ReportHead office

シンデレラプロジェクト 4

2018/6/1

306 0

シンデレラプロジェクト 4.

写真館の未来
 
 
写真館の未来
2018.05.15 Mr. lee
 
写真館の営業形態で時代区分をしてみるならば2段階程度に分けることができる。
 
1段階は地域を根拠として記念写真を撮影する写真館の時代です。記念撮影に対する需要があり、これに比例して適当な数の写真館が長い期間にわたって運営してきました。人口の移動と減少、時代の変化が写真館の減少と売上げ下落につながってきました。アリスをはじめとした子供専門写真館も全国的な規模とブランドを打ち立てましたが記念写真という同じ形態の撮影でした。
 
2段階はインターネットを基盤に既存の規則を緩和した小規模写真館の出現です。ハウス型、自然光、カジュアル、原本CD販売、日常的な撮影等の形式的変化を与えました。インターネットを通じた情報流通があったために可能な事であり、1段階で実現しなかった人々の欲求を対象として差別化がなされました、資金と技術において敷居が低く大都市を中心に写真館が急増しました。需要は決まっており、写真館は多くなるので各種割引とイベントが乱立しレッドオーシャンになってきています。
 
地域を基盤とした写真館の売上げ減少と競争力の下落、アリス方式の子供中心ブランドの拡張性は渋滞状態であり、小規模ハウススタジオのゼロサムゲームが進んでいる今が3段階の作られる条件と環境です。写真館は新しい活路を模索しなければならず時代はもっと早く変化しています。ライフスタジオも2段階の時代を開きながら栄光の10年を過ごしましたがだんだん競争力が弱くなる状況が露出されました。
 
2段階を超えた3段階は何でしょうか。人工知能?仮想現実?ビックデータ?写真館の消滅?
 
写真館の柱だといえる写真の観点から見ればSNSに注目しないわけにはいきません。携帯に撮影機能が内蔵されており1人1カメラ時代が開き、SNSが次に登場します。撮影の日常化と撮影された結果物が共有されるということの中で何が写真館の運営に直接的な影響を与えるでしょうか。自身が食べて生きていく分だけ作物を作って生きていた時代がありました。農作物の量も少なく物々交換の形式で最小限の流動がありました。紙幣が作られ市場が活性化され資本が登場しながら自給自足の時代は終わりました。連結されれば拡大し、予想もしていなかった新しい世界が開かれました。写真撮影が大衆化されながら写真館の危機が話されるようになりました。カメラマンはいなくなり場所だけ貸してくれる写真館だけ残るのではないだろうかという不安がありました。しかしそんなことは起こらず写真館はもっと増えました。撮影の一般化より撮影された結果物が共有されるというまったく違った世界を作っています。撮影の種類と量、質において画期的な変化が起こっています。人々が集まれば写真を撮ります。今回の5月の全体会議でも数百枚の写真が作られました。撮影の楽しみですか?それともどこかにアップしてともに共有するためでしょうか?
 
SNS時代に写真館は危機でしょうか?機会でしょうか?
 
写真館の立場から見るSNS時代の3つの特徴を分けてみました。
 
1つ、専門家の領域がなくなった。
 
以前は写真館が専門領域に属していました。写真にはとてつもない技術が必要だという雰囲気でした。まず機材に圧倒されます。一般人が経験する写真と撮影はひとつの手に納まるデジタルカメラが全てでした。自身の見たものと同じように見えるカメラでその瞬間を記録することにとどまりました。自身は見たものに対する記録と撮影をしたという事実に満足する水準でした。イメージに対する過程や縮小がなされる技術はありませんでした。またどこかに自慢、伝達することの出来る手段もふさわしくありませんでした。本棚にしまってあるアルバムと家族写真をお財布に入れている程度にとどまっていました。しかし写真館に行けば武器のような大きなカメラと天井からぶら下がっている多くのストロボを見て自身が知ることのない、技術が集約された違う世界として認識されるでしょう。しかし今はどうでしょうか。自身が撮影をしてデザインをして自身のSNSで自慢をします。カメラマンと一般人を区分することが難しくなりました。
 
