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草加店

菊池正国

自分がまずは動く事
それが明日を変える一歩

真情あふれる

2019/5/7

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最近いい写真の基準は何か?という考えをよくします。

写真に対して集中している動きを感じとることができ、それは新しい何かを探しているという見方です。勿論どちらも同時に行われています。

光が良ければいいのか、構図が良ければいいのか、衣装が良ければいいのか…どの部分に基準を置いても、その次にはまた良い理由を説明しなければいけません。

なぜその光が良いと思ったのか、その時の光の質がこうで、光の強さがこうで…話せば話すほど、言葉遊びのようになり、自分でも分からなくなります。

 

重要なのは、人の写真を残すには、自分の中に被写体を入れなくては、いけません。撮影者がシャッターを押す理由というのがカメラを使ってその瞬間の被写体を自分に取り込んでいる行為であって、取り込もうと思った理由というのは自分の感情がよく働いたからだと思います。

その中から、いい写真を選ぶときも自分の感情からスタートします。自分の感情が働き、数あるなかから一枚を分類して、これだと思って写真を残します。

先輩達と自分の写真を見たときに、いいなと思う物が、被写体とカメラマンの世界が一致した物が多いです。

それは、逆に言うと、今の私は自分だけがつくる枠に被写体を閉じ込める写真が多いという事です。

 

しかしそうはいっても最終的には自分の枠で被写体を写します。

そして、徐々に被写体が緊張から解放され、カメラマンと被写体は見えない糸で話すようになり、日常の被写体が現れます。

その過程というのは、まだ見えない被写体の美しさを発見できる過程でもあります。

愛苦しい笑顔を浮かべながら、時には背伸びした姿、変顔、昔の面影…以前あった時の彼女でした。

しかし、そうではない彼女を探すことが、自分が彼女にしたいことの一つでもありました。

 

人にはその人だけしか持たない、表情があります。その表情こそが、被写体だけの美しさの一つであると私は思います。

常に笑顔が溢れ、何にでも対応する彼女は、まるでハリウッド女優のようでした。しかし、それだけのフィルターでみると、この瞬間を見逃してたでしょう。まぶいし日差しが自分に降り注ぐ中、あくびをする姿は私の中の概念と感情が変わった瞬間です。

いい写真とは自分の感情と概念を高ぶらせてくれる刺激物だと思います。

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