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写真の見かたー岡部昌幸ーその②

投稿日:2012/3/8

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19世紀後半~写真芸術の探究~


写真術が公開されたとき、当時の画壇の重鎮アンリ・ドラローシュは、「これで絵画は死んだ」と叫んだ。
細密な写真には、驚くべき描写力があった。
だからこそ、写真の発明者達は、エリオグラフィー(太陽で描く)またはフォトグラフィー(光で描く)と名づけたのである。
ところが実際は、その本質とは別方向に進んだ。
19世紀美術史は写真の存在ぬきには考えられない。
画家のほとんどは、写真という魔法の素描を利用し、その影響下にあっただけでなく、逆に写真と対決することで、モダニズムを誕生させた。
しかし、写真家達は、物語性や寓意を重視した絵画に追従することになる。
こうして、絵画を死なせたはずの写真が、絵画の流行に屈服することになる。
だが、真の写真芸術を求められた自然主義的写真(ナチュラリズム)もまた、絵画主義的写真のアンチテーゼとして誕生した。
いっぽうで、本来の正確無比な描写的記録性を最大に生かし写真を発展させた写真家もいる。
彼らは開拓地や道の世界を踏査する使命を果たしただけでなく、異邦の世界像を西洋社会に明確に現して見せ、その影響は大きかった。
そして、帝国主義と独占資本主義の矛盾が爆発寸前となった世紀末、特にその問題を抱えた、米英に優れたドキュメンタリー写真が誕生した。

19世紀後半では、大きく分けて3つの写真による表現方法が確立されている。
①「絵画主義的写真」
・オスカー・ギュスターヴ・レイランダー
・ヘンリー・ピーチ・ロビンソン
合成(多重露光)による絵画的な作品。
写真を芸術と認めさせるために、絵画を模したような作品を作ろうとし、合成や修正の技術が生まれた。

②「自然主義的写真」
・ピーター・ヘンリー・エマーソン
写真も自然もあるがままの姿を写すべきだ。
人間の目がとらえる映像に近い写真を撮ろうとした。
自然主義的写真を提唱したエマーソンが主張する焦点法が、ディファレンシャル・フォーカシング(差異をはらむ焦点法)である。
画面の中心となるポイントのみ焦点を合わせ、周囲はぼかし気味に表現していく方法だ。

③「描写的記録性写真」(ドキュメンタリー写真)
・ウジェーヌ・アジェ
アジェは、建造物、彫刻、店、衣装、公園、街で働く人々など、さまざまなパリの姿を記録した
彼は、芸術的というより、そのものが持つ本来の姿を記録することに重点をおいた。
・ルイス・ウィックヌ・ハイン
炭坑、製鉄所、工場、農場、路上で働く子供達の実態を撮影した。
ハインの写真には、社会性の観念が強く打ち出されており、ドキュメンタリー写真の先駆けともいえる。
児童労働が過去の記録となるまで、写真を提供し続ける。という強い信念がある。

そしてこの時代に誕生した「近代写真の父」と呼ばれるアルフレッド・スティーグリッツも忘れてはならない。
彼はストレートフォトグラフィを主張した。
ストレートフォトグラフィとは、ぼかしや合成などの技法・修正をまったく行わず、撮影者が見たあるがままの世界の瞬間を撮影するということである。
「エクィヴァレンツ」(等価の意味)のタイトルには、写真家は作品を通して、自分の意思を主張すべきだという意味が込められている。
絵画の模倣から抜け出そうとしたこの時代に生まれた様々な独創的な表現方法がずっと今でも生きつづけていることがすごいなと思う。
自分や他人の写真表現の一つの決め付けに対して、「その表現は少し違うんじゃないかな」と否定して新たな主張をすることで、新しい価値のあるものが生まれていくんだなとしみじみ思いました。
他のものに対しては否定することが安易だけど、自分のことになると否定することを躊躇し、本当はいけない方向へ進んでしまっている状況を考えたらゾッとした。自分の表現方法に疑問と否定をすることで、あらたなものを手にすることができるのではないか・・・

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