レポートReport

2016.05.01「自律経営店舗」

2018/4/23

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自律経営店舗 
 
2016. 05. 01  Mr. lee 
 
 
-. 背景
 
自身の暮らしの中で会社が占める比重とはどのくらいでしょうか?人ごとに違うでしょう。私は残念ながら、ほとんどの時間が会社と関係しています。結婚もせず女性の友人もなく、特別な趣味や余暇活動がありません。済州島での生活の基盤を用意したのも、会社の仕事が意味するところに行かずに生じたことからある種駄々をこねているかのようです。私だけでなく、多くの人々が会社との関連の中で忙しく生きています。
 
会社は自身にどのような存在でなければならないでしょうか?
 
活動中断以降、[ライフスタジオは何をしようとするのか?]に対する根源的な問いが、頻繁に私の頭の中でぐるぐると回っています。最近では、人間らしく、自分らしく生きることへと整理されています。そのため、「やりたいことの前にやるべきことをしなければならない」と強調しました。人間らしく、自分らしく生きるためには、多くの理論と実践の材料があり、その中に学習と教育を選択しました。従って、学習と教育がやらなければならないことになりました。人々は問います。
 
[皆が嫌がる読み、書き、討論になぜ固執するのか?旅行や遊びのように人々が楽しくできることをするのではダメなのか?]。もちろん学習と教育よりは接近し易いかもしれませんが、やるべきことに立ち返れば共に計画、論議、実践、評価、維持の過程を経なければならず、問題点が登場し限界が来るようになっています。学習と教育であるが故に難しいのでなく、やるべきことをする過程から事が成されていく原理が作動しない為です。やるべきこととは義務を同伴します。峠を越えると、私たちが望む世界が出てくるだろうという幻想を植えつけながら、忍耐して突破しようとしました。問題は鮮明ではないという点です。[だからなんだ?]と質問すると、観念的な話をするようになります。
 
やるべき事と共に、もう少し現実的で直接的であり、楽しみがある、その何かが必要です。運転を楽しむ人は運転をする過程で発生する、その何かがある為に運転が楽しいのです。やるべきことは、交通法規を守る義務です。その条件で運転の楽しさを追求しなければなりません。責任と権限の両者が相互に関連の中に結びつきながらの運転が完成されます。運転を避ける人の共通点は責任だけがあります。交通法規を守って目的地に行くことが運転の理由のため楽しめるはずがありません。目的地に行くことも重要ですが、その過程も楽しく面白い必要があります。
 
やるべきことをしながら同時にやりたいことをするということ
 
この二つの軸が同時に動かなければならないこと
 
人間らしく生きるということは 
 
日常でこの二つのバランスをとっている状態です。.
 
書籍:[7つの習慣]に時間使用に関する4つの形態に対する話が出てきます。時間の使用に関する4つの形式の話が出てきます。緊急ではないが、重要なことに集中しなければならないと言います。学習と教育は緊急ではないが、重要なことです。緊急ではないことは、短時間ではできず、多くの経験と事由の結果を必要とします。すぐに目の前に見えることができないが、私たちの生活の根本に関する内容であるため重要です。
 
すべてのエネルギーを注ぐことと集中は、少し異なります。学習と教育に集中したことまでは良かったものの、すべてのエネルギーを注ぐのは問題があります。結果的に、私たちが足踏みしている[現実]から目を背けました。写真、お客様、人間関係、マーケティング、参加民主主義、業務改革、福祉、勤務条件など、日常的に現場で成されることたちは後ろにおいやるようになりました。現場から推進力が消えてしまえば学習であれ教育であれ、何にもならないでしょう。現実の問題は、緊急であり重要な問題です。緊急でありながら重要な問題と緊急ではないが、重要な問題のバランスが必要な時です。[マニュアル1000]は、学習と教育の内容に[現実]を組み合わせた事業です。
 
これと一に直接的に現の構造と件をえることができる、その何かが必要です。
 
自由と欲望の実現……… 最近自由と欲望に対する考えをたくさんします。
 
とにかく旅立て
たどり着くことのないその場から立ち上がれ
それが蘇生である。
                                キムシジョン [明日]
 
[人生のための哲学の授業]という本の、はじめの部分に自由に対しての話があります。要約すると次のとおりです。通常、自由といえば拘束や抑圧された状態の解放や他のものを選択することができる可能性であると理解していますが、それ自体では自由な生き方を示すものではありません。私を取り巻く自由な制度や条件が私を自由にすることができず、私を締め付ける拘束や抑圧があっても、私は自由であることができます。自由とは、自ら何かを作っていくことができる[能力]と結びついたものであり、いくつかのもっともらしい選択肢の誘惑の前にも、自分がやりたいことをする能力であり、目の前の制約や拘束の中でも自身が望むように生きていく能力です。
 
