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【言葉は分かり合うためではなく話し合うためにある】

2019/8/29

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photo by Chappy

coordi by Piii

write by Chappy

 

 

昔から好きな映画や小説では「言葉」を題材にした作品が多かったように思います。

中でも、印象に残っているのは「言葉は分かり合うためではなく話し合うためにある」

というものです。

 

当時は、分かり合うことこそが最終目標であり重要なのではないか?

なぜ話し合うことの方が重要であるかのように表現しているのか?

正直理解することができませんでした。

 

しかし大人になった今思うことは、人は皆違い

お互いが100%分かり合うことはできないということ。

だからこそまず話し合うという行為。

そして結果がどうであれその過程こそが重要なのではないか。

何か少し分かったような、そんな気でいます。

 

では写真は何のためにあるのでしょうか?

なぜ人は写真を残そうと考えるのでしょうか?

 

先程上げた「言葉」と同じように考えるのであれば、

写真を残すことの最終目標は記録を残すこと。

ただし、大切なことがその過程にあるのであれば、写真を撮った時の記憶。

その記憶にこそ重要な何かが隠れている、そんな風に思います。

将来写真を見返した時に思い出すモノ、それが重要になってくるのではないでしょうか。

 

写真としての結果物がどんなに美しくて綺麗でも、

撮影中の雰囲気や撮影者と被写体と、そのすべての関係性がぎこちなければ、

なんとなく写真を見るたびに心残りが芽生えるような。

 

逆に、雰囲気や関係性が良いほど、良い写真が必然的に生まれる機会が多いような気がしています。

撮影者同士の意思の疎通、被写体との意思の疎通がとれて

初めて良い記憶、良い写真が生まれるのではないでしょう。

 


写真の彼女たちは歳の差のある姉妹。

昔ほどじゃれ合ったり一緒に遊んだりする機会は減っているそうです。

 

それぞれが成長とともに好きなモノ、嫌いなモノ、

興味関心がうつろいでいることが起因しているのでしょうか。

なんとなく自身の経験から思うところがあります。

 

しかし決して仲が悪いわけではありません。

わざわざ言葉にするのが気恥ずかしいからか、照れ隠しのために

お互いが少し遠回しな表現をして上手く伝わらずにカラ回るような。

そんなもどかしさを撮影中に感じていました。

 

素直に言葉が出せたなら。

 

大人になっても上手くできないことを彼女たちに思ってしまいます。

だからこそ、言葉が出せなくても、

写真を見て自分たちの関係性を確認し合えるような、

そんな写真を残してあげたい。

 

そう考え、一緒に撮影を作るPちゃんと事前に撮影場所、

撮りたい写真の雰囲気やイメージを共有しました。

その場の雰囲気を壊さないよう、いつもより少ない声かけで。

 

西日の強い光が彼女たちの大切な時間を明るく照らし、

2人だけの空間を遠くから見守るような。

そんな意図を込めて前ボケを入れました。

 

仲良くしたいけど照れや恥ずかしさが邪魔をして。

見つめ合うとつい素直になれない。

そんな複雑な乙女心が、写真をきっかけに

少しずつ紐解けていくように願います。

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