レポートReport

2017.02.15「ホームページに道がある」

2018/4/23

29

ホームページに道がある
 
 
2017 2 15 Mr. lee
 
 
 
★. 断想
 
店舗が新しく構成され、運営委員会が稼働しながら、一つの峠を越えたという感覚です。12名から始まり、ONE POINTが青葉店まで広がりました。やっと一息つき、現在を客観的に見れる余裕ができた気がします。
ONE POINTのみなさん、2016年本当にお疲れ様でした。

「現在の私達は何であり、どのようにすべきか?」について考え、自然と繋がっていきながら、活動中断後、悩みと思惟の境界線でさ迷っていた済州島の生活を思い出しました。少しずつ安定を取り戻しながら、いくつかの原則のようなものを見つけ、ONE POINTを計画しました。少し幼稚ですが、原則は、「1.私達が行こうとしている道は正当だ。2.まだ始まってもいない。3.具体的で直接的でなければならない。」でした。この3つの中から「具体的で直接的でなければならない」の原則が、現在の私を掴んでいます。

ONE POINTは、以前とは違う姿を見せながら、何かが成されている印象を与えています。店舗単位の団体行動と、各個人が見せる、情熱的に表現し主張する形が作られています。良いスタートに対して期待感があると同時に、気をつけなければならないこともあります。活動中断の理由が「やった事を成された事と勘違い」し、再び新しい形式を探しに出たという反省でした。ONE POINTにも多くの形式があり、新しい形式についての新鮮さにより2016年を一生懸命に走りました。ところが、何か奥深く入っている姿があまり見うけられません。「会計」報告書を作成しながらも、「もしかしたらONE POINTが会計で飲み込まれてしまうのではないか?」という心配をするようになりました。人間関係ボードを各自一生懸命作りましたが、会計のような新しい形式が出た時にその形式に押され、埃だけたまる状況が生じるかもしれません。ONE POINTを全体的に見ると、何かをしようとする人々の情熱がこれまでよりも高く、同時に量自体が多いのです。情熱と仕事のバランスが必要な時期です。全体と部分を一緒に見ながら、過ぎてきた道とこれからの道を点検する時です。組織が目標を設定し走って行くと、ブレーキが故障した機関車のような状況が発生します。ONE POINTで設定した6つの項目、全体会議、運営委員会、各個人のプロジェクトなど、日常的な業務以外の事と、ここに「会計」が乗っかる予定です。

情熱と量のバランス、選択と集中に対する代案が出てくるべき時期ではないかと思います。
現時点で、ONE POINTが注目すべき、3つの主題を考えてみました。

1つ目、私達の活動が具体的で直接的でなければならない。

2016年、ONE POINTを肯定的に受け入れられた基盤は、全体会議にあります。店舗別、個人別に1か月間準備し、誰かに発表し、笑って騒いで認められるその時間に、私達はうまくやっているという感覚を受けました。全体会議を基準に見ると、具体的で直接的であり、1つに繋がっていく時間と空間となりました。ところが、全体会議は一定の限界を持っています。全体会議という限られた時間と空間の中で、私達が行っている全ての事が具体的かつ直接的であり、1つに繋がることはできません。その月のイシューとなっていることだけが主人公となり、残りの内容は、眠っている可能性があります。私達が設定した多くのことは、特別な理由と目的があります。現実で、具体的で直接的に私達の人生に影響を与え受けなければなりません。やることはやらねばならず、できないことが繰り返されると、止める必要があります。各個人と店舗が主体となり、現実と人生を具体的で直接的に組織する必要があります。

2つ目、全ての事業は1つに繋がっていなければならない。

各個人と組織、日常の人生と労働は繋がっており進化し、創造と破壊の循環構造の中になければなりません。お客様との出会いは、ワクワクする事ですが、一緒に仕事をする同僚の間に、高くそびえ立つ壁は、ひどい矛盾な人生です。私達が行う多くの事業が個別に存在しては、その効果を発揮することが容易ではありません。写真は、人間関係ボードの媒介にならなければならず、環境改善は、ホームページの材料になる必要があります。お互いが絡み合う融合の過程で、ONE POINTの生命力が発揮され、それ自体が自立だと思います。ところが、現実は、繋がっているようでありながら大体は分離されています。仕事が多いと感じるのは、量自体も考えなおさなければならない問題ですが、互いに繋がらず、個別の事業に進んでいるからです。全体会議のように、人と組織、仕事と関係を1つに繋げることのできる具体的で直接的な措置が必要です。

3つ目に、できる量で質を高めなければならない。

もう一度、選択と集中が必要です。ONE POINTは、やるべき事をやるとやりたい事になる、という命題の実現のために、様々な事業を選定し、1つ2つと順番に実践してきました。これから最後の段階である「会計」項目を開始します。この時点で、全ての事業を具体的で直接的に、互いに繋げながらできるのかに対する問いに答えなければなりません。具体的で直接的に、互いに繋げたら、質は自然に高くなります。正確に計量することはできませんが、現在、私達の前に与えられた事業の量が多く、今目の前にある事を処理するだけでも忙しい日常に戻っています。これは、量の問題ではなく、質の問題です。物理的な時間と空間が不足しているとは思っていません。各個人と組織が行っている仕事の量に比べ、化学的な作用が少ないのです。できる量を確認する作業も必要であり、やった事に対するやりがいと補償が現実にあらわれる必要があります。

具体的で直接的であり、全ての事業が1つに繋がり、質を高められる良い方法を発見しました。
題名にも書かれている「ホームページに道がある」を提案したいと思います。
少し長く表現すると、「選択と集中により仕事の量を決定し、私達の全てをホームページに蓄積しよう」です。
より長く表現すると、「マニュアル1000は来年集中し、今年は全ての事業を日常的に行える構造を作り、その過程をホームページに記録し、世界初日本初のホームページを現実に作っていこう」です。
非常に長く表現すると、「やる事よりも成されているように作らなければなりません。成されたように作るための各個人と組織の土台として、ホームページに私達の全てを蓄積しましょう。蓄積の力、自負心の根拠、競争力の源泉であるホームページを通して自らを確認し繋げ拡大し、ライフスタジオの持続可能なモデルとしてONE POINTを完成させましょう。「ホームページに道がある」の具体的な目標は、「写真館の選択はライフスタジオへ、店舗の選択はその人がいる場所に」です。選択と信頼は根拠がなければなりません。自身と組織の根拠をホームページ上に構築し、関係を形成して価値を拡大させましょう。」
さあ、今から非常に長く、「ホームページに道がある」を解いていこうと思います。。
 
 
★. 万能薬
 
まぐろは、捨てる部分がないといいます。ホームページも同じです。皆さんもよく知っている内容ですが、ホームページが持つ決定的な長所について3つに分けて整理します。
 
-. 蓄積の力
蓄積の力が変化発展の根源だということは真理に近いと思っています。ところが、何故蓄積の力を強調するのでしょうか?蓄積がされていないからなのでしょう。1万時間の法則という本が流行った時があります。人生が辛くなってきながら、競争社会で生き残るための戦争が起きています。専門家になるために、1日に3時間、1週間に20時間ずつ10年、または1日6時間ずつ5年間、絶えず努力していくと専門家になるという説明をし、有名な本になりました。私達は今まで、テレビや映画を1万時間以上見たような気がしますが、専門家ではありません。専門家まではいなくとも何かは持ってないといけないのに、特に何もありません。労働を1万時間以上しましたが、労働に対する意味はなく、できればしたくない事になってしまいました。私達が毎日行っている撮影もここに該当します。撮影を3年やっても6年やっても10年やっても変わりません。毎日会って話をして、共に仕事をしている人について知りません。知らないから不安で、目を背け、面倒な存在になりました。私達の中に入ってきたことが、蓄積されず、ただ流れていきながら投入した割には効果が絶望的な水準です。いつかチョンアにもやしを育てる器というあだ名をつけた時がありました。もやしを育てるとき、定期的に水をあげます。ほとんどの水は下に落ち、とても極少ない水気だけがもやしの成長に役立ちます。もやしを育てる器から落ちる水と同じように、ほとんどを捨てているのではないでしょうか?ライフスタジオは、このような状況の転換を模索し、行動しながら10年が過ぎました。活動中断後、ONE POINTとう名前でもう一度始めています。自律経営店舗の報告書にこのような文があります。

自立した経営店舗一言整理すれば
[測定できる現実条件構造作り蓄積通し
やらなければいけない事を、やりたい転換させるプログラム]です。

自律経営店舗は、6つの項目を共に実践するプログラムです。6つの項目を日常的に現場で実践し、全体会議を通して、その結果を面白く分かち合えれば、蓄積の原理が作動できます。私達は皆本当に一生懸命生きています。一定の成果もあり、肯定的に2017年を迎えていますが、投資に比べ結果物が小さいという思いを消すことができません。結果がなければ、持続可能ではありません。網の中に入ってきた多くの魚を船の上に引き上げる間に、網の隙間から抜けていく感覚です。ちゃんとやることも重要ですが、私達の大切な努力が繋がり、拡大され、現実で確認されなければなりません。

真珠が3斗でも繋いでこそ宝だ。ということわざがあります。玉磨かざれば光なし。いくら立派でよいものでも活用できるようにしておかなければ意味がないということを、比喩で例えている言葉です。これは、蓄積の原理と同じです。

私達が行っている事が確認でき、繋がり、拡大された時、蓄積の力が生まれます。

全体会議は、結果についての話が多くを占めています。現実的にそうするしかない条件です。過程自体が重要ですが、この部分が足りません。
全体会議と共に、私達の人生の過程を蓄積させることのできる方法はないでしょうか?
ホームページが唯一の方法ではないですか?
たくさんやることよりも、きちんとうまくやらなければならず、うまくやるためには実体が必要です。実体となるためには、形にする必要があり、作られた形は、世の中の光と出会わなければなりません。ホームページは、形態が保管される場所です。形から実体へ進む過程にホームページがあります。私が、私達の店舗が、ONE POINTがこのような状態であるということを、世の中に伝えホームページという枠組みの中で、蓄積がされるならば、これ自体が、私が、私達の店舗が、ONE POINTはこうだと、このように存在していると自信を持って話すことができます。

ホームページを通して蓄積の力が発揮される経路は、2つあると思います。うまく成された事をよりうまく成されるようにし、できなかったことは、束の間の休憩を取ることのできる余裕を提供してもらいながら、自身の道を維持します。私達は皆一生懸命仕事をしていますが、だんだんと道を見失います。途中で中断し、再び敗北意識の泥沼にはまってしまいます。「私なんてしょせんそうだし」という、自分を責める過程を経て、変化の境界線から離脱し、以前の自分に戻ります。道を見失ったり、限界にぶち当たったり、仕事の意味を失ってしまう、その時に自身の考えや行動、歴史が蓄積されている所で、束の間の休息と余裕、観望の時間を過ごすのも変化発展プログラムの過程です。きちんと行っている人にはホームページが自慢の動力であり、次を期待させる活力の供給先となります。やっている事がうまくいかない人には、次を約束する回復室の役割を果たします。これを可能にすることが蓄積の力です。家族も蓄積の結果物から出てくる信頼と人を基盤として維持されます。単純に、生んだという義務だけで赤ちゃんを育てるわけではありません。数千、数万の日常が集まり、家族が構成され、持続可能性を確保するようになります。ホームページは、自分自身と組織の全ての事を蓄積することができる唯一の場所です。

