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わたしが存在を消す理由

投稿日:2019/8/31

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Photo by Yuki

Coordinator by Momo

 

あなたの写真とはどんな写真ですか?

 

こう聞かれた時にパッと思いつき、はっきりと正解を述べられる人はそんなにいないんじゃないかなと思います。

それは周りにどれだけ評価されていても本人からしたらまだ発展途上だと思っていたりだとか。

そもそも自分の答えを探している最中だったりだとか。

そんな理由があると思います。

 

むしろ現段階で自分の写真は完成されている!!

と述べる人はカメラマンという追求する職業についている人の中にはそんなにいないんじゃないかしらと。

 

 

例にもれず私もあなたの写真はなんですか、と聞かれてもいまいち一言では答えられません。

 

光を操るのが天才的な人、シャッターを切る瞬間が神がかっている人。躍動感がある写真を逃さず撮れる人。ひとには思いつかないような技法を思いつく人。

世界のカメラマンにはさまざまです。

 

 

「ゆきちゃんの写真はなんだかメルヘン。」「風が吹いている用な軽やかな感じ。」

 

そんな風に周りのスタッフやお客様から教えていただいたことがあります。

私の写真はそんなふうに見えているんだなあと。

 

 

これが私の写真です!!!というものははっきりと答えられませんが自分の中で意識していて、好きで撮り続ける写真は自分にもあります。

 

 

それは「一番かわいい」を逃さないこと。「その子自身の時間」を逃さないようにすること。

 

 

写真とはもちろん技術と理論に基づいて残されるものであり、いい写真とはなぜいいのか、が説明できるものです。

でも人の感情はそれだけではないと思うこともあります。

「なんだか綺麗」「なんかわからないけどイイ」「言葉に出来ないけど心がざわつく」

 

そんな感情が誰にでもあるでしょう。

 

もちろんそれはきちんと理論で説明できている上にスパイスとしてのるなにかです。

「なんとなく」で全てを構成することはできません。

 

 

この「なんだかイイ」の部分をすくい上げること。

これが私の意識していることです。

 

 

この「ナニカ」を見つけるためにはアンテナがいくつもなくてはいけません。

 

小説を読むこと。

自然に触れること。

音楽鑑賞をすること。

演奏をすること。

映画を見ること。

芸術品を見ること。

何かを作ること。

さまざまな感情を持つこと。

 

 

こうやって理論だけでその良さを推し量れない「ナニカ」を含むものに触れることでそれはすこしずつ感じ取れるようになるのではないかと思います。

 

 

撮影のときわたしはこの「ナニカ」をすくい上げるために意識していることがいくつかあります。

 

まず1つ目は「子ども」ではなく1人のヒトとして認識して対話をすること。

その子がどんな勘定でいるのか。どんな性格なのか。

笑わせたりポーズを取らせるよりも前にその子自身を紐解いていくこと。

そうすることで見えてくる美しさがあります。

 

笑わせる、という行為はこちらからのアクションで「笑って」という指示にも近いそれな場合があります。

会話を沢山広げて、その子を知って、対話の最中にフッと溢れる笑み。一番自然で私が美しいと考える笑顔です。

 

 

 

2つ目は撮影が始まる前にその子を色んな角度から見てみること。

 

赤ちゃんで難しい場合を覗いて、撮影の前に様々な角度からその子達のことを観察します。

自分の手の上に顎を乗せてもらって顔の角度をよく見てみたりもします。

 

笑うときの癖。考えるときの癖。恥じらうときの癖。いろんな表情と角度とをインプットします。

 

 

3つ目はカメラマンとしての自分は極力消え去ること。

 

写真を撮られている、というだけでそもそも非日常的で緊張は少なからずします。

それをどれだけ忘れさせられるか。一番自然な瞬間を収められるか。

結局私が認識されていない状態が一番自然な状態だからです。

(もちろん原本75カットの中には笑顔の目線などももちろんたくさんありますが)

 

写真に収めるのは「準備中だから気にしないで~」といってコーディネーターと話している一瞬だったりだとか

ポーズからポーズに移行するときのその隙間の時間だとか。そういった瞬間に実はきまってシャッターを押しています。

 

 

私の撮影はポーズの指示や笑顔にするクイズよりも純粋な対話が多いように思います。

実はそれを撮っているわけですが…(笑)

 

 

 

今回の写真もそんな瞬間にシャッターを切りました。

 

 

長くなりましたがではここでこの写真についての話。

 

 

★被写体

彼女は3姉弟の長女。一番のお姉ちゃんです。

みんなといるときはよく走りよく笑いよく喋る、ちょっとだけお転婆な印象なおしゃべり大好きな少女でした。

ただ下の二人がじゃれついているのをすこし遠くから眺めている一瞬があったり、実はおしゃべりもじっくりするほうが好きな雰囲気がありました。

その隙間のしっとりとした大人びた瞬間を収めたいと考えました。

また彼女はハーフで日に透ける薄い色素の髪と、高い鼻が印象的でした。

 

そこで写真に映るインテリアは彼女の色素異常に濃いものは映らないように、白とベージュを基調とした小物を準備しました。

すっと通った鼻筋が伏せめな彼女の顔に陰影差をつけています。

 

 

★構図、インテリア

ココを彼女の部屋であると想定して、リラックスした状態の写真が撮りたいと考えました。

お姉ちゃん、である自分が1人の女の子としてリラックスできる時間。

 

意外と自室ではベッドではなくベッドに持たれて床に座ってリラックスしている、なんて人が多いんではないでしょうか。

あえてベッドの位置をずらしこの写真の中を彼女の部屋として定義しました。

 

 

横写真にすることで空間の広さを演出し、ベッドの布や彼女のレースなどが横の広がりを持つことでこの写真の中で調和しています。

被写体より大きく、目立ってしまうベッドはレースで隠し重たくならないようにしました。

 

 

★シャッターの瞬間

彼女は自考え事をしているときや沈黙の時間にフッと息をはく瞬間が美しいと感じたので実はこの瞬間は大した会話はしていません。

準備するものだけ準備して、他愛もない会話をして。その会話と会話の間の何でもない瞬間にシャッターを下ろしました。

 

 

わたしが彼女に感じた「ナニカ」はホタルのように、誰かを認識してしまうと消えてしまうような。

いつもの「お姉ちゃん」な彼女に戻ってしまうような。そんな柔らかな「ナニカ」を感じて。

 

 

わたしはできるだけこの写真の中に姿を残さないように。

そっと遠くから呼吸をするようにシャッターを下ろしたのでした。

 

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