しかしそれはよく言う[私だけのもの]ではない。自由であることのできる能力。それは何よりも自身の人生、または自身を含めた[私達]と呼ばれる私達の人生と結びついています。私ではない他者、私が知る事の出来ないこれらを知らなければならないという逆説を通過しなければなりません。その為に自由の為には自身の[自由意志]だけではなく自身の殻を破ろうという意思が必要です。
 
自身の考えだけではなく自身が考えられない事を考えることが必要です。または考えたように動くことのできないこの体を動かす事の出来る能力が必要です。その為に自由な人生の為には[小さな勇気]が無ければなりません。少しでも高い所に上ろうとする彼ら、その為にはどのような抵抗をも屈服しようとする彼ら、これらが即ち自由をめざしていこうとする彼らです。これの為には小さな勇気[一握りの勇気]が無ければなりません。
目を背けたい苦痛とクールに対面するために、従順を要求して向かってくる人生の命令に立ち向かう為には、それを私の人生に対する抵抗として迎え前に出ようとすると、小さな勇気が無ければなりません。しかし、その勇気は全ての事を賭けた博打的な出し方ではなくただ[一握り]の小さい勇気です。

[犠牲]を伴えという途方もない要求は、いざ考えなくてはならない事を考えられないようにします。その大きなものの前で、その要求と共に出てくる[大儀]を大きく受け取るようになります。この時勇気は考えなく命をかける無謀さになり、決断を取り巻いている不安や恐怖はその無謀さを隠す霧になります。その恐怖の前で、これに勝たなければならない促しの前で私達は考える方法を無くし、犠牲を要求する大きな偶像の前で進もうとする方法を見失うようになります。

途方もない勇気は私達を日常の人生から出ていく道に導いてくれますが、私達の日常的な人生を導いてはくれません。しかし正しく[導かれるべき]ことは、この毎日毎日の私達の人生、私達の日常ではないですか?自由な人生の為に、自身の人生を愛する為に必要なものはただ一握りの勇気です。正しいと与えらたことが、本当にあっているのか考え、自身が本当に肯定することができる良い人生がどのようなものなのか再度考えることは、この一握りの勇気から始まります。それと合わせて、与えられる、与えられる事に対した順応とは違う方法に向かって、既存の価値を指す方法から少し外れて始まることが可能になるという話です。

この本を見る間、現在ライフスタジオの状況を代入するようになりました。[飛び出せ。まだ見ぬ世界へ。繰り返されるさびれた毎日から]をよく話をしました。学習と教育をするようになった理由もまだ発揮されていないですが、何かを知るようになれば自身を超えて投げてより広い海に行くことのできるという信頼はあったからです。

個人に自由に対する意思、より良くなろうとする身震いの契機を作りさえすれば、現在の自身からまだ見ぬ場所へ飛び出すことができると考えます。しかし内容は形もなく、形式だけ残るようになり、なにか現実の小さい変化が蓄積されず疲労感だけがたまるようになりました。著者は自由の為には能力が必要で、この能力を発揮する為には一握りの小さな勇気が必要だと言いました。この能力を教えようと学習と教育をしました。
分からないというところから問題が始まると考えた為、学習と教育をするようになったし、知るに対する読み書き討論を強調しました。ライフスタジオの目的と目標に同意し、誠実に学習と教育に向かう個人は少しづつ知るということに対して知るようになりますが、なぜかその状態にとどまっている感じです。現実の壁は考えるより硬く固定されています。

[自由意志]だけではなく自身を超える意志[私達と]呼ばれる群れを通過しなければならず、現実はそのままである状態を維持しています。学習と教育の内容が現実で適用されずに乖離が生まれ、だんだん推進動力を失っていく結果が表れる事なのではないかと考えました。その間作った形式や構造は途方もないスローガンを持って背中に背負ってこれに集中すればそのような構造を知るようになることだと言います。何回かの試みがありましたが作られることはなく、その時こそより大きなスローガンと形式を提供してきたように感じます。
 
日常の小さな勇気を出す具体的な現実、
日常的に人間らしい人生に近づくことのできる構造と条件が必要です。
 
ショーン・ペンが脚色と監督をした[イントゥー ザ ワールド]という映画があります。主人公は全ての世俗的所有物を他者にあげ、世の中で自身の位置を発見するために旅立ちます。ヒッチハイクを通じてアラスカまで行って自然の中で生活します。アラスカは過酷な環境と人生に必要な知識が全くない状況で空腹に負け自身の死を予感します。
 
