Staff BlogShonan

Masashi Kuroki
湘南店

黒木 昌史

宇宙の端っこってどうなっているかって知っていますか?

そんなの誰にも分からないですよね。
そんな分からない事を日々想像している人間です。
小さい時に本屋で見たUFOとネッシーの本がそんな自分を作ったはじまりです。

写真を愛し、ギターを愛すバンドマンでもあります。
みんなを笑顔にすることが自分の生きる糧となっています。

I'm Rock

Photo 『 花、開く 』

2016/7/18

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Life studio Shonan
Photo by Masashi Kuroki
Codi by Mayuko Hara
 
                             
                  人生は無駄の積み重ねで花開く。
 

最近、流行っていた言葉の一つに「ルーティン」というのがあるのは皆さんもご存知の事。
その意味としては、決まりきった仕事、日々の作業とある。
文字通りこの意味から取ると多くの人が毎日の仕事や動作、生活において該当するそれがあるでしょう。
しかしこのルーティン、毎回必ずやり続ける事は難しく、毎回やり続けてこそ意味を成す事なのでしょうが、そもそもこのルーティンには何の意味があるのでしょうか?
その答えに関して私は「ルーティン自体には意味が無い」そう思います。
なぜなら達成したい目標やどうしても出したい結果があるからこそ、そのルーティンに意味が宿るのだと思うからです。
でもこれは当たり前ですよね。
そういった目標や結果が元々無ければそれはただの癖やジンクスみたいなものに過ぎないからです。
 
私が今まで生きてきた上でいわゆるルーティンと呼べるものがあります。
それは20代の頃、バンドをしていてLIVEをする時の事。
私は日頃、靴下はハイソックスと決めています。
靴下とLIVE、そしてルーティン、その関係はこうです。
LIVE前、楽屋から出る直前にLIVEの成功を誓うと共にその靴下を膝下までススッと上げるのです。
この私のルーティンに関しては賛否両論あると思うので軽く聞き流してもらっても構いませんが何百と繰り返したある種のルーティンなのかもしれません。
 
では、本題である撮影に関してのルーティンに話を移します。
それは単刀直入に言うと、毎回同じポイントで撮影を繰り返すというものですが、これだけではまだルーティンと呼べるものではないでしょう。
同じポイントを繰り返すというのは撮影という大きな世界を小さく分けるためです。
サッカーで言うところのフリーキックのようなものでしょうか。
そうすることで自分自身にルーティンの準備をさせます。
そして「その場所で最も鮮やかな景色を想像」します。
毎回のその瞬間を決定的なものとし核心となる写真を残すために決まった想像をします。
するとそのシュートは決定率を増していきます。
そしてそれを繰り返したある時、自分の想像していた景色を目の前にする事が出来るのです。
その瞬間それは想像ではなくなり現実のものとなっていきます。
そしてまたそこで新たな景色を想像する。
つまりこれに終わりは無く、永遠に同じ場所で違う景色を観る事が出来るのです。
それと同時に始めの景色を想像していなければ次の景色は無いという事。
これが私が最重要に思う事です。
 
冒頭に述べた「無駄」というもの。
何の景色も想像せずに繰り返すのはただの無駄になってしまう事が多くあります。
それだけでは身に成る事には至り辛くただの無駄の積み重ねに過ぎないかもしれません。
しかし、頂上の景色を想像し、同じ山を登り続けることでその一歩一歩は初めて努力というものに変化をしていくのでしょう。
その為に、時には遠回りだと分かっていても通らなければならない道もあるし本当の無駄を探す事も必要です。
だからこそ、無駄を積み重ねる事がその山の頂上に花を咲かせることに繋がるのです。

 
 
撮影者として、目の前にある宝ものを写真の中でより宝ものとして表現する。
これが私の想像していた一つの景色であり、次の景色を目指そうという実感を得た瞬間であり、彼と一緒に山を登った瞬間でもありました。
 


   
     人生は無駄の積み重ねをする事でようやく一つの小さな努力となり、その繰り返しで花開く。








































 

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