鷹が狩りをする原理を知っていますか?空に鷹が現れると、地上にいる様々な動物は警戒し始め、狩りの成功率は自然と落ちます。鷹は獲物を発見すると、遠方から垂直降下します。重力による加速がつき時速380kmまでスピードが出るといいます。地上に近づくと、その速度のまま水平に方向を転換し、目標物に向かいます。対象に気づかれない早い速度を出すために、垂直降下し速度を蓄積する知恵です。現在、千葉と市川のインテリアをしています。1つの空間を作るためには、数百種類の工程が必要です。切り、接続し、柔らかく研磨しながら形を作っていきます。1つの木が、1つの工具が、1つの色が時間と空間という構造の中で自身の役割を見つけていきます。完成すると、誰かにとっては喜びとして、誰かにとっては限界の対象として役割を果たすでしょう。単純な材料が短時間で実体として表れることがインテリアの魅力です。1つから1つが集まり、2つになり2つが集まって、4になり、何かの形を構成したとき、私達は、その次を話しながら人生を生きていく意味を確保します。このような過程を可能にすることが蓄積です。しかし、1つずつ一生懸命集め、10になっても一瞬で再び1つになる状況が頻繁に起こります。蓄積の過程というよりは、単純に量の合算で生きていくからです。

蓄積は繋がり凝縮され、形として現れ、現実で再び反応が起きる土台を提供します。
ホームページは、蓄積の力が発生する有用な道具となれます。
 

-. 自負心の根拠
 
自負心とは、自身の能力に対する考えと、
自身の価値に対する考えという2つの要素で成されています。
もう一度言うと、自負心は「自己信頼」と「自己尊重」が合わさったものです。
–Nathniel Branden -
 
信頼と尊敬の基準は自身にあります。自負心は、他の人との比較の中でではない、自身の基準から発生します。自身より優れた人の前でも、自分の信頼と尊重は変わりません。その逆も同様です。自負心は幸せの基本的な材料です。幸せだということは、自身の想像と現実が一致した状態だと思います。自身の存在が現実に現れた時にも幸せな感情が発生します。撮影者は、撮影した瞬間や写真を見ながら、幸せな感情に包まれる時があります。自身が想像していた、言葉では説明できない実体と出会うその瞬間が幸せです。その幸せの瞬間は、毎日訪れるわけではありません。準備された者にのみ与える特別な贈り物です。準備された者に対して写真は嘘をつきません。黙々と自身の道を歩いて行く人だけが感じることのできる特権です。自動的に積立されていく原理です。自身の道を自ら進むための土台が、自己信頼と自己尊重が合わさった自負心だと思います。自負心による、自ら自身の道を行く過程で、幸せという感情をプレゼントされます。

私が主に行っていることが、人と会い、私、あなた、私達について話すことです。面談をしながら、ほとんどの人に感じることが、自己信頼と自己尊重に対する恐怖です。謙虚については過度なくらいの執着を見せます。右手がしたことを左手に知られないようにしようとして、右手が何をしたかすら忘却してしまうのではないでしょうか。自己信頼と自己尊重が弱いと、自身を取り巻く環境に敏感になります。環境をどうすることもできないと思うため、特別な変化がないことを望みます。突破できないため、大体が環境に順応しながら生きていきます。したがって、固定観念の規則を盲信します。しかし、私達は人間です。人間は、その何かが自身の中で生成されます。変化に対する欲求が発生します。繰り返される日常が楽しくあってほしく、給料も上がったらよく、彼氏との特別なデートを想像します。固定観念の規則の中で住んでいますが、現在の状態が変わることを望んでいるという矛盾の中で1日1日が過ぎていきます。不安と期待が自分を取り囲んでいます。変化するためには、自己信頼と尊重、つまり、自身に対する自負心が基本動力です。自己信頼と尊敬に対する恐怖は、変化に対する意志を弱くさせます。

自己信頼と尊重は根拠があります。そのため、歴史が重要なのです。日本の歴史を知っていれば日本に対する自負心が生まれる余地があります。愛の始まりは感情です。本能に近いのです。愛が始まると、その人が生きてきた過程と、現在、未来についての話で時間が経つのも忘れるくらいの幻想を経験します。一定の時間が過ぎると、2つの道が現れます。相手に対する信頼と尊重が弱いと悲劇であり、強ければ持続します。愛の根拠が現れると、生涯を約束します。自負心は、自己信頼と尊重に対する根拠があるという信頼から出発します。私達は皆一生懸命生きています。泥棒しているわけでもなく、良い人という声を聞くために、いろんな所に気をつかいながら誠実に生きてきました。しかし、なぜ自負心が少ないのでしょうか?

自己信頼と尊重に対する根拠を確保できる、幾つかの方法の中にホームページがあります。ホームページは、インターネット環境がなくならない限り、同じ姿で存在します。アクセスしやすく、他人との相互作用が命です。この文章を書いている私に片思いしている人は、daumカフェに蓄積されている私の文章を見れば、私を攻略できる戦略と戦術が簡単に出てきます。いくら考えてみても、自分についての内容は、ホームページに蓄積された内容しかないようです。したがって、自己信頼と尊重に対する根拠を確保できる、唯一の方法は、ホームページに蓄積された内容です。

ちょうど昨日、神奈川のジョンアと人間関係ボードの面談をしている過程で、自負心に対する根拠を確認する時間がありました。特別な自身の主題がないと言いながら、唯一の根拠だと自身の学習ノートを出してきました。学習と教育に熱意と能力があったジョンアは、士官学校の時から学習ノートを書いていました。1枚1枚ページをめくりながら、その当時の思い出が浮かび、気分も良くなりました。自らに対する信頼と尊重に対する根拠が明確に見え「あ。私のプロジェクトはこれですね」という、明快な答えで締めくくられました。

自身が正しいと思っている道を、黙々と自ら進むということは、そんなに簡単な事ではありません。一方、さほど難しいことでもありません。私達は皆、今現在死なずに道を進んでいます。小さな違いから否定と肯定、手動と能動、不安と希望を決定します。100を基準に見ると、私達は皆100に近づくことを望んでいるわけではありません。40から48辺りにいる私達は、51と52になろうとします。否定よりは肯定的に、受動よりは能動的に、不安よりは希望のある人生を望んでいます。そのための良い言葉と方法があるでしょうが、自己信頼と尊重が合わさった自負心が最も先頭にあるのではないかと思います。

自負心の根拠を作るためには、自身が表れてなければなりません。
ホームページに自身を表す過程の蓄積が自負心が生まれる根拠です。

 
-. 競争力の源泉

普通、自身が消化できる量よりも需要が多かったり、同じ業界の平均を超えたとき、会社やブランドの競争力があると言い、自らもそう思う傾向があります。基準が自身にあるというよりは、状況が展開される状態よって判断をします。店舗が1店舗の時お客様が溢れていても、10店舗になると空きスペースが生じます。ひどい場合倒産することもあります。韓国の写真館で典型的に起こる現象です。競争力の基準を状況で判断するため、自身の競争力について議論をしません。時代は変わり流行は一瞬です。私達が何者で、お客様が写真館を訪れるのかを知らなければならず、これから何をどうすべきかについての宿題はいつも与えられます。競争力の基準は、自身になければならず、写真館とその構成員のアイデンティティーから競争力が始まるのだと思います。

競争力の生産者は、会社、ブランド、構成員であり、競争力の消費者はお客様です。競争力は、生産者と消費者の関係で動力が生じます。お客様にのみ合わせていくと、アイデンティティーの混乱が生じ、生産者をメインとしていくと自己満足に陥り市場から淘汰されます。生産者と消費者のバランスが必要です。お客様が何を望むのかについて内容を考えながら、以前作成したレモンツリープロジェクトを思い出しました。再び読み返しながら私が書いた文章でありますが、自ら感動の波が。。。この報告書に移すかどうか悩んだ末、移すことにしました。少し長いです。飛ばして16ページに進んでも構いません。
 
--------------------
お客様の立場から一度考えてみよう。お客様は写真館で、果たして何をしようとするのか?
お客様が写真館を訪れる理由は、大きく見れば[記録]と[かけがえのない美しさ]の二つである。ここにライフスタジオは[思い出]を追加した。以前から写真館の写真は、[記録]の意味で始まった。何かを残すということは、人間の基本的な欲求である。生まれ育って成人し結婚をして子供が生まれる。その子供も成長し、大人になって結婚をして、いつかは世界と離別する。この間、間に写真はゴマ粒のように介入する。記録記憶のための行為である。ユネスコが、1992年から世界記録遺産事業を開始し世界の遺産を未来に伝えて後世に記憶できるように保存し容易に接近できるようにとの趣旨で始まった。人間は今、この瞬間を記憶するために記録する。しかし、すべての瞬間を覚えようとするものではない。自身の悲惨な姿には忘却を要求し選択的記憶のエラーを容認する。この要求から[美しさ]が登場する。

美しさを記憶したくて写真として記録する。
iPhoneの迅速さで、美しい瞬間を記録したりもし写真館を探したりもする。ここにライフスタジオは美しさを記録するという古典的な写真館の機能に[]というコドを追加した。美しさを記録する瞬間が追憶[思い出]としても位置するのならば、ピタゴラスの定理が完成されるかのようである。子の結婚式を終えて家に帰ってきて、いつもより寂しく見えるリビングに座り、過去の日の思い出が込められたアルバムをとり出した親を想像してみよう。3歳だった子供は、[大切な美しさ]そのものである。アルバムをめくりながら、3歳の時に写真館で撮影した写真を見る母は先ず何を感じるだろうか?その当時の子供の[大切な美しさ]と共に写真館で笑い騒いだ[思い出]が部屋に広がるのではないか?写真館での香りと、撮影者のたどたどしい話し方も覚えているかもしれない。パスポートを作るために3歳の時に撮影された証明写真と比べてみると、その違いを知ることができる。

だからライフスタジオは写真館の概念を新しく定義しながら始まった。

[美しさを表現し、思い出をともに記録する楽しい遊びの空間]
ライフスタジオが日本の写真市場に定着することができた理由の一つが[思い出]という新しい概念を導入したことである。既存の写真館は、お客様のニーズを読まずに記念写真にだけ自らを閉じ込めていた。[大切な美しさ]を[記録]で留めず[大切な思い出]となることができる時間空間にするということ自体が価値の戦略的移動を可能にした。少なくない金額を支払うのにも関わらず一年に数回予約するということは、[大切な美しさを記録]するとともに、写真館での数時間が[大切な思い出]として残るために可能なことである。

写真館を訪ねるお客様の普遍性は、[記録]、[美しさ]、[思い出]である。少し長く解いてみればこうだ。人間は存在に対する確認と、その存在から出てくる大切な価値を発見しようとする欲求を持っている。自身にとって大切なことを美しく記録するために写真館を探す。お客様はもちろん、写真館も大切な美しさを共に作り出す主体である。二つの主体が出会い写真という媒介を通じて美しさを表現して思い出を記録する。お客様との写真館は、[記録]、[美しさ]、[思い出]という価値を共に作り出そうとする共通の理解と要求を持っている。

美しさを表現し思い出を記録しようとする人たちが私たちのお客様であり
美しさを表現し思い出を記録することがお客様が望む価値だ。

それでは、[記録]、[美しさ]、[思い出]はいつ作られるのだろうか?当たり前の話だが、写真館に入ってきて家に帰るまで作られる。写真館の構成要素は、この3つの価値が作られる過程に積極的に作用する。小物の上に溜まっているほこりからカメラとレンズ、インテリア、人が作り出す香りに至るまで写真館の構成要素は、この3つを組み合わせるために存在している。ところで、この中で最も重要なことは何だろうか?多くの人は写真と撮影技術を先ず思い浮かべる。はたしてそうだろうか? 

