をするときに使う白紙のノートがあった。そこに英語の単語も書き、数学の問題も解く。そのノートの表紙は有名な詩と共にキレイな少女の絵がかかれていた。ノートの選択基準はいつも、その詩と少女によって変わった。その中でも最も人気があった
- キムチュンスの花-
おそらく、30代後半の年代の人にとっては昔のノートを忘れることは出来ないだろう。
花
キムチュンス
私があなたの名前を呼ぶ前は
あなたはただ
ひとつの形に過ぎなかった。
私があなたの名前をよんだとき
あなたは私にやってきて
花になった。
私があなたの名前をよんだように
私の、この色や香りににあった
私の名前をよんで下さい。
あなたのまえで私も
その花になりたい。
私たちはすべて
何かになりたい。
あなたは私に、私はあなたに
忘れられない
一つの何かに、なりたい。
人間は同じである。一つの意味をもちたい気持ちは・・・・被写体もカメラとスタジオのスタッフの前に、その何かになりたい気持ちになってはじめて、少しずつ自分を確認するようになる。
ライフスタジオでは顧客を満足させることに対して、大げさに考えない。
私たちが顧客の名前をよべば、顧客も私たちの名前をよんでくれ
お互いに一つの存在になっていきたいという気持ちを、真理だと考えるからなのだ。
顧客満足は、その結果なのだと思う。目標ではない。
ライフストーリーで、顧客との会話を、真摯にうけとめ見守っている。
“ライフスタジオも調子にのってる”と言われるかもしれない。調子にのっているということは、自分自身を節制することができないという信号であり、お互いのバランスが崩れているという証拠になるだろう。
顧客の声を尊重する。感情的な対応も問題ではあるが、それは誰の問題だと決め付けることは、もっと大きな裂け目が生じる。顧客の立場で考えるというのは、私ではない、あなたの立場で考えるということであり、相互承認の出発だ。
ライフスタジオは、多くの関係をもっている。
顧客とスタジオ、満足度と支払い、信頼と紹介、本社と加盟店、社長とスタッフ、男性と女性、韓国と日本、カメラマンとアシスタント、利益と時間、売上と客単価などなど・・・・・・
何か一つでも、簡単に解けることはない。あるいは、永遠の緊張をもたらす矛盾だらけの主体なのである。
何をもって、どんな論理で、どんな主題で、形式でそれを解いていくのか?
姜尙中教授が言っている悩む力ということが、生きていくことなのであり、悩む力が生きる力だという主張に、もう一度必死で悩みながら生きていく力を得た。
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