現代的な平安を拒否して自然そのままの人生を生きるという意思は分かりますが飢えて死ぬ過程が自殺なのか自然死なのか知る事が出来ない状態で映画は終わります。ライフスタジオの現状に対して考えながらこの映画が浮かびました。倒れ行く家がある荒野に人を呼んで集め、本1冊を投げて一言言います。
 [では今からこの荒野があなたにとって生きていく土台です。この本を読んで自身の考えを書いて討論をしながら未来を計画して欲しいと思います。人間はどのようにしてでも生きていきます。ではあなたたちの未来に幸運を。。。]もちろん、ライフスタジオが荒野でもアラスカでもありません。経済的問題から自由で各種福祉と給料も同業者の中では良好です。

しかし、パンだけあっては生きることはできず、パンが無ければ生きることもできません。小麦粉と水、オーブン等、パンを作ることのできる条件になって必要なものも購買すると予想されます。自身が論議して計画して実行すればいいと仮定して自らできる条件に集中しました。しかし、そのようにはできませんでした。最近チョコレートの論議過程でその実態があらわれました。

手当に対する話は最も願う部分でありながら簡単に話にだすことができます。問題は過程です。[手当が必要です。下さい]と要求して[あげます]と答えれば最も簡単に願うものを貰う事が出来ます。しかし[手当が必要です。下さい]と要求し、[ダメです]と答えれば、何もなくなり士気だけ低下します。根拠を提示して条件を作りお互いが合意する過程が[人生]ですが、[人生]はなく個別的に必要だとだけいいます。
事が成される原理が作動せずに内容はなく形式だけ残るようになります。荒野やアラスカで生き残る為には最小限の条件を各自が作ることができるという考えにエラーが発生したことを知ります。[一握りの勇気]をだすことのできる条件を作らねばならないという事を悟るようになります。もっともいい姿は自らが条件を作る事ですが、そうでなければ会社の次元でも作る必要があるでしょう?

可能性です、問題が発生する根源は孤立と断絶、歪曲の放置から来ます。自ら条件を作ることができない理由もここにあります。事がなされる原理もこの問題を解決する為の方法で構成されています。
孤立と断絶、歪曲の放置は誰も否定することのできない客観的な事実だと認められる状態になれば自然に消滅します。

代表的な事は出退勤です。9時に出勤ならば59分かいつも5分遅くくるか測定可能です。そのため私達は出勤時間を正確に守ります。毎日遅刻が反復されれば具体的に話をします。割れた窓ガラスの理論があります。割れた窓ガラスを一つ放置すれば、その地点を中心に犯罪が広がるという理論です。
現在ライフスタジオの店舗ではお客様の予約を受け撮影して商品を伝達する仕事以外に、私達の人生を改善しようとした多くの政策と計画は消えました。店舗の改革作業が持続する事ができなかった理由の相当部分が割れた窓ガラス理論で説明可能です。

現在の状態にはないですが、近い未来にはそのようになっている為に、やるべきことが登場します。無いものをあるように作るということは難しい事です。今までになかった理由を自ら取り除かないといけないからです。難しい為に集団で約束をします。しかし、だんだんと力がなくなってきて元々の自分に戻ろうとする誘惑の前で綱渡りが始まります。やっているわけでもなく、やっていないわけでもない状態になります。このような雰囲気が持続されながら、割れた窓ガラスの理論が登場し、内容はなく形式だけが残るようになります。ところが、もし測定可能ならばどうでしょうか?
 
人間が苦痛を感じる理由は、より大きなリスクを予防するための進化の結果です。苦痛がなければ人間の寿命はとても短かったでしょう。歯が痛いのは[治療してください]という体からのサインです。直す時期が過ぎると、手遅れになり歯を抜く事になります。測定可能だということは、持続可能性の土台であります。予測可能性とは、持続可能性のバロメーターなのです。原因が分からない慢性疲労にさいなまれ、仕事自体を放棄するようになりました。現実を正確に判断できるように、測定可能性を高める事は[一握りの勇気]をだせる現実の条件を作るにおいて充分条件です。
 
今までの話を整理するとこうです。緊急ではないけど重要な事である学習と教育を選択し、資源をここに集中させました。その結果、失敗しました。失敗した理由はいろいろありますが、一番の核心は個人では行っているのに、集団ではそのエネルギーを集める事ができず、推進動力をだんだんと失っていきました。私達が立っている現実の問題を見て見ぬふりをし、学習と教育を個人の単位で推進しながら、緊急であり重要な現実の問題が個人の意志さえも消滅させる結果がでてきました。各個人が一握りの勇気の小さな勇気をだすためには現実の条件と構造を具体的に設定する必要があります。
 