写真館運営しながら、ることになったとある事実がある。
[写真館価値はリ99る。ここで1%は、撮影時られる。 
たちが写真館をする決定的理由は、その1%にある。その1%の99%は関係である]

オーナー兼リーダーが資本金を納入して会社を設立し写真館は始まる。会社設立と同時に写真館をする場所を調べる。不足している資金を借りるために友人に電話もしたり銀行を行ったり来たりする。賃貸契約が完了したら、施設工事をする。事前に計画したインテリアをしてホームページを作成し、サンプル撮影をする。そして、最初のお客様が来る喜びを感じながら太平洋より広い赤字の海を航海する。約1年ほど経つと底を打って上がって、自分の給料を少し持っていく状態になる。この程度まできたとき、その時間が来る。

写真館ったオー兼である自身と真に向き合う時間る。
写真館自身を同一視する。自身の生き方が客観として表現されているすさまじい現実目撃する。

写真館の価値は99%リーダーが作る。インテリア、衣装、写真、システムに至るまで、リーダーの価値観や能力によって写真館の99%は作られる。写真館を最初に設計したリーダーの経験と思惟の結果が現実に実現することが写真館である。写真館の形態や内容は法律で定められたものではない。リーダーが志向する写真館が現実として作られ順番に入ってくる従業員との融合で形が少しずつ変化していく。良い従業員は、天から降りてきた幸運である。しかし従業員によって写真館のその何が変わる場合をほとんど見たことがない。もちろん、小物を交換したり業務プロセスを変える程度はある。しかし、基本的な枠組みは変わらない。条件を変えるということはそれだけ難しいことである。写真館の売上高が問題であれば、それはリーダーによる結果であり、写真が特別な魅力がなければ、それもリーダーの責任であり、残業の日常化もリーダーによる未必的故意である。したがって、日本の写真市場の新しい旗を掲げようという[レモンツリープロジェクト]が構想される6ヶ月の期間が重要である。この6ヶ月の期間中に99%が作られる。この99%は、写真館で作られる価値が準備されることを意味する。売上高やインテリア、マーケティングは価値を生み出すための準備過程である。

しかし、【なぜたちが写真館をしているのか?】という問いをすればってくる。 
りの1%がられる撮影時間【なぜたちが写真館をしているか?】
に対する究極的な答えを出すことができる 
写真館存在する理由は、お客様写真直接瞬間られる結果物をようとすることにある。

写真館で作られる写真の99%は、写真館がオープンするときに設定された条件に影響を受ける。写真館が追求する写真の感じ、撮影形態、インテリア、計算された光、システムなどが合わさって写真が作られていく。このすべてのものは、リーダーによって設計された結果である。こうして作られた写真は、一定の基準が形成され、その写真たちでホームページが作られる。ホームページに上がってきた写真を基準とし、お客様はその写真館で[大切な美しさを記録]するかを決定する。撮影者は、最初に設計された写真を基準にして撮影を行なう。大概その範囲を超えない。写真館が提示した写真を作ることが、撮影者の撮影意志を制約する場合は稀である。むしろ写真館が提示した基準を超えれずにいる。これは撮影者の能力や意欲を卑下するものではない。撮影者たちが作り出す写真が写真館の構成要素に絶対的な影響を受けることを強調しようとうする言葉の意味である。ほとんどの撮影者は自身が創造の源泉であると勘違いをする。写真館の構成要素は、当然のことと考えて被写体の美しさをカメラとレンズ、光というツールで創造していると考えている。写真は創造というよりは発見である。

「与えられた条件の中で、被写体が持っている美しさを発見すること」と。「創造」とでは目に見えない距離感が存在する。写真学校を卒業したCという人が最初に写真館に入社をしたとしよう。A写真館に入社をしたなら、10年後にその人の写真は、ACとなりBという写真館に入社をすれば、BCという写真を作る。全てがそうだとは言えないが、これまで数百人の撮影者を観察した結果がそうだ。A写真館に入社してBC、DC、ZCというような写真を作り出す撮影者をいまだ見たことがない。ACがZCになるためにはZという空間でZを発見する必要がある。日本に初めて来たとき、日本の結婚式の写真がすべて同じであることに驚きだった。今韓国では、政府高官や政治家たちが学位を受ける過程で、論文盗作が問題となっている。学校にまともに通いもせずに他の人の論文をそのままコピーすることが慣行的に行われた。論文を盗作している過程で、誤字までもまったく同じコピーしながら証拠を残す面白いことが発生した。日本のウェディング写真もウェディングではタブー視されるポーズやアングルがまんま使用されている。間違いも同じであり、演出も全く同じだ。ウェディング雑誌や写真館のウェディングの写真が全く別のものになってしまう理由がここにある。日本のウェディング写真の傾向という条件の中にいればミスや技術のレベルが見えない。当たり前のことを当たり前に受け入れる問題点がここでもそのまま再現されている。

撮影者は何をする人なのか?本当に自身が創造の源泉であろうか?
写真を初めて始めた時から今まで変わらない撮影者の定義がある。

撮影者とは、条件である。 
条件強力は、[被写体かす]である。

撮影者が条件を変化させないということは、自らの限界を運命として受け入れることを意味する。上記でも取り上げた写真館の基準を超えられずにいる理由も、自らの条件を変化させられずにいるからである。同じ場所で条件の変化なしに、数年を撮影するということ。それが人間がすることか?条件変更の最も大きな範囲は、インテリアや光ではなく、被写体である。人はみな違っていてまた人として同じである。すべて異なっているので、被写体を動かす力が重要であり、皆同じであるため、被写体を動かすことができる。ところが、現実には逆に適用される場合が多い。すべて異なっているので条件の変化が難しく皆同じだから条件変更が必要ないという考えをしている。

一人の人間がカメラの前に立っている。その人間を写真で表現することができる方法は、数百万個以上である。一般人がその数百万を、いくつかの象徴的に表現できるならば、おそらく写真館は、この社会から消えることになる。十年以上前に場所だけ貸して被写体自らが撮影をするセルフスタジオが流行したことがあった。写真関係者がセルフスタジオを注視しながら観察したが、湯のみの中の台風に過ぎなかった。決定的な理由は、自分自身を美しく表現することができないということにあった。撮影するときは、一味違った楽しさがあるが、写真の質が高くなかった。家や街で撮影したものと特別な差別性がないから、お客様に見向きされなくなった。撮影者がすべきことは、被写体が自身の美しさを表現することができる条件を作ることである。その条件の中で被写体が自身をカメラに投げれば撮影者はシャッターを押せばよい。スタジオ撮影者が錯覚することが大きな課題である。自分が瞬間発見した美しさを自分が作ったと思う。それは、自分が作ったというよりは写真館が作り、被写体が見せてくれたのだ。単純に角をつかんだ瞬間を捉えたことを自分が作ったと勘違いしながら、状況の変化をしない。条件変化をせずに、カメラを持ってあちこち探しまわってアシスタントに追及する姿は、今も写真館で毎日行われるギャグの一場面である。

[被写体を動かしている力]は、[記録]、[美しさ]、[思い出]との緊密な関係を結び、一枚の写真を作り出す。写真非常人工的装置精巧配置して、非常自然状態表現する行為である。大切な美しさを記録するということは、自然にある今の状態が表現されることを前提とする。8年前だろうか、博覧会で講義したときの写真関係者にこのような話をした。

「私の目で見ると、数十年前の古い雰囲気しか感じません。なぜ写真館では、数十年前の雰囲気を今写真館で再現しているのでしょうか?写真館のスタッフに、なぜこのようなドレスばかり着せるのか?と何度も聞いてみました。ほとんどの従業員は、「お客様がこのようなドレスを望んでいます。皆様満足されています。」と答えました。

「それでは、あなたの子供にも着せたいと思いますか?と聞いてみるといや、それはわからないなぁというような笑みを浮べました。日本のすべての写真館にそのようなドレスだけあるので、その中で選ぶしかない条件なのではないでしょうか?日本で発行されている雑誌を見てください。そのようなドレスを着て出てくるモデルがいますか?]

5歳の子供とその子供を見つめる母親は、自分の目の前に[存在する美しさ]と[存在してはいるが、まだ確認されていない美しさ]に対する欲求を持っている。日本の写真館にあるドレスたちは、まだ確認されていない美しさを表現しようと人為的に作られた装置である。ところが、人為的な装置がアンバランスをおこしながら、非常に不自然に表現されている。現在、一部の写真館で行っている営業と撮影モードが最も代表的である。漫画の中の主人公を現実に再現しようとする意図は良いが漫画が持つ人為的な装置を精巧に配置して自然な状態として表現されるのではなく、人為的な装置が粗く配置されて不自然な写真が作られている。漫画の中の主人公のような服を着たという特別な経験だけある。このような条件では、大切な美しさも楽しい思い出も作ることができず、ただ[記録]だけが残る可能性が高い。だからこのような写真館は、撮影行為ではなく、[記録]のための準備作業に写真館が保有する資源の相当部分を配置する。

撮影者は、人為的な装置たちを精巧に配列する役割を担っている。光だけを見ても強さ、方向、露出比、色のバランスを考えなければならない。ところが、このような技術的な配列は、写真館で数ヶ月撮影すると大体は知ることになる。重要なことは、被写体を動かせるようにならなければならない。硬く固まった体を弛緩させながら空を飛ぶようにも作り、恋愛映画の主人公にも作り、ネズミの穴でもあれば隠れたくなるような感情を抱かせなければならない。このような過程が、被写体が持っている大切な美しさを記録することができ、そのようなものたちが集まって思い出になる。

被写体を動かす力とは、もしかしたら「関係」ではないだろうか?
「大切な美しさ」「記録」「思い出」を貫通する単語が「関係」ではないだろうか?