専門家と一般人で設定されていた構図が
写真を撮る人と写真に特別な関心のない人、
積極的に世の中に写真をアップする人とそうでない人に変化しました。
 
すなわち、写真を撮るということが撮影を職業とする人を超えて一般化したということです。これは写真館が占めていた領域の地殻変動であり写真館の役割と方向に対する変化を要求しています。写真と撮影の一般化は同時に写真に対する需要が爆発しているという話です。しかし
落ち着いて考えてみると写真に対する需要が爆発しているSNS時代に写真館がなんの役割もしていない状況です。写真需要が増えればカメラマンの株価が上がらなければならないのに、そうではありません。ワールドカップで成績がよければ自国のプロリーグが活性化されます。サッカーに対する需要が増える為、サッカー選手たちがより注目を受けることになります。しかしおかしいですが写真の需要が爆発的に高くなっても写真を職業とする写真館やカメラマンとは特に関係がありません。なぜでしょうか?
 
カメラマンが写真館の中にとどまっているからではないでしょうか?
写真館は写真館の中だけで決められている写真だけど生産しているためではないでしょうか?
 
雨がたくさん降れば野菜の値段が高騰するのが道理です。写真に対する需要が多くなればカメラマンや写真館の競争力が上がるのは道理です。写真撮影と共有の一般化は写真館とカメラマンの危機に見えるかも知れませんがある側面からはまた来ることのない機会でもあります。
 
2つ、美しさを表現して記録しようとする欲求は無限大に近いということが証明されています。
 
限界効用の体感法則があります。財貨やサービスを消費することによって満足度が下がるということを言います。甘いチョコレートを口に入れればいい気分になりますがそのチョコレートを何時間も食べ続けることはできません。満足度はだんだん少なくなります。しかし美しさを表現して記録しようという欲求は少なくなるという気がしません。自身の存在証明と他人とつながる手段として写真は決定的な魅力を持っています。その瞬間の写真一枚は難しい論理や説明が必要ありません。そこで今の時代が写真の時代です。この世界の驚きは継続して私の目の前に現れ撮って撮って、また撮ります。写真を撮影して保存して展示する行為が趣味や特定の用途を超えて暮らしの習慣と文化の領域に確実に移動しました。写真館は美しさを表現して思い出を記録する遊びの空間です。この時代は美しさを表現して思い出を写真で記録する行為が
噴出しています。美しさを表現して思い出を記録することは同じですが写真館は写真館の中で起こり、人々は日常的に行っています。なにかずれている気がしませんか?写真館の運営方式を修整するとすれば機会になりはしませんか?
 
3つ、写真に対して単一のプラットフォームが作られている。
 
2段階のインターネットの世界と今のSNSは連結の側面で次元の違う話です。外国人が日本旅行をするなら当然1番目は東京です。東京タワーにいって渋谷のスクランブル交差点も渡ってみて回転寿司も食べるコースでした。しかし今は有名でない小都市の小さな食堂のそばを食べに行きます。個人と社会が実時間につながっているため可能な事です。情報生産の主体が組織から個人に移動しながら情報の量と種類が急激に変化しました。ここで写真館が注目しなければならない事があります。世の中とのつながりがテキストから写真と映像に変化したということです。それもかなり前のことになります。You tubeや instagramのように全世界が単一なプラットフォームで映像と写真でつながっています。今日だけでもinstagramでは数千万枚の写真がアップされています。写真でつながるところが特定のいくつかの形式に集まっているということはそれだけ写真館がうまく出来るしやっていかなければならない部分だということです。その誰より写真に対しての技術とマンパワー、装備を保有した写真館が写真でつながったプラットフォームで注目を受けることの出来る条件の中にいるという話です。しかし問題は写真館は写真館の中でだけ写真と技術を使用します。
 
専門家と一般人の区分があいまいになったこと、写真撮影と展示が文化として定着していること、写真に対して単一なプラットフォームが作られているということ。。。。。。。。。。。。。
 