やるべき事を現実の条件と構造に適切に入れ
 
個人と組織の均衡を作っていかなければなりません。
 
そのために[測定]可能な現実を設定しなければなりません。
 
何かが成されたら、その時から人間らしく生きるという事ではないでしょう。呼吸をしている今この瞬間が人間らしく生きる過程でなければなりません。やるべきことをやるという疲労感に対する対応として[出発ライン]という表現を使いました。峠を越え、出発ラインに堂々と立つならば、その時からあなたの人生が変わると言いました。出発ラインで峠を越えてきた人達を待っていましたが、今までのように見えず、多くの人が救急患者だという話だけが噂で伝わってきます。[出発ライン]は最初から無かったのかもしれません。私達が立っている今この瞬間が[出発ライン]でなければいけません。やるべき事とやりたい事が均衡を成すための現実の変化が必要な時です。
 
現実の条件と構造を、測定可能に設定しなければなりません。
 
やらなければならない事と、やりたい事を弁証法的に発展させられる方法が必要です。
 
価値と欲望が絶妙な調和を成せる構造が作られなければなりません。
 
学習と教育、欲望に基づいた日常を、同時に満足させられる案として
 
自律した経営店舗を提案します。
 
 
-. 蓄積と福祉
 
 
自立経営店舗を簡単に説明するとこういう事です。
 
人間らしく、自分らしく生きるということがライフ スタジオの目標です。そのために内容と形式がなければならず、理想と現実の均衡が必要です。以前までは学習と教育を通じて出発点に立った人々と共に人間らしく生きることができる組織を作ろうとしました。しかし継続されずに、失敗の中で活動中断をすることになりました。学習と教育は急いでやる事ではないにしても重要なことであり、これと同時に急で重要な現実の問題があります。やるべき事とやりたい事の均衡を通じて理想と現実の問題を解いてみることが自立経営店舗です。自立経営店舗は今から最初の出発点まで現場の構成要素に関する内容を測定可能に決めます。内容は期待値でない測定と達成の可能性が基準です。孤立と断絶、歪曲の放置を回避できます。このように定めた内容に同意する人々で人員が構成され、店舗を運営します。もちろん序盤には過度な業務が予想される一定期間が過ぎれば慣れて日常になるでしょう。多くの仕事がやるべき仕事で規定された内容を自らアップグレードしなければなりません。実行、評価、代案の過程を経てみるならばやるべき事がやりたい物事になり、その力で私達は一握りの小さい勇気を出すことができる動力ができます。これは、人間らしく、自分らしく生きて行くことができる土台が作られるということを意味します。自立した経営店舗の核心はやるべき事がやりたい事になり、それが日常につながる善の循環形式を作る事です。これは、事が成されていく原理を知っていく事の経験であり、それと同時に変化発展プログラムの装着を加速化させることです。習慣化になり方向性を持つようになれば特別なエネルギーを投じなくても自身の変化発展はもちろん、[別々に一緒に]の原理が発生するでしょう。しかし容易なことではありません。やらなければならないことがやりたい事になる日常が作られるまでは、時間と努力が必要です。線路からの離脱を防止し、もう少し前へ飛び出すことができる強力な防御網は[月給40万円]が担当します。2つの店舗で3つのチームが運営され、ここで発生した利益を通じて平均基本給40万円は十分に可能であり、今後45万円までも期待できます。
 
やるべき事とやりたい事の均衡が
 
人間らしく生きる個人と組織の方法であり
 
その名前が自立経営店舗です。
 
 
自立経営店舗は蓄積と福祉という二つの軸に走ります。
 
蓄積から説明します。私達が行うすべてのことは人生の傾向を変える作業です。人間らしく、自分らしく生きるということが私達の目的であり、学習と教育を通して選択と集中をしました。これは習慣化させるためです。傾向を変える作業が容易なことではないので習慣化させなければならず、一定期間が持続するならば傾向が少しずつ変われると見ました。この論理を現場に代入すれば蓄積と連結されます。韓国にこのような詩があります。
 
人がくるというのは/実はものすごいことだ
彼は/彼の過去と/現在と/そして
彼の未来が共にくるからだ
ひとりの人の未来がくるからだ
壊れやすい/だから壊れもした
心がくるからだ
その分かれ道を/多分風は包みこんであげられる心
私の心がそのような風をまねることができるならば
結局歓待になるだろう。
                                   パンムンギェク / キムヒョンジョン
 
