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千葉フォレスト店
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Photo「写真を作るということは」

投稿日:2018/2/15

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写真は’光で描く絵’と言われている。この言葉の意味を解いてみると光は材料であり、描くことは行為であり、絵は完成した実体だということが出来る。すなわち、光を使用し見せられる実体が写真ということだ。使用して見せられるようにする行為者はカメラを持っている撮影者で、光で写真を作る人だ。核心はどこにあるかを考えてみる。材料は一般的なものであり、写真も完成させられた後に共有されるようになると普遍的なものになる。従って撮影者の考えが行為になる過程、材料が写真として作られる過程が、私達が撮る写真の核心だと思う。
 
作るということに同意しない人はいないと思うが、その前提には’考え’が敷かれていなければならない。考えとは観念的なものでもあるが、計画書と同様に理論でもある。考えと計画を同時にすることは簡単ではないが、撮影をしながら考えと作るということを同時にする日常化が多くの誤りをもたらす。誤りとは上手く撮られていない写真、自ら満足できない写真、顧客も納得出来ない写真ということが出来る。写真を撮る前提条件である’考え’とその考えを表現する’行為’をよく合わせてみると’作る’ということになると私は考える。
 
考えは自身の主題でもあり、追求するもので、イメージだ。行為は構成であり、操作することで、活動だ。そしてすでに存在するものたちは写真の材料である数多くの要素だ。光と色、そして空間があり、被写体、インテリア、小物、衣装などだ。食べ物で例えると、健康な幸せを追求するのであれば、美味しいご飯を作らなければならない。米と鍋、水、火が用意されているのであれば、鍋に米を入れ、水を手の甲まで入れた後、時間と火を調節してご飯を作る。ただ一食を満たすためのご飯は美味しいご飯であるというよりは、ただのご飯にしか過ぎない。重要なのは追求することを逃さずに持続して行うことだ。一度、二度と継続すれば自分だけの内功として蓄積され、その人の色となり、本当に追求するものを知るようになる。
 
主題 - 神秘
2016.02 photo by L.H.Y

この写真の主題は[神秘]だ。
写真で追求することは[違い]であるため、異なった視線を探そうとし、特別な主題を考えるようになる。写真は日常であるが写真館に来る日ほど特別なことはない。何かを記念する日も特別であり、家族と外出する日も特別だ。日常的な空間ではない場所で日常を表現し記録することも特別だが、その日ほど映画の中の主人公のようになれる日はなく、雑誌に出るようなモデルになれる日もない。ある特別なことを提示することは演出家の役割だ。撮影者が被写体の演出家になるため、主導していきながら被写体は信頼を抱くようになり依存する。そのため撮影者の主題選定は権限と責任だと言える。
 
主題を持ってイメージを準備する。[神秘]は不思議であり、妙なる雰囲気を言う。事実的ではなく夢幻的でなければならず、夢や幻、女神などを連想させる。イメージの材料を通して、煙が必要であり、森を表現するためには青い色や木が必要なことをチェックする。被写体のヘアーをアレンジし、似合うような衣装を準備する。その次に位置の選定と操作だ。自然光がよく入る窓側に被写体を案内し、光を浴びられるような高い場所に座らせる。構造風はすでに準備されているインテリアだ。被写体の位置を中心に前と後ろ側に大きな鉢を置く。下の方には適当な量の煙を放ち、背景をぼかすように作る。光に向かって姿を演出するために被写体を動かす。横顔なるように顔の角度を調節しスレンダーで長い腕の片方を、力を抜いた状態で下ろすようにする。人間の線と動きを強調するために横にある布を持つように誘導する。操作が終われば構成に入る。四角のフレームに入ってくるインテリアの背景と濁ったような色味、そしてぼかしを使い、木の枝と葉っぱの位置を設定し、被写体に最も合う光を画面の中に入れる。光に触れるようにするための最終的な動きはレンズを利用し撮影する人、自身である。望遠を使って遠近感を利用し、光を集めるために絞りを開く。シャッタースピードは一貫性のある数値で固定しておく。そして被写体に注文をし、シャッターを押す。長く羅列したが撮影する時間はわずか数秒に過ぎない。被写体を配置して注文をすること以外は準備されている演出であるからだ。撮影者のプライドとプロ根性は構図と露出で出てくる。被写体の表情は撮影者の努力というよりは、そろっている条件が多くの割合を占めているため、完全に能力だとは言えない。しかし1cmの構図設定や露出は完全に撮影者の能力だということが出来る。Normalとunder, overの露出の差で写真の雰囲気を決定するからだ。足らないところがあっても原本で勝負するという原則が守られること、また写真を作る過程で省くことの出来ない重要な項目だということが出来る。
 
撮影者たちは写真を上手く撮りたいという話を沢山する。私自身もそのような人のうちの一人だ。いつでも良い写真を求めている人だ。そのため悩みながら[主題]を先に考えるようになる。追求することは[違い]であるが、他のものが消滅していく程に多様で、豊富なアイディアが世の中に出ている。現実的に市場という限界が与えられていることも事実だが自分がやってみたことのない経験の方がかなり多くあるはずだ。今ようやく主題をいくつかやってみたというぐらいに過ぎない。考えを継続的に引き出していかなければならず、実現することが出来るよう行為と行動を持続していく。
 
写真を‘作ること’は自身の道を選択した後の宿命とも同じである。
なぜなら、自分の仕事を自分だけの原理と原則で実体化することだからである。

自分の考えを自分の行動で作ることは
‘自分’という特別な存在を普遍的に世の中に出すことと同じだからだ。
私たちはそのような価値ある存在として人生を生きていきたいからである。

 

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