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この1枚の写真への長い道のり〜4

投稿日:2021/12/3     更新日:2021/12/3

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『シャッターとシャッターの間にやらなければいけないことは、自分の目に映る景色を再構築することだ』

 

6年くらいまえにしゃべったこの言葉を頭の隅から引っ張り出しながらこの彼女の撮影を振り返っている。振り返りながら思う事は、本当にゆっくりではあるけれども自分の歩む足が前に動いていると感じることができるだけで生きてる意味を感じられる事と、38歳のアラフォーになってもケーキでお祝いをしてくれる仲間がいることに感謝をしながら、こんな年になってもまだ自分の人生に新しい希望や光を探している事が確認できるのは幸せなことだと改めて感じることである。10年も写真をやっていれば飽きそうなものだが、正解がない分永遠に走っていられるのかもしれない。でも、写真を撮っているだけだったらこんなに長くは続かないとも思う。自分の性分では恐らくそうだ。だから経営を学びたくなるし、リーダーシップを学びたくなるし、インテリアを変えたくなる。そうすることで写真に対する興味を持続できていると考えると、写真そのものが長続きの要因というよりは、写真を軸にして取り巻く環境すべてに関与できる環境だから私はここにいるのかもしれないし、飽きないのかもしれない。

このインテリア(背景)については前回のブログで思いのたけを書いてはみたが、この写真はそのあとに撮ったものになる。彼女の撮影は面白いものだった。かわいい風貌からは少しだけ創造と違うひょうきんな雰囲気と動きを見せてくれる彼女はこの背景とのマッチアップに最適なモデルであり、またタイミングであった。

インテリアを考えるうえで最も念頭に置いていることは「一枚絵としての美しさ」である。「誰を被写体としても美しいこと」が重要であり、そのためのバランスを永遠と考えていた。そしてこの背景にはある種のバランスが生まれ、だれをどのように撮ったとしても美しい写真が生まれる可能性が高い場所となった。しかしこの方向性は諸刃の剣であることを同時に知ることにもなった。「誰を被写体としてもうつくしいこと」を叶えると「この被写体特有の写真」が生まれなくなるのである。いわゆる「みな同じ写真」である。これではいけない。重要なのは「誰を被写体としても美しくとれる場所でその人だけの写真を撮る」ことである。

一枚絵をきれいに撮ることができる背景には二枚絵が撮れないデメリットがつきまとう。無意味な横写真が増えたり似ている写真が増えたりするのはそのためであり、結果的に原本の質に関わってくるのだ。75枚という私たちの商品と一枚絵が撮れる背景の矛盾点であり、ジレンマである。

 

その悩みを解決するのは、冒頭に書いた言葉だと自分は思っている。

 

『シャッターとシャッターの間にやらなければいけないことは、自分の目に映る景色を再構築することだ』

 

これだけではわからないかもしれないから、言葉を変えてみる。

「シャッターを押すたび、その写真に題名を付けるてみる」

もっとわからなくなっただろうか。。

 

流れで写真を撮ると、ひとつ前の写真の名残りでそのまま撮っていることが多い。そうすると質の低い写真が誕生していくことになるので、それをどうにかしないといけない。映っているものが前の写真の名残りなのかそうではないのかというのは、実際に写っている背景や小物を変えることではなく、ひとつひとつの写真に新しく意図があるかどうかで判断されるということだ。

このドライフラワーの背景は、その再構築のお手伝いができるよう実は割と細かく設定されている。

横写真に写っている右下のお花には色の強いものが配置され、右上のお花は緑を強くしてある。これは色の強さで重心を取りやすくするためであり、両方合わせて明るいイメージを持ちやすくする配置にしてある。

縦写真でも同様なイメージを維持して撮ることができる。

 

一方で机の方に画角を寄せていくとドライフラワーの雰囲気が変わっていくのがわかると思う。少しシックな色味にしつつ形状や被写界深度も変えているので先ほどの同じ縦写真でもイメージが異なっていると思う。

完全に机の方に向いてもらっている写真だが、背中の方を向いている写真からここまでの流れで、彼女の実際の動きはほとんど無いが、切り取る画角と向きを変えるだけでイメージをかえつつ「一枚絵」としての質はできるだけ失わないように設定してみた。

後は被写体である彼女に最小限の動きで全く違うイメージになるポーズを指示することと、お客さんから「デザインまで入れてくれたんですか」と言われるような極上の前ボケを2千円くらい出して購入すればよい。

ここで話したかったのはカメラマンが高次元で持続的に写真を残すためには、背景のセッティングが重要であるということであり、原本の質をうまく上げられない人にとってはこれがとても重要ではあるということだ。

しかし、自分の書いたこのブログを否定するわけではないが、最終的な写真の質を問われるのは被写体にどんな指示を出すかであり、一枚絵の中に被写体の真の姿を織り込めるかどうかである。このブログで撮り方の形式を学ぶことがもしもできたなら、後は被写体である子供たちの笑顔と真顔の間に無限の表情がある事に気づければ、写真は完成するだろう。

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