写真館に関連したこのような変化と写真館はどのような関係があるでしょうか。
 
このような変化は危機でもあり同時に機会であることは確実です。自身がとっている方法をそのまま維持すれば危機であるだろうし、このような変化に能動的に対処すれば機会である可能性が高いでしょう。考えるとおりに生きなければ、生きるとおりに考えるとよくいいます。未来は受け止めるものでしょうか?つくっていくものでしょうか。作っていかなければならないですね。このためには現在の条件と環境に対する分析をしなければなりません。そして我々がもっともうまく出来ることをしてその過程を通じて価値を作っていく未来を作っていかなければなりません。
 
この為に現在ライフスタジオを始めとして多くの写真館が行っている運営に対する根本的な問題定義をしたいと思います。
 
一言でいうと[お客様を待っている]
 
2,3言でいうと[写真館に座って顧客に向かって叫んで顧客を待っている]
 
もう少し長く言うと[写真があふれている世の中で走り回ることもなく、写真館に座って地域と顧客に向かって私たちの写真館で写真を撮ってといっている。私たちの声は小さいだけでなく写真館を必要としている人はその声を聞く人の中で一部に過ぎない。写真館は多くなり同じような写真だけを生産する写真館の魅力はだんだん落ちていくしかない。そのため顧客が少なくなる減少は自然なことだ]
 
1世代では長い期間写真館を運営しながら積み上げられた忠誠度の高い顧客とチラシを通じた新規顧客を募集し、アリスは大型ショッピングモール入店と積極的な広告を通じて規模の経済とブランドを強化していきました。しかし1世代の古典的な方法は顧客を地域と記念写真に限定させる。これは一定金額以上のマーケティング費用支出を伴います。ほとんど全ての写真館で現れる現象が売上げ減少と費用の増加です。売上げが減少するので、取り返すための費用増加は必然的なことです。売上げ減少は同じ顧客を対象として同じ撮影をするために当然の結果です。形式と伝統を基盤とした撮影行為は楽しさと感動はなく、特別なスパイスがない限り減少するしかありません。若い人たちが減って伝統より新しさを好む現実では避けることの出来ない現実です。これは写真館で地域に向かってスピーカーで話をする方式です。[ここで撮影しています、できれば私たちの写真館に来てください、各種イベントもあって割引もあって新しい着物も入ってきました]を叫んでいます。もっと性能のいいスピーカーに変えて、もっといい声で話をしたとしても投入対比成果は少ないです。これを一言でいうと[顧客を待っている]と整理することができます。写真館の新規参入の壁が高く、写真館の需要対比一定数を維持すれば顧客を待っていても大きな問題はありません。繁忙期閑散期に分かれていますが1年を基準にすれば良好な経営状態を維持することが出来ます。
 
写真館の新規参入の壁が低くなって、
各種大手企業が写真館市場に参入して、
技術的に革新を起こすことが出来ずにいるために競争力が低下するのは自然なことです。
写真館を基準として顧客の方向に矢印が進む方法はもう効力を使い果たしたようです。
 
また写真館の技術革新は制限があります。インテリアをすぐに何度も変えることも出来ないし、同じ空間で違う写真を作り出すことも現実的ではありません。根本問題が解決されない除隊で少しの化粧をしたとしても競争力が高くなることは出来ません。新しいインテリアやシステムが開発されたとしても早い時間に模倣され平凡になってしまいます。
 
時代は変わって写真館の営業は以前と同じ方式です。したがって写真館の競争力は段々下落しています。この問題を解決するほぼ唯一といっていい方法は価値の戦略的移動を通じた新しい顧客創出です。同じ顧客から選んでもらうための無謀な行為は乱立するレッドオーシャンから抜け出し、新しい顧客を探していかなければならない3段階に入っていくことの出来る道です。
 
その道は何か?
 