写真館といえば思い出すのが写真、照明、アルバム、衣装である。写真館は写真が思い浮かぶ。ところがなぜそこで[関係]を話そうとするのか?
この文章の導入部に[写真館の価値はリーダーが99%作る。ここで1%は、撮影時に作られる。私たちが写真館をする理由は、その1%にある。その1%の99%は関係である。]と述べた。
 
本当に写真館をする理由の99%が[関係]なのだろうか?
[関係]がなければ、写真館では価値を作ることができないのだろうか?
誇張を超えて間違いを犯しているのではないだろうか?
それでは[関係]について今から調べてみることにしよう。
人生には、多くの人間関係がある。父母との出会いが一番最初である。

フロイトは人間が行うすべてのことは二つの動機から出てくると言った。性の衝動と偉大になりたいとする願望である。また、米国の哲学者ジョン·デューイは、人間性の内部に存在する最も強い渇望は重要人物たろうとする欲望だと述べた。偉大な、大切な人になりたい欲望の塊が人間である。偉大な、重要な、には[何について]が常に付きまとう。偉大で重要な人になりたいと思う欲求は誰かによって評価され賞賛されて激励と叱責の過程の中で満ちている。これが人生の動機として作用する。人間関係で行われるもので、私たちは、刺激と励ましを受ける。私と私、私とあなた、私たちが作り出す関係の中で認められ確認して努力して達成しようとするあがきもがく苦闘が「生」が持つ肯定の力である。

バーベキューをするためには、肉や野菜、携帯用バーナー、コンロを準備する段階が必要である。リーダーが作成する99%がここまでである。大切な美しさを表現して思い出を記録するために写真館の構成要素を作り配置することは、リーダーの使命である。火をつけ、肉を網に入れて焼き、サムギョプサルパーティーが始まる。この部分は、撮影者が作る。被写体を少しずつ動くように作り、彼の美しさが光の粒子にレンズを介してカメラに入ってくると、シャッターを押す。雰囲気は高まって緊張と余裕、笑いと各種表情が一体となり一本のドラマが作られる。それはそっくりそのまま時間が流れる速度に合わせて私たちの生活の思い出になる。この全ての過程が即ち[関係]だ。

撮影者は被写体を偉大な人, 大切な人に作らなければならない。それでこそ被写体は自分の美しさを少しずつ見せてくれるようになる。 

被写体は売上げをあげてくれる撮影の対象ではない。行動する実体として主体的な自分を確認して撮影者は発見をするだけだ。被写体は自分の主体的な動きの中で、撮影者はカメラに入って来るまた他の私を見つけることで生きていることを感じる。
 
被写体は美しさを投げだし、 撮影者はその美しさを技術として受け入れる過程が [関係]である。
 
[関係]に集中することは私の特殊性である。写真館にお客様が入ってきて最初に感じることは[この人はどのような人なのか]である。[美しさ][記録][思い出]である前に人に対する関心が優先である。むしろ[美しさ][記録][思い出]はその人と[関係]を形成するための素材に過ぎない。そのためにライフスタジオでは写真の技術に関する話をあまりしない。写真は素材であり、ある程度の経験があれば一定水準以上の撮影は可能になる。撮影技術の発展を技術としてはかることは原理にも合わず非効率的な側面を持っている。人間を撮影するために人間を理解せずに楽しみや感動はなくなる。人間を私の中に入ってくるようにすればするほど技術は自然に発展する。
 
撮影経験が2~3年たった撮影者の大部分は写真館が[人と出会う場所]であることを認識することができない。写真が優先でその次がお客様だと考える。したがって現実での衝突がおこる。ライフスタジオでは学習と教育[読み・書き・討論]を通じて人間について話をする。これをライフスタジオだけの特性だと考え、自分は写真をやりたいという人たちがいる。[写真館は人と出会う場所]ということが写真館の本質だ。ライフスタジオはそれを強調しているだけである。人を理解して知っていくことがすなわち写真を変化発展させることである。[関係]は人間と人間が関係を形成する狭い意味の[関係]もあり、写真館の門を開けて入り出て行くその瞬間まで作られた[記録][美しさ][思い出]の総合であるという広い意味の[関係]もある。このすべてのものは人間と人間が作りだすものであるため[関係]という単語を使用している。
 
何年か前のブログに書いた文章がある。お客様と職員、被写体と撮影者の理想的な[関係]に関する文章だ。
 
韓国に[愛してもいいですか]という歌があります。
♪ 門が開きます。あなたが入ってきます。一目で私の人であることがわかりました。
  私の前に歩み寄り、頭を下げて見えた顔がとてもまぶしかった。
  なぜか、よそよそしくないのです。どきどきしています。私の心をすべて持っていったあなた。
  注意深く話します。勇気を出してみます。私、今日からあなたを愛してもいいですか。
  初めてです。はっきりしたこの感じを失いたくありません。愛がきているのを感じます。
  あなたにはいつもいいものだけあげます♪
 
ヒョンチャンという人が始めてスタジオに入ってきた日。その日はスタッフも少なく、予約電話も多くて撮影が長くなったあわただしい日でした。ヒョンチャンが100日撮影をするために相談に来たのだがその短い相談時間10分を準備することができず1時間以上待たせてしまいました。お父さんと一緒にタバコを吸いながらお母さんにすみませんといって汗を滝のように流しながら過ごした時間が今も鮮明に思い出します。いつでも笑っていたヒョンチャンのお母さんと路地裏のチンピラのにおいのするお父さん。
 
よそよそしくなく同じ考えを持ちながらすごしてきたような平穏感。
 
心が温かい人に会いたいと願っていた幼稚な言葉をたくさんいってきましたが、おそらくヒョンチャンの家族にあってから使うようになったと思います。結局契約をして撮影をして1歳の誕生日記念も撮影をして一緒にご飯を食べながら家に遊びに行って飲みに行ったりもしました。ヒョンチャンのおばさんの結婚式の写真でまた何回かあって、その間にヒョンチャンに妹ができ再び100日記念写真、1歳写真でまた数回会い、おばさんに2人の子供が生まれたと再び100日の記念撮影2回、1歳の写真2回に、ヒョンチャンのお母さんのほうの大家族も撮影して、遠い海辺に住んでいるおじいさんの家にサガナム全体で2泊3日遊びに行って、間、間にヒョンチャンの友達も同じコースで。。。
 
もう10年前の話です。一回、インターネットでサガナムに対して批判の文があがったことがあります。まったく論理があっておらずおかしい話にその該当サイトに電話して事故収集しながら騒動になったことがありました。そのときサガナムのファンたちは立ち上がってサガナムは絶対にそのようなことはしないとサガナムに変わって文章をあげてくれました。その時ヒョンチャンのお母さんが始めて文章を書いたのですが、長文の文の中にサガナムに対する考えをあげたのですがなんと言うか。。。涙を流しはしないけれど。。。何というか。。。
 
お客様と撮影者が出会い友達になることはそんなに多くはないでしょう。
 
人を愛すればその写真がまさにいい写真になる、その平凡な真理を
ライフスタジオのすべての構成員達が知ることができればうれしいです。
 
スタジオのドアが開いて一目で私の人になることがわかるでしょう。なぜかよそよそしくなく、今はどきどきする人をカメラで見ながら愛の気分を感じる事は撮影者だけができる権利であり義務のようです。ヒョンチャンが妹のハウンの1歳記念写真で家族が同じ服を準備してきました。この服を探して選んでスタジオに持ってきながらヒョンチャンのお母さんはどれほどうれしかったことでしょう。その期待の半分でも写真で表現することが撮影者の運命です。お父さんはその服に着替えながらぶつぶつ言っていましたが、今ヒョンチャンの家に大切にしまっているアルバムにはヒョンチャンのお父さんの宝物1号になったことでしょう。ヒョンチャンが軍隊にいくとき一回出してきてみてハウンが結婚するとき2回見て、夫婦喧嘩の後にも見るでしょう。
 
どきどきする気持ちでヒョンチャンの家族に告白します。愛してます。。。

 
写真館とお客様、お客様と撮影者の関係が全てこのようであれば私達の世界はどのように変わるだろうか?
全ての人は無理でも一ヶ月に1、2名のお客様とこのような関係が作られるならば私たちの人生で何が変わるだろうか?
このようにお客様と撮影者が出会うことが[なぜ私たちが写真館をやっているのか]に対する答えを提示しているのではないだろうか?
[私たちのお客様は誰なのか?] [お客様が価値があると考えるものは何なのか?]に対する答えをこの文章が提示しているのではないだろうか?
 
[私たちの使命はなんだろうか?]から[人間尊重を土台として[日常の余裕]という生きる姿勢を維持する]を[レモンツリープロジェクト]の目的に提示する。または写真館を[美しいを表現して思い出を記録]するところとして規定した。
 
[記録] 、[美しさ]、[思い出]に同意する人々が私たちのお客様であり
私たちの提示する価値は[記録] 、[美しさ]、[思い出]を通じた[関係]である。
[記録] 、[美しさ]、[思い出]、[関係]は
[人間尊重を土台として [日常の余裕] という生きる姿勢を維持する]を通じて実現することができる。
 
普通計画書というと各種チャートが登場して、お客様の傾向や分布等を把握し、戦略と戦術を展開するのが一般的だ。しかし私はその方法を知らない。特別に知りたいとも思わない。したがって仕事がなされる原理を知っている人との出会いに飢えているのかもしれない。私が知っているお客様は普通の人間だ。人間が人らしさを求めている。人と人がぶつかってその間ででてくる汗のにおいが価値を作っていく。
 
私たちのお客様は美しさを表現し思い出を記録する人たちであり
その過程で発生する[関係]がお客様と写真館が同時に追求する価値である。
人間尊重と日常の余裕は[関係]を形成する基本条件であり人生それ自体である。
 