人が来るということは彼の一生が来るということです。これが蓄積の力だと思います。破片化されず、自分の過去・現在・未来が凝縮された力が蓄積です。オーナーの能力は個人の暮らしがいくら華やかでも、自分が経営している店舗に正確に表現されて表れるしかないのです。自分の過去・現在・未来の原子がひとつずつ集まって客観的な実体として、また他の自分の反映です。 私たちの仕事の実態は個人よりは、各店舗にあります。一個人が自分の能力を向上させることも重要ですが、自ら表すことは、店舗の内部文化が発生するしかないのです。だから、[人が人を人として]という言葉が出ました。一つの店舗が撮影をし、お客様と会って討論をして酒を飲むのが刹那の消費で終わるのか、それとも栄養分が蓄積されるかに応じてその店舗の質が決定されます。5分ごとに退勤する店舗は一日一日の生活が個人で破片化されています。蓄積されるものが発生しないため、現在を維持することが最大の目標です。その空間で個人は変化に対する抵抗と共に、個人と集団の持続的な距離を置くことが最大の関心事項です。人間らしくないです。過去を買うことができるとなると。 栄養分が蓄積されるシステムが崩壊し、競争力がますます喪失されれば、企業はドアを閉めなければなりません。 よくよく考えてみてください。 現在ライフスタジオで蓄積されるものはなんでしょう? お客様しかありません。 再度訪問という方式でお客様は蓄積がなされライフスタジオはその蓄積の恵みを受けています。 ライフギフトをできる条件と意図がここにあります。 スタッフブログを例にしてみましょうか。 ライフスタジオが3-4年程度経った時、最も多く聞いた話がスタッフブログの競争力でした。 日本のどこにもこのようなホームページはないだろうと皆がうらやましがったスタッフブログは現在、無用の長物になりました。 蓄積ができないためです。 蓄積されない空間には古いイメージだけが残っています。 イメージはコピーが可能です。 現在ライフスタジオと一緒に家庭で自然光で撮影するスタジオたちの写真はほとんど似たパターンを見せます。 ホームページのイメージも似たように出ます。 弁別力を見つけることがありません。 内容の蓄積なく、イメージだけで維持しということは認識せずにいる間に、だんだんお腹が沈んでいるというのと同じです。 もしスタッフブログが活性化され、その中に私たちの本当の姿が映っていたら、そのどのような写真館も付いて来ることができない競争力を持つようになったのだと思います。 写真もそうです。 みんなが写真に関心があるといわれるが持続的な計画がないのを見るとライフスタジオの写真が特別さを喪失した事がながくにいたった。
 
蓄積の力を見せる一つ事例が以前ありました。 ライフギフトでの初めのお客様との出会いがあり、その間10回撮影した写真をスライドで上映しました。 パパ、ママは涙が止まることを知らなかったし大内としばらく涙声で話して話をしたといいます。 子供を産んで今まで如何に多い事件事故があるでしょうか? うれしい日もあり、気に障った日もあったでしょう。 ママのお腹の中で始まった新しい生命でもう小学校に入る年齢になる時までの写真を時間順に見ていればその何なのか数万、数百万種類のものなどが集まる感じがあったでしょう。 おそらくこの胸が痛い瞬間を感じるために大変な人生を勝ち抜いて生きていくのではないのかと思います。 第3者が見る時は子供が美しく育ったよ程度の興味だがパパ ママの心は手にあまったその何かです。 これが蓄積の力です。
 
蓄積はライフスタジオを囲んでいる内外部へ同時に影響を及ぼします。 内部は自分のアイデンティテーの確認で外部的には持続可能な会社での発展です。 この二種類がバランスが取れているように発展する過程が人間らしく、自分らしく生きるということでしょうか? 蓄積は他の言葉では意味ある関係ネットです。 私たちがすることが利害関係者などの関係ネットで弛緩と収縮を繰り返して一定の方向性を持つようになることが自分のアイデンティーの確認でありこの関係ネットが最高の競争力だと信じます。ますます厳しくなる関係の分離が加速化するこの時代に蓄積の力はより一層必要です。 やりたい事は、事実純白な内容です。 共に仕事をする同僚を一生の友達で作りたいこと、自身の写真が少しずつ良くなって[オイ君、写真は何か特別なのがあって]という話を聞くこと、自身の労働に対する代価を十分に受けて満足すること、お客様が、私の名前を呼んで[あなたに撮影をお願いしたいです]という話を聞くこと、分からないということに対する強迫観念なしで、話がスムーズになること、何か価値ある仕事をしているという信じることのようなものではないでしょうか? 自立した経営店舗で現場の構成要素を定めようというのはこういうものが実現されるようにしようとする規定です。 今はそのような状態ではないので、やらなければいけない