シンデレラプロジェクト2で話をした[貯水池理論]です。
 
写真の時代に写真館が辺境にとどまっているということはおかしなことです。反対に写真を主導していくことも出来るということです。全世界がたんいつなプラットフォームで写真が単一化しています。写真館が写真の世界に入って自身の写真と行動で関係の形成を通じ貯水池を作って維持します。その過程で写真館が必要な人が自然に写真館にくるように作る貯水池理論です。
 
貯水池理論は単純明快です。当然の話です。そのため写真館も各種SNSを活用します。しかしSNSでも写真館に座ってスピーカーを持って声を出す方法を行っています。アカウントを作って写真館で撮影した写真をアップして[私たちの写真館に来てください]と叫んでいます。オフラインでやっていた方法をそのままオンラインでも適用しています。写真を専門としている人が集まったところのアカウントが特別でない理由がここにあります。SNSの特性上差別化できません。同じ空間で同じ写真だけが収められている空間は特定の写真需要にだけ対応します。魚をつかまるとき魚がいる場所、魚が集まることの出来る方法を使用しなければなりません。えさをつけてどこでも投げても魚は来ません。温度、天気、季節、餌、水等の流れを全体的に考慮しなければなりません。今でも写真館は広い海に写真館を投げていつ来るかわからない魚を待っています。
 
貯水池理論は2つのポイントがあります。
 
1つ、[写真の時代に写真館の写真ではない私の写真を投げる]
現在instagramにある写真館のアカウントは同じ写真に顔だけが変わっている状態です。そのため写真館instagramアカウントは人気がありません。ライフスタジオの各店舗もinstagramをやっていますが、特別な効果を見せてはいません。同じ空間で同じカメラマンが撮影をした時、同じ写真が出来上がるしかありません。撮影された顧客一人ひとりは特別な記憶と気持ちを持っていますが、写真の時代では客観的に見てみればどの写真も似たり寄ったりです。継続して興味や関心を持つ理由が段々なくなってきます。たまに新しい写真が発見されることもあり、カメラマンはさらにいい写真をUPするために努力するが、明確な限界があります。写真の時代に写真館ではない自身の写真を投げる為には写真館の壁を越えて世の中に出なければなりません。まったく違う空間と条件の中で撮影するならば世の中を驚かす写真を作ることが出来ます。写真館と雑誌写真をよく比較します。雑誌の写真が硬い水準だという認識を持っています。しかしカメラマンの能力は同じです。条件と環境によって水準が決定されます。雑誌は新しい写真をと津ために新しい条件と環境を探していくことで生き残っていけます。毎日のように同姓の同僚と世界旅行に行く人のエピソードは違うしかありません。新しい条件と環境で私の写真を投げるといい写真ができあがるしかありません。もちろん自身の限界も削られていきます。カメラマンには挑戦であり変化発展の原動力です。
 
2つ、[私もモデルになることが出来る現実的な可能性を提供します]
 
情報取得の媒介として写真を選択した人たちのinstagramを使用します。情報は自身の利害関係によって情報になることもあるし、騒音や煩雑になることもあります。写真のアカウントが人気のない理由の中のひとつは見る人からして自身とのつながりのポイントを探すことが出来ないためです。自身とつながりがあれば興味や関心が生まれ持続性を持つことが出来ます。写真館のアカウントに関心を持つ人は写真館に行く理由があり人の可能性が高いです。単純に写真だけで興味や関心を誘導するのは難しいです。[本当に写真が良い][私もこういう風に撮ってみたい][私もこんな写真撮影のモデルになれるかな]がつながったとき貯水池に水が集まることができます。貯水池に水が溜まるということは持続的に接続する理由があるということです。[私もモデルになれるという現実的な可能性を提供]する時持続性を担保とすることが出来ます。この為には特定のアカウントだけど対象にする撮影では混乱します。シンデレラプロジェクトの構想は共有経済から始まります。私たちが持っている技術と経験を社会に提供して価値を作って結果的に写真館も利益になる善の循環構造が共有経済です。専門モデルたちの写真だけがあれば写真を消費するだけにとどまりますが、共有できる価値が制限されます。毎月10名程度の一般陣が申請と抽選を通じて専門カメラマンが撮影をするということが決定的でしょうか、1年を基準として120名が撮影されるとすれば1000名であれば10%、10000名であれば1%、10万名であれば0.1%の確立です。自身が積極的に撮影したいという意思を把握して畝意を効果的にやっていくならば自身も撮影をする事が出来るという期待感を維持するkとが可能ではないでしょうか。
では段々結論に向かっていかなければなりません。今まで話しをした内容を簡単に整理すればこうなります。写真館は1.2段階を経て限界を表しています。SNSは写真のルネッサンス時代を開きました。写真館に直面した限界と写真の日常化は危機と機会を同時に提供します。写真館の中で顧客を待つ形態は賞味期限が過ぎました。いつどこでも誰とでも写真でつながることの出来る単一なプラットフォームがあります。私たちが持っている技術と経験を有効に適切に使用するフィールドも作られています。写真館と比較することのできない広大な写真の世界に入って自身だけの写真と戦略で陣地を構築しなければなりません。
 