-----------------------------------------------
 
普通の写真館で、ホームページの競争力は、お客様の流入を増やし、良い印象を与えるくらいに考えます。単純にオンラインマーケティングを通し、お客様の流入を増やしたり、明らかに嘘だとわかるような内容をホームページに並べます。このようなことが通じる時期はとうに過ぎました。お客様は知っています。オンラインが私達の人生を支配する、このような時期には、むしろ「真正性」が最高の武器となります。
お客様の要求と写真館の実態が一致しなければなりません。
ホームページの競争力は、ホームページが美しさを表現し思い出を共に記録する遊びの空間でなければなりません。私達自身が、まず自らを表わし人生に対する「真正性」がそのまま溶け込んでいるホームページが最高の競争力です。
ホームページを通して確認をし、写真館に繋がり、
持続的に関係が拡大されていく循環するサイクルが、まさに人間の人生です。
一瞬で終わり、対象化されてしまう存在の軽さ、騙し騙される大混乱の戦場では、むしろ「真正性」は、伝説になってしまいました。誰もが望んでいるのに、誰もできないことであるため、競争力の源泉なのです。私達皆が入っているホームページがあると想像してみましょう。どのような事が起こるでしょうか?この文章を読み、あなたが想像する、それを一緒に作りましょう。
 

★. 3大原則
 
-. 私達の全てをホームページに
「ホームページに道がある」は、オンラインマーケティングの次元で議論されているわけではありません。「ホームページに道がある」は、ONE POINTが行っている事を極大化させるための事業です。蓄積の力、自負心の根拠、競争力の源泉の底辺に流れる基調は、各個人と店舗、ONE POINTの変化発展プログラムを作るための意志です。各個人と店舗を目に見える実体にするための形態として、ホームページに集中しようと言っています。これは、結果的にライフスタジオとONE POINTの持続可能性を高めます。美しい花となれば蝶は自然に集まります。

「ホームページに道がある」は、「私達の全てをホームページに表現しよう」です。このような話が出ると、常についてまわる質問があります。
「どこまで載せればいいですか?」
「あなたの全てを載せてください」
「営業秘密もあり、私達の恥ずかしい所も載せるかもしれないですが大丈夫でしょうか?」
「大丈夫です。私達は皆、常識を持っている成人であり、各自の基準を信じています。」
「それでも問題が起きたらどうしましょう?」
「それは仕方のないことです。問題を起こした個人と組織が責任を負わなければなりません。痛みを伴いますが、修正しながら前に進む方法しかないですね。」

「私達の全てをホームページに表現しよう」というと、2つの障害物の話がでてきます。自身を表現する内容がないという心配と、問題が起きるかもしれないという不安です。自身を表現することに慣れておらず、何を載せるか分からなかったり、自身の載せた内容がどのような状況を生むのか心配します。載せる内容がなければ、探さなければならず、それでもなければ載せなければよいのです。勿論、相対的な評価を受けます。差別というならば差別であり、不利益というならば不利益です。ONE POINTは自ら表さなければなりません。各個人は、ONE POINTのために存在しているわけではありません。各個人のためにONE POINTを構成しました。各個人が、ホームページを通して表すことが難しいならば、他の部分で表せばよいのです。どこにも表さなければ、自らバスを降りていくでしょう。この文章でもう一度強調したいと思います。ONE POINTは、各個人のために作られた組織です。各個人の変化発展プログラム、仕事が成されていく原理が装着されることを目標とします。足らない各個人が、組織を構成し、目標を達成しようとする努力です。組織は、規則なく行う事は出来ません。各個人に最適化された規則と条件を作ることはできませんが、私達ができる最大限の考慮をする必要があります。ホームページも同じです。ホームページに集中することに対して、皆が同意することはできません。最大限の同意を得るための努力をしなければならず、共に決めた内容に関しては認めなければなりません。同意し、認めたといってもうまくいかないこともあります。周りと相談し、自身がうまくできることを見つけて行えばよいのです。失敗したら、少し休んで再び行います。

問題が起きるかどうか心配し躊躇し、見た目に良い内容だけを載せること、それも個人の選択です。全てを載せる人とそうでない人の変化を一定期間経った後に確認すればよいのです。運営委員会、全体会議、各店舗、各個人、本社は、自分達の基準を設定し、共に議論してホームページに載せる種類と内容を調節します。直接民主主義の原理に立脚し、議論し実行し評価する過程が重要になります。「私達の全てをホームページに」という原則の下、各個人と組織は、自身の問題を自ら決定し責任を負う、責任と権限の原則が実現される姿を見たいのです。

現在、ホームページに載っている内容はほとんどが写真です。ところが、黙って考えてみると、このような状況は少し滑稽だとも感じます。私達の人生の中で、写真がどれくらい占めているでしょうか?10%もあるでしょうか?ホームページのほぼ全ての内容が写真ならば、マーケティングの次元でホームページを運営していることを意味します。会社レベルで、店舗のオーナーが、お客様が集まるようにホームページに文章を書くよう言ったことはありません。ところが、同じように写真だけが上がるのは、固定観念の魔法により集団的に催眠にかかった状態ではないでしょうか?ほとんどの時間を写真館で過ごし、その中の10%にも満たない写真がホームページの90%以上を占めているということは、何かが違うというにも本当に間違っている状態です。自身と人生、自身と労働が分離されているという証拠です。

「私達の全てをホームページに」は、発想の大転換が必要です。自身と人生、自身と労働を一致させるために、写真館と会社を共同体として見なければなりません。共同体は、共同の理解と要求のために共に行動する集まりです。共同の理解と要求を表現した言葉が「自立した人々の経済共同体」です。自立、人、経済、共同体という言葉が使われました。この中で重要な単語が「自立」です。自ら立つという意志と行動です。意志と行動のためには根拠が必要です。その根拠を作るために私達の全てをホームページに入れようという提案が「ホームページに道がある」です。会社の特定した目的のために選択された内容だけを載せ、宿題を行うように形式的に行うならば、誰も幸せではない状況の延長となります。むしろ、宿題をする時間により多くの撮影をし、設けられた資金でマーケティングに投資するほうが、投与対比、効率を上げることができます。

私達の全てを載せるということは、自己の存在の根拠を確保すると同時に、
ブランドが「写真館から人へ」移動するということを目標とします。

一度よく考えてみましょう。写真館の撮影者ほど人の生死与奪の権利を持っている人がいるでしょうか...撮影者は、被写体の全ての部分を管理、指示し、その結果まで責任を負います。写真館にお客様が訪れ家に帰る時間まで、お客様と撮影者の情報量と処理するための責任と権限は、比較できないくらい撮影者のほうが多いのです。初めて日本に来た友人と、10年間東京に住んでいる私との差ぐらいあるのではないでしょうか?一度撮影をしたら、ライフスタジオではなく、その撮影者が最初に思い浮かぶべきであり、その撮影者に会いに写真館に来るというのが当たり前のことではないしょうか?現在、このようなことがないというわけではありませんが、ライフスタジオで撮影したお客様に比べると、まだまだ少ないレベルです。自分自身を解き放つ空間がホームページです。解き放っていれば、自身はもちろんのこと、お客様があなたを訪ねてくる根拠が作られます。特定した目的を持った内容を、宿題をやるように広げるのではなく、自身の全てを入れるという気持ちで行ったときに、根拠がこの世に存在するようになります。
 

-. バランスと選択

ここまで読んだ方の中で多くの人が、このような考えをしているのではないでしょうか。「今もちゃんとできていないのに何をまたしようとしているんですか?今までやっていた事業だけでもきちんとやったらいいのに...」違います。「ホームページに道がある」は、今まで行ってきた事業をよりきちんと行うための提案です。現在を、比喩して説明すると、毎日コンビニでパンだけを食べて生きてきて、人間らしく生きるために直接ご飯を作り、料理をするために材料をたくさん買っておいた状況です。冷蔵食品は冷蔵庫に、冷凍食品は冷凍庫に、米は米びつに入れる時期です。この全ての材料は、一度に食べることはできず、賞味期限や家を訪ねてくるお客様のことを考え、順序と規模、選択と集中をする過程です。今から、現在私達が行っていることを確認しながら、順序と規模、選択と集中の設計図を描いてみましょう。

ONE POINTで、最も難易度が高い項目がマニュアル1000です。最初から最後まで、自分自身で企画、調査、作成、実践、評価する過程を踏まなければなりません。3つの段階に区分し、簡単なことから実践していこうと言いましたが、意欲さえわかない人が多くいます。2016年2月からマニュアル1000を進めてきましたが、1つ2つの事例を除いては、成功しませんでした。どうやら、マニュアル1000を進行するにおいては、まだ力不足だったということを認めなければなりません。そのため、マニュアル1000は、2018年に始めることを提案します。現在、皆がやるべき義務として規定されていることを自由に行う事に変更しようという話です。勿論、やる人は持続して行います。おそらく、2017年ONE POINTが順調に進むと仮定すると、2018年は、ONE POINT全体が参加するマニュアルブックプロジェクトを行うのではないかと予想します。各店舗にカテゴリーを分け、各個人の水準に合った内容でONE POINT全体が進行し、ONE POINTマニュアルブックの作成という結果物を生産することがよいのではないかと思います。

環境改善は、幾つかの段階に分かれます。簡単な掃除の方法を変えることから、インテリアやブランドに関係した構造と環境の変化までがあります。ヒョヌクリーダーが明かしたように、2017年は、簡単な掃除の方法の変更を固める年になります。これは、呼吸をするのと同じような事です。10分間の掃除を15分間行う、腕が届かない所は椅子に登る、掃除機だけかけた場所を定期的に水拭きするというものです。各店舗が、新しく構成され、環境改善が簡単な内容で行われますが、ある程度時間が経ち、店舗の内部文化が成熟期に入ると、より高い段階の環境改善のための議論と実践が行われることを期待します。2017年の環境改善は、私達の考えと方法を変える作業であり、物理的な量が増えるわけではありません。

写真は1ヶ月間隔で決められた主題を、日常的に撮影する過程で適用するプログラムと、毎月2つの写真に関連した文章、店舗での会議で構成されています。写真館で写真についてこの程度行う努力は、最小限の義務であると判断しますが、みなさんの考えが気になります。ほぼ全ての人が写真が好きでライフスタジオに入社し、写真に対する能力を高めるための努力としては、適度な量だと思います。写真の項目は、量よりも質であり、主題を受け入れる人の立場によって異なる問題です。写真は、現在の量を維持しながら、3ヵ月後に評価作業を進めましょう。

最近、人間関係ボードと関連し2つの出来事が私を感動させました。ボルボの手紙と夏子の絵のエッセイです。自分の方法で自ら表す状況を本当に久しぶりに見たきがします。ONE POINTの構成員は、自身に合った主題と実現方法を持っています。自身の持っている方法で自ら表すならば、ONE POINTは成功します。自ら表す過程は量とは大きく関係がありません。自ら表し、確認、連結、拡大の過程を持っているならば、やるなと言われても、夜を明かしながらでも行う生命体が人間です。現在の人間関係ボードは、全体的に点検する必要があります。自身の主題にあまりにも多く力が入ってしまい、各個人が日常的に持続することができる量と質についての議論が不足した状態で行われた側面があります。自身の能力と特性を考慮し、小さくても強く、自身を鍛えられる最適な事業を見つける作業が必要です。2月~3月、ヘヨンが各店舗を回り、進行状況と人間関係ボード改編のための代案を作る予定です。

会計は、実際特にやることはありません。担当者が毎月初めに、前月の収入支出表を作成し、店舗で共有したらよいのです。継続的にやってみると、各店舗別の計画が立ち、現実を少しずつ変化させられる手段として、会計を見るようになります。会計は、具体的であり、直接的な事業です。特別な努力なしに自然に参加し、その結果がそのまま自身に適用されます。会計をするということ自体が、政治の領域に入ってきたことを意味します。政治は分かち合いの美学と言われます。限られた資源の抽出と配分の過程で利害当事者の参加を通じて、最適な方法を模索することが政治です。今までの支出は、本社が行っていました。2017年から、相当な部分の権限が店舗に渡ります。権限を行使するということは、それだけ責任も伴います。現在、ライフスタジオの店舗の経済状況は非常に良好です。従って、会計では良いことだけが生じると考えてもよいでしょう。経済状況が悪くなる可能性が2017年は非常に低いため、最初から心配する必要はありません。政治的効能間を経験する良い機会です。思う存分謳歌してください。

自律経営店舗で言う6つの項目については以上です。このように書いてみると、ホームページに集中する余力が少しありそうですね?ホームページに集中するために、月に何十個の文章を書きましょうという基準は提示しません。私達ができるくらいやらなければならず、それくらいしかできません。しかし、上記で提案した「私達のすべてをホームページに」、「バランスと選択」を原則とし、少しずつ前に前進しようという話です。

この辺りで、ホームページの未来の展望について個人的な考えを少しお話ししようと思います。10年前、ライフスタジオが初めてできた時、写真館の市場で熱いニュースになりました。幾つかの写真館から多くの見学と講義の要求が来ました。また、お客様の反応にも火がつき始めました。このようになった理由は、差別化が成功し競争力を確保したからです。自然光と蛍光灯撮影、ハウス型スタジオ、普段着での撮影、ホームページへの情報公開、原本CD販売、当日のモニター、ブログをはじめとするオンラインマーケティング、1回の訪問でシステムが終了する等。その当時としては画期的なシステムでした。このような差別化があったからこそ、ライフスタジオが日本の写真市場に安着することができました。しかし、10年の間、ライフスタジオの内部では、多くのことがありましたが、外部から見たときのライフスタジオはそうではありませんでした。店舗が増えたということ以外は変わったこともなく、写真館業界でも存在感がだんだん消えています。最近、予約率が以前と異なる様相を見せているのも、これと関係ないわけではありません。 

「ホームページに道がある」は、10年前の差別化よりもより大きな影響力を持っていると考えています。「1人の10歩よりも10人の1歩で」という言葉を知っていますか?資本主義は、共同体よりも、個人に分離させるための努力を止めません。消費の基本単位が個人であり、分配政策は、資本の根本属性と一致できません。1人の10歩は、10人の犠牲を基盤とする可能性を秘めています。最下位がいた時に、1等がいます。特定した個人の能力により、ホームページや写真、マーケティングの部分において、お客様に魅力的に歩み寄ったり、所属している構成員達の集団的な努力と能力により、差別化と競争力を実現することができます。特定した個人の能力に依存するということは、組織と企業に傍点が置かれているということを意味します。お客様が写真館に訪ねてこれるようにすることが、事業の最も重要な要素であり、構成員達は決まった業務を処理することに限定される可能性があります。給料だけ多くあげれば良い職場という考えは、最近になって、さらに強くなる雰囲気ですが、これは半分だけ合っている話だと思っています。もしかすると、さほど大きく関係なくも見えます。お金持ちの親だから良い親だと表現しないように、給料を多くくれる職場が良い職場でしょうか?自身が1万円の価値を発生させたら1万円が懐に入ってくるような会社が良い会社といれるのではないでしょうか?つまり、自身が納得し自ら認める会社が良い会社ではないでしょうか?

写真館のホームページは、ほとんど嘘をついていると思っています。写真とお客様感動に対する意志を最もらしい言葉で包装します。内部文化も温かい雰囲気を演出しようと努力します。お客様を集めるために、写真館の構成員達を利用しています。構成員と写真館自体が分離されています。ライフスタジオも例外ではありません。競争力と差別化は、表面的なもので作られるわけではありません。構成員の表情や写真館の中にそっと被さっているほこりまでも、それなりの理由と事情があります。時間の問題であり、お客様は気付きます。競争力と差別化が成されないため、検索広告や新聞、チラシ等の広告に多くのお金を投与します。その広告費は、構成員達の労働の結果です。特定した個人の能力を外部の力を借りて使用するということは、会社に傍点が置かれ、構成員は疎外されている可能性があります。オーナーの特別な能力により競争力と差別化が成されたときにとる行動のほとんどが店舗拡大です。残った利益で店舗を拡大し、オーナーの財産や名声は高くなるものの、構成員の状態は変わりません。これが、文字通り疎外です。10人の1歩は、速度が遅く大変で難しいのです。しかし、歴史の進歩は、10人の1歩から成されてきたのであり、特定した1人の能力では成されません。

写真館は共同体を志向しなければなりません。いえ。全ての組織は、共同体として進むべきです。その理由は簡単です。人間はそのように進化してきて、その過程から人間らしい人生が保証されます。「ホームページに道がある」が、10年前の差別化よりも大きな影響力を持つことができるという論理の核心は、構成員にあります。スタジオの構成要素は全て決まっています。価格、商品、システムは変わりません。価格を下げたらより多くのお客様が来てくれるでしょう。普通は、お客様がより訪れるということは競争力が高まった結果だと思います。ところが、熾烈な競争社会の中で、なぜ、より価格を下げないのでしょうか?下げることができないのです。下げるためには、最終的には人の競争力が高くならなければなりません。人の競争力を高めることが難しいため、価格を下げることも難しくなります。中国が世界の工場となった理由も、賃金に対し競争力が高かったからです。写真館で2時間以内に起こっていることを、同じ質を維持しながら、1時間以内にできるならば、価格を下げることができます。可能ですか?すぐにはできません。だから写真館の構成要素は、常に同じで、変化を作り出すことができる唯一の部分が人なのです。価値を生み出すのは、唯一内部の人のみです。外部の力を借りてインテリアをきれいに作ったからといって、価値を継続的に作ることはできません。良いインテリアと人間の幸福は比例しません。勿論、外部のインテリアも人が作ることであり、その人を見つけ依頼する主体も写真館の人です。写真館の中にいる構成員達がホームページに全てのものを表現するということは、自己存在の証明でありながら、お客様への約束です。派手なホームページよりも率直で厳重な約束です。お客様は、その約束を信じて写真館を選択し確認します。そのため、写真館は人に出会う場所であり、写真を媒介とし、美しさを表現して思い出を記録する遊びの空間でなければなりません。構成員が真の主体として、お客様と堂々と出会うということが、競争力と差別化の根幹です。その繋げ役をホームページが行う必要があります。根拠を持って出会い、確認し拡大し連結されなければなりません。

韓国に「花」という詩があります。私の年齢層の人々は、ほとんど覚えているくらい有名な詩です。

私が彼の名前を呼ぶ前は
彼はただ
1つの仕草に過ぎなかった
私が彼の名前を呼んだとき
彼は私の元へ来て
花になった
私が彼の名前を呼んであげたように
私のこの色と香りに見合う
誰か私の名前を呼んで
彼の元へ行き私も
彼の花になりたい
私たちはみんな
何かになりたい
あなたは私にとって、私はあなたにとって
忘れられない一つの目配せになりたい

「ホームページに道がある」が想像する理想的な姿を「花」で伝えています。自身の全てをホームページに表現するということは、香りと色を自ら作ることです。お客様がその香りと色を見て名前を呼んでくれた時、写真館の構成員は花になります。そして、お客様から呼ばれるその人の香りと色を、写真で見つけてくれれば、お客様と呼ばれるその人も花になります。幼稚でしょうか?事実そうではないですか?

お客様と呼ばれる人も、写真館の構成員もみんな存在の意味を確認し、
関係を繋げていくことが、私達みんなが追求する究極的な真の人生の姿です。

お客様は写真館を見てきます。構成員は、写真館が提示した写真とシステムを提供します。即ち、写真館を選択し、構成員と出会います。この構図を変えたいのです。写真館が実体であり、構成員は構成の一部分ではなく、写真館は共同体でなければならず、その共同体の構成員が写真館の第1の実体なのです。

「ホームページに道がある」は「人を選択する」へ、
戦略的な価値の移動を行うというプロジェクトです。

10年間継続して言ってきたことが、直接的であり具体的にできる環境がONE POINTで造成されています。1人の10歩ではなく、10人の1歩で進むべき「ホームページに道がある」は、写真館の既存の方法の限界を克服しながら、日本の写真文化を変える直接的でありながら、具体的なことなのです。
 

-. やった事を成された事に(出来た事に)
 
「仕事が成されていく原理の装着」が、ONE POINTの目標です。仕事が成される原理を知って行動すると、うまくできるでしょう。仕事ができるということは何を意味するのでしょう?普通は、目標を達成することだと言います。売上を10%上げるという計画を立て、10%上がれば目標が達成されたのでしょうか?3%上がったら目標が達成されたものではなく、仕事ができない人なのでしょうか?言葉で説明できる目標と、言葉では説明することのできない目標があります。売上を3%上げて仕ができる人と褒められこともでき、10%達成したとしても非難されることもあります。7〜8年前、店長が売上が500万円を超えたと嬉しそうに報告をしてきたことがあります。私からの称賛と激励を期待していたようでしたが、私はすぐにこのように言葉いました。「私が500万円の売上を上げるよう言いましたか?」その店長は、目標を達成しましたが、私は売上が上昇がったことだけを報告してきた店長に対して大きな失望をしました。今思えば、私の反応の方が無礼な行為だとは思います。それでも、その時はそうだったのです。

多くの目標は材料に当たります。「ホームページに道がある」も同じです。文章をたくさん載せて、内部と外部のお客様とのコミュニケーションが活発になったからといって目標が達成されたわけではありません。弁護士試験や運転免許と同じように、具体的な目標を達成する数字で表記できるものもありますが、そうでないものも多いのです。「ホームページに道がある」という目標を達成するために、具体的な規則や数字を定めることになります。その規則と数字を達成したからといって「ホームページに道がある」が達成されるということを保証するわけではありません。やったことはやったことであって、出来たことは出来たことなのです。スタッフブログに文章を月に数個載せようと共に約束し実行したからといって、文章を上げた時に、やったことが出来たことだという保証はありません。私達は本当に多くのことを行います。朝は正確に起きます。遅刻しません。お客様に対して最高までとは言えなくとも最善を尽くします。業務上問題が発生しないように精神を集中させます。本当に多くのことを行っていますが、何かできているというものはあまりないようです。