地域を基盤としてチラシと大型ショッピングモールに入店した形態写真館営業は宿命を果たしました。オンライン広告とホームページを通じた顧客募集も今は特別に探すことはできません。写真館はいつでも飢えています。決まっている撮影需要に対応しながら体系化された写真館の営業形態は段々旧時代の遺物になっています。今はつながりと時代です。そのつながりの中心に写真があります。そして写真の時代になりました。写真でつながる時代に写真館がうまくできてやらなければ成らないことが貯水池理論で具体化される事業がシンデレラプロジェクトです。記念に限定されていた写真から美しさを表現して思い出を記録する写真の本質で連結流通機関として拡張すれば写真館の未来があります。
 
自身の持っている技術と経験を社会に提供してその家庭で発生する関係と価値の蓄積が写真館の財産にならなければなりません。
蓄積された財産で写真館のいきる問題が解決されることが理想的です。
 
くらくらしてしまうほど、既存の体系が壊れ新しい主体が登場しました。無から有を作る事ができないことであるために融合が重要になってきます。韓国のポータルサイト[Daum]の主題が[集めてつなげてゆらす]だった時があります。この時代を簡明に整理した表現だと考えました。変化するから価値が生まれ生き残ることができます。変化の基準は結局[人間]です。この全ての行為はよりよく生きるための努力です。分離されていたものを集めてその中にある確信をつなげてみれば何か新しい突破の根拠が作られて世の中を揺らすことができます。人間の幸福のためにつくった多くのものが自身の道を行けば失います。利害関係者たち増えていった慣習の中で変化は簡単ではありません。新しさはある瞬間古いものになってしまいます。ライフスタジオも似ている課程を経ているようです。10年前には新しかったです。明るくて自然な写真、原本CD販売、自然光の住宅、ホームページを通じた情報公開等が新鮮でした。人たちはそんな写真とマインドを願って、成長することができました。ない部分か構築の為に多くの失敗を反復した10年の間世の中はもちろん、写真館の環境も急激に変化して今はライフスタジオが古くなっています。
 
[集めてつなげてゆらす]。。。
ライフスタジオに今必要です。写真館の未来もそうです。写真と撮影に対する人たちの欲求を集めることの出来る貯水池が必要です。その貯水池で人々は集まって、つながって生産しなければなりません。いい写真といいカメラマン、撮影を希望する人たちが集まった集団を形成するということは新しい実験です。その戦略が写真館市場を揺らすことが出来ます。写真館をまずオープンして顧客を集めるのではなく、貯水池を作ってその貯水池に水が溜まったら需要に対応するために写真館がオープンする形態に変えることが出来ます。
 
写真館の未来は結局写真にあります。
 
写真の概念と撮影の理由を拡張する事が写真館の未来を開くことが出来ます。
 
写真館が写真の世界に入って写真と撮影で人々をつなげること、
その中で価値を発生すること、
その価値が即ち写真館そのものになるということ。。。

この記事をシェアする