ライフギフトで今日も一生懸命働いている大内の話を少しします。ライフスタジオの中で、人間に対する礼儀と愛を持っているという面で大内ほどの人はいないくらいです。だからライフギフトを大内が進めています。ところが、おかしいと感じるほど、今後の進路についての相談を行うと共に幾つかの代案を提示しながらもいつも不安な姿を見せました。こつこつ継続して行えばよいのに、なぜ不安になっていたのでしょうか?もしかしたら、自分自身の中でやってはいるのに出来ているという確信がなかったからではないかと推測します。自身が最初に計画した内容は、ほとんど誠実に進めているものの、その内容を行った時に起きるであろう漠然とした幻想的な結果が、現実ではなかなか表れていない可能性があります。結局は、自分自身に現実が満たされていないという感じです。その実体が何なのか分からないため、あれこれ計画を立て変化を模索してみても、特別な解決策が見えなくなります。

ライフギフトは大きく2つの目標があります。ライフスタジオを訪れてくれたお客様のための「感謝のプレゼント」という意味と、もう1つは、お客様から受け取った内容がライフスタジオの内部で、ライフスタジオがライフギフトに入るパイプラインを作ることです。「感謝のプレゼント」は、大内の人間に対する礼儀と愛によりライフギフトが運営されているということだけで成されています。多くのお客様は感動の涙を流し、大内もお客様との確認、連結、拡大に胸がジーンとする瞬間が毎回ありました。ところが、パイプラインを作るという面ではどぎまぎしました。大内がワンダーウーマンになることを期待していません。やったことを成されことにするためにスーパーコンピュータが必要なわけでもありません。パイプラインを作るための鮮明な1つの計画が自分の中にあれば、2年でも10年でもこつこつ継続して進めていけばよいのです。その鮮明な1つの計画は、自身が基準です。誰かが見ると非効率的で、誰かが見ると旧態の標本だとしても、自身がその道に対する確信と意志があれば、それ自体がやったことが成されたことへ向かっている過程を意味します。
やったことと成されたことの間にいることが重要です。やったことと成されたことの間に、果たして何があるのでしょうか?

レーダーの原理を知っていますか?電波は光のような速度で直進し物体にぶつかると反射、屈折、回転または散乱することも光とほぼ同じです。電波を発射すると、物体にぶつかったものは再び電波を発射した場所に来て、それ以外はずっと直進のみです。固定された物体はずっと同じ場所に表示され、移動する物体は、次に発射される電波の距離の変化を測定して確認します。発射してぶつかり戻ってくる原理は、人間の人生と似ているようです。行って戻るという連結の過程で何かが作られます。確認、連結、拡大の循環構造が人間らしい人生の基本的な構成要素です。この循環構造で1つの部分が故障すると、人間らしい人生に危機が訪れます。私達は、継続して何かします。新しさは古さとなり、古さは再び新しさを望みます。何かをずっと行っているものの、成されていることがないと不自然さを感じます。何かが足らないと感じているということは確認、連結、拡大の循環構造が遅く作動しているか、1つの部分に異常が生じたことを意味します。私達は何かをしながら確認し、連結、拡大を通し供給される栄養分により人生の意味を探していきます。確認、連結、拡大の循環構造が作られていない状態でやるだけやるということは、意志を弱体化させ、環境に順応しながら生きて行くように強要されます。前に進むために一生懸命ですが、結果的にランニングマシンの上を走っているのと同じだと言いましょうか?

ONE POINTを最初に計画した時、マニュアル1000が中心の事業でした。マニュアル1000は、各個人が調査、分析、判断、論理、提案、実行、定着の過程を通して確認、連結、拡大の循環構造を作るための事業です。1年間行われた結果として時期尚早との判断をするようになりました。しかし確認、連結、拡大の循環構造を作ることには変わりありません。その結果、マニュアル1000からホームページに選手交代をしました。蓄積の力、自負心の根拠、競争力の源泉も、確認、連結、拡大の循環構造の装着と深い関連の中にあります。ONE POINTを現在肯定的に受け入れている理由として、全体会議が良い役割をしています。全体会議が確認、連結、拡大の循環構造が一定の部分、機能していたため可能だったのです。新入社員の教育も同じ原理が作動しました。やるだけやるのと、やったことを成されたことにする過程にある違いを全体会議と新入社員教育が証明しています。

自身の全てを表現し、その結果、関係へと繋がり、より高い段階へ拡大される過程をホームページという枠組みの中で行おうというこの冒険が成功したことを何をもって証明したらよいでしょうか?もし、月に1人のお客様から「あなたに会いに来ました」と言われたなら、成功した云々ではなく、それだけで全てが証明されるのではないでしょうか?自身の行動の結果が確認される瞬間が、やったことが成されたことに向かう過程の始まりだと思います。以下の計画に書いて行きますが、月に5つ以上の内容を作るためには、自分自身との孤独な戦いが繰り広げられます。自身をゆっくり落ち着いて見つめるということが、自身に対しての自らの確認です。自らに対する確認の結果がホームページに上がることで、自分と世界が出会います。自分自身の存在に対する価値を自らも確認しますが、もう一度他者からも確認してもらえるということは、存在論的証明において輝く瞬間です。他者からの視線が自身を照らし出すという感覚が、やったことが成されたことへ向かう過程へ進む決定的な瞬間です。月に1人から、「あなたに会いに来ました」という言葉を聞く幸福感を想像してみてください。次を約束するかのような魔法のような出来事が起きるでしょう。このように確認、連結、拡大の循環構造を作ることにホームページの役割があります。

実は、マニュアル1000、人間関係ボードの個人主題とプロジェクト、全体会議は確認、連結、拡大の循環構造を作るための事業です。いいえ、ONE POINT自体が確認、連結、拡大の循環構造のための事業です。そのため、ONE POINTが仕事が成される原理の装着を目指しました。ホームページは、他の事業に比べ特別な幾つかの良い点があります。まずは、自分自身を可視化させることのできる唯一の代案です。部屋にこもり世の中に驚くような結果を持ってこなければならないということではありません。1日1日の、自身の日常と主題に対する持続的な公開自体が、実際に目の前に表れます。また、ホームページは関係を想定し作られた実体です。加入する必要もなく、誰にでも公開しているため、それ自体で連結が目的となっています。いつひっかかるか分かりませんが、全世界に餌を投げたというようなことです。餌がなければ、魚と出会うことはできません。誰かは、繋がり、共感を感じるようになっています。そして、決定的な良い点は、連結自体が、個人と組織の競争力であり、その競争力の生産を構成員が行っているという点です。

「やった事を成された事に」という原則が、生命力を持つために、3つのことを提案してみます。

1つ目、自身の特別さを表さなければなりません。

身の回りの出来事を書き出す方式なのであれば、羅列状態で構成された疲労感を拭えません。特別さとは自分自身です。結局、人間関係ボードで決定した自身の主題とプロジェクトです。私達は、みんなから愛されることを望んでいます。しかし、自身の色と動きに対して、名前を呼んでくれる人は必ずいます。自身の色と動きを作る特別さは、自身の主題とプロジェクトです。

2つ目、組織的に砂の中に埋もれている真珠を発見しなければなりません。

計画の部分でも書きますが、担当者を選び、各店舗と運営委員会、本社は確認、連結、拡大のサイクルという観点から、各個人と組織の動きを注視ししなければなりません。そして、発掘された真珠がより輝けるような具体的な政策が必要です。

3つ目、評価を通したフィードバックを構造化させなければなりません。

実際に、ライフスタジオは評価に対しケチをつけました。純粋性が壊されるという側面があり、評価の単位が目で確認される範囲にあったからです。もう規模も大きくなり、ライフアワードの活動を通して評価の重要性を認識したことが決定的なきっかけとなりました。特に、ホームページは、それ自体で可視化されるため、評価を通したフィードバックが容易になります。批判と同時に、褒賞が伴わなければならず「ホームページに道がある」だけの特別な評価方法を作らなければなりません。
 

★. 目標
 
目標について、この計画書に記載するのは保留とします。皆と一緒に決めたいからです。今後「ホームページに道がある」の公開聴聞会を2~3回開催する予定です。自発的に集まった人々が、ホームページに集中する理由と、様々なアイディアに対する議論を通して、「ホームページに道がある」の動力を確保しようと思います。その過程で、「ホームページに道がある」の目標を導き出したいと思います。多くの参加お願いします。
 

★. 計画
 
-. 内容を5つに

「内容を5つに」は、現在2つ以上書くという内容を5つ以上書くという提案です。どうですか?この計画書を書きながら、5つにするということに関してたくさんの人に意見を聞きました。私の前で話しているからかもしれませんが、負担には感じますが、今やっていることをもう少しやればよいという意見がほとんどでした。全ての人々から意見を聞いたわけではないですが、「ホームページに道がある」を通して確認、連結、拡大の循環するサイクルを作るための最小限の措置だと思います。月に5つの内容を創りだすということが負担だということは事実ですが、ホームページを通して自身とONE POINTの根拠を作ると決定したならば、5つ以上あったときにあらわれるのではないでしょうか。

月に5つ以上の内容を創り出すということは、何かに深く入ることを意味します。5つに入る内容は、食べ物の写真やおいしかったという一行だけ書くようなことはないでしょう?一貫性を持った真心のこもった内容を1ヶ月に5つ以上創り出すためには基準を高めるしかありません。基準は、つまり自分自身です。自身に合った素材を探し、その素材を自身の中に深く入れ、自身だけのDNAが植えられた内容を作るということ自体が確認の決定的な過程なのです。

私が注目している部分は、人間関係ボードを議論する過程で導き出された各自の主題とプロジェクトです。自身が設定した主題とプロジェクトは、自身が現在立っている場所を最もよく説明しています。今の環境と条件の中で、自身の過去、現在、未来を洞察した結果です。人間らしく生きるために、自身の武器を作る過程であり、自身の道を自進んで行こうという意志です。自身の主題とプロジェクトをおろそかにしたまま、その時々ONE POINTで行うことのみに引っぱられるならば、すぐに危機が訪れます。自身の主題とプロジェクトを行う過程から出てくるエネルギーでONE POINTを行うのだと考えています。

最近店長達が意欲的に動いています。ONE POINT自体が自身の主題とプロジェクトだからです。全体と個人は、バランスを合わせながら融合しなければなりません。その中心には、個人の主題とプロジェクトがあります。昨年まではONE POINTの骨格を作る作業だったため、全体が主導する形でしたが、これからは個人の主題とプロジェクトがONE POINTの核心動力として作用しなければなりません。そうでなければ、再び「忙しさの中の怠惰」という致命的なエラーが繰り返され、やったことが成されたことと勘違いし、泥沼の戦いが展開されることになります。最近、青葉店の夏子が行っている事を見ると、各個人の主題とプロジェクトが持つ力の糸口が見えます。自身が得意な素材を見つけ、自分自身を日常の生活の中に投影し、深く入る過程の証拠が少しずつあらわれてきています。たとえ始めてからさほど経ってはいなくとも、この状態で数ヶ月続けていくならば、必ず「あなたに会いに来ました」という声を聞く最初のONE POINTの構成員になるのではないかという嬉しい想像をしてみます。
 

-. 基金

基金とは、何かの事業や計画のために積立したり、準備しておく資金のことを指します。「ホームページに道がある」は、ONE POINTで行っていることを、確認、連結、拡大させるための事業です。ある意味では、ONE POINTが「ホームページに道がある」と言えるのではないでしょうか。それだけONE POINTの成功失敗を分けるような核心事業です。そのため、実弾を確保する必要があります。簡単です。500万円を集め、「ホームページに道がある」の成功のために「バンバン使う」です。5つの店舗で1ヶ月に5万円ずつ積立をすると、月に25万円、1年ならば、300万円になります。そして、私が200万円を出資し、1年の予算を500万円の資金として設定し、1年間で全て使うです。ONE POINTの構成員が30人だとすると、1人当たり約16万円程度です。1ヶ月にすると1万円以上です。どうですか?蓄積の力、自負心の根拠、競争力の源泉であるホームページを通して確認、連結、拡大の循環のサイクルを作りながらお金も作られる。。。

まず、基金執行に対する権限は、運営委員会が持つのが良さそうです。運営委員会での議論を経て、基金運営計画を構成員に提示します。全体会議で基金使用の内訳と、今後の執行計画に対する定期的な発表も必要です。均等に分けるという形態は避けるべきであり、成功事例に対する褒賞と可能性への投資として資金が使用される必要があります。また、ONE POINTの構成員誰でも基金の使用に対して提案する権利があります。
 

-. マーケティングチーム構成

本社が何を行っているのか大体の人達はわかりません。理由は簡単です。何も行っていないからです。より正確な言葉でいうと、本社はありませんでした。商品についての仕事をしており、問題が発生したら解決し、ホームページやERPを運営しました。本社が行ってきたというよりは、本社という名のついた、越谷店の2階で、2~3人がその仕事をしていたのであって、本社があったわけではありませんでした。2階とは呼べないので、本社という名前を使っていたのです。理由は簡単です。本社と呼ぶならば、ライフスタジオ全体を対象に事業を展開するべきですが、ここ4~5年間全体に関わる出来事がありませんでした。そのため、自然と本社はなかっのです。しかし、活動中断後、本社実務会議という名で基礎的な実務についての議論を経て、2016年初めにヒョヌクリーダーを中心に、本社の拠点を作り始めました。ONE POINTという組織の仕事を処理しながら、一定のシステムが形成され始め、その成果を受け継ぎ、今年新しい構成員が配置されました。

現在、幾つかの現象がかみ合いながら、マーケティングチームの構成が提起されています。シーズンが終わり、目に見えて予約が減っているという点、オンライン基盤の再構築、ONE POINTがホームページに集中しなければならないという議論が、マーケティング、特にオンライン関連という共通点を持っています。このように、ライフスタジオでおきている懸案、当面の懸案により、自然と担当して働く人が必要だという需要が発生し、マーケティングチームの構成が具体化されています。「ホームページに道がある」は、他のどの事業よりも運営技術が必要となります。即ち、量よりも質が成功を保証します。同じ内容であったとしても、どのように規定し連結させ、拡大するかによって石と金に分かれるでしょう。単純な管理の概念を超え、目標を達成するための各種戦術を総動員する必要があります。

現在、「ホームページに道がある」の詳細な計画と共に、ライフスタジオのマーケティング全般に関する計画を立てています。上記で本社がなかったと表現しましたが、マーケティングチームの構成は、ライフスタジオで10年ぶりに真の本社の誕生を意味します。同時に「ホームページに道がある」を、具体的で、実質的に運営する主体の登場です。

 
-. ホームページ改編

現在のホームページは、よくも悪くもない、ただそのような状態です。決められている内容とシステムを羅列し、必要な情報をお客様が見てわかるようにした形です。全ての写真館のホームページが同じ構造です。このような構造は、アップグレードをする必要はなく、一度のアクセスで全てを知ることができるため、生命力がありません。同じ構造で、デザインやメニューを変えたとしてもそれほど効果がないからです。ところが、アルファードから、写真館のホームページの傾向を変える画期的なアイデアが出ました。決められている内容とシステムの羅列からイシューを中心に、厳選した情報を可視化し、ホームページを雑誌のように作ろうという発想の転換です。普通、写真館のホームページのメインメニューは、写真館の紹介、写真、ギャラリー、商品、システム、予約などから構成されます。この部分を、1つのメニューとして集め、写真館で起きる日常の出来事をカテゴリ別に整理し、毎月更新する形です。www.lifestudio.jpと打って入ると、プロジェクト、人々、写真、ライフニュース、予約、店舗の6つのアイコンが表示されます。プロジェクト、人々、写真、ライフニュースは1カ月を基準とし、雑誌の記事のような形で見せます。

プロジェクトは、各個人と店舗で行っているプロジェクトを整理し、その月にイシュー化させます。例えば、大宮店で長期間行われているポポポを記事として紹介します。人々の部分は、ライフスタジオを構成する内、外部の人々の話の中から厳選して紹介します。写真は、ライフアワードで行っているフォトジェニックや、ONE POINTで行っている写真の主題に関するフォトジェニックが、毎月新しく更新される形で載せます。ライフニュースは、ライフスタジオの企業情報や現在行われている状況を記事として提供します。月に一度更新するとなると、少なくとも10個以上の内容がデザインと編集を経て、毎月新しく載るという構造です。この内容は、店舗と全体のFacebookに共有され、持続的に内容が再生産されます。ここまで、議論された内容をもとに、現在ホームページ改編計画書を準備しています。結局、ホームページ改編も確認、連結、拡大する方向へ向かうための計画です。

 
-. FacebookへGOGOGO!!!

ホームページは、拡張性において唯一の欠点を持っています。すでに私達の社会は、ネットワークで連結されており、これを逃れることは簡単ではないです。ライフスタジオがここまで成長することができる背景もオンラインでした。「ホームページに道がある」は、確認、連結、拡大の循環構造を作ることを目的とします。ホームページの内容が、より広い世界と出会い、確認、連結、拡大の過程を経なければなりません。そうした時に、成功の経験ができ、持続できる力が生じます。

最近、Facebookが話題となっています。世界の人々と出会うためには悩むことなくFacebookです。普通の写真館で、ホームページやFacebookを同時に運営していますが、ホームページはメインの役割を担い、主にFacebook上で活動します。また、ホームページとFacebookを同時に行うことも簡単ではないため、どちらか1つは、形式的であったり、活動がなく、やってもやらなくても変わらないような結果をもたらします。このような結果が出てくる決定的な理由は、ホームページやFacebookをマーケティングの次元としてのみ見ているからです。実在する現実とは関係なく、写真館の名前だけを知らせる目的を持っているため、誰もが好む内容だけを載せます。情報の歪曲と偏見により生命力がないというのは、現実が証明してくれています。

ONE POINTは、ホームページを蓄積の力、自負心の根拠、競争力の源泉と規定します。そのために、私達の全てをホームページに載せようと主張します。ホームページは、私達の存在を盛る器です。多くの良い点を持っていますが、唯一の欠点は、より広い世界と出会うための道が制限的だという拡張性の問題です。この問題を克服しようと、Facebookが登場します。ホームページは、自分のメインバンクの通帳であり、Facebookは自分の財布に入っている現金やクレジットカードではないかと考えてみました。自分の通帳にお金がなければ、財布も空になり、クレジットカードも無用の長物になってしまいます。通帳だけを持っていても、とても不便でしょう。何を買うにしてもその時々に銀行カードから現金を引き出さなければならないからです。ホームページに内容が蓄積され、その内容の使用をFacebookで行うという形がよいのではないでしょうか。2つを同時に行うとなると、もうすでに負担になります。しかし、その負担は少しの錯視現象から起因します。実際、内容が99%、1%が形式です。内容を生産することが難しいのであり、作られた内容は、クリック2回で済む問題です。むしろ作られた内容が、2つの場所で新しい相互作用を経験することができます。ホームページは、生産工場であり、保存する場所です。Facebookは、市場であり、使用所です。

内容を作る基準は、ホームページにあり、活用するのはFacebookです。
つまり、作成して載せるところまでがホームページでの活動であり、その後は、Facebookとなります。近いうちに、Facebookの活動に対する計画書が本社のマーケティングチームから出てくる予定です。ホームページと各店舗のFacebook、ライフスタジオ代表のFacebookが有機的に連結され、確認、連結、拡大の循環構造が作動することを期待します。
 

★. 終わりに
 
「ホームページに道がある」をまとめてみましょう。
ONE POINTを1年ほど進めてきながら、組織の骨格がある程度作られました。6つの項目に対する理解と実行が1回ずつ進行され、全ての構成員がONE POINTが何なのかという実体を認識し、行動を開始しました。ONE POINTは、やるべきことが多く、自らあらわさなければなりません。量の問題もありますが確認、連結、拡大の循環構造を形成しなければなりません。忙しさの中の怠惰と、やった事が成された事だと勘違いしている失態から脱し、仕事が成されていく原理が装着されるためには、現在、私達が行っていることが具体的で直接的に1つに連結され質を高めなければなりません。ONE POINTが当面している現実の改善と継承するための事業として、「ホームページに道がある」を提供します。

ONE POINTは、仕事が成される原理を装着することが目標です。仕事が成される原理は確認、連結、拡大が循環する構造を指します。確認、連結、拡大の循環構造が作動する、最適化されたプラットフォームがホームページです。ホームページに自分自身をあらわす過程は、自らに対する確認と同時に、世の中との連結を意味します。世の中との連結の中で拡大の契機が作られながら、循環構造が成されます。ホームページを通じて、確認、連結、拡大されたときのホームページが持つ蓄積の力、自負心の根拠、競争力の源泉という真価が発揮されます。そのために、私達の全てをホームページに、バランスと選択、やった事が成された事にという原則が動く必要があります。具体的な実行計画として、5つ以上の内容を創り、500万円の基金を造成し、マーケティングチームを構成し、ホームページを改編しFacebookに集中。と話しました。

ホームページに集中しようという話は、ありきたりな話かもしれませんし、伝説の始まった日となるかもしれません。伝説を作りたいと思う人が集まった共同体がONE POINTではないですか?この計画書の題名を「あなたに会いに来ました」としたらどうだろうかと考えてみました。「あなたに会いに来ました]と聞く瞬間に、確認、連結、拡大の循環構造が現実で証明されるのではないでしょうか?あなたの名前を呼んでくれる人に出会うということが伝説といえるのではないでしょうか?
 
毎日各店舗から「あなたに会いにきました」という声が鳴り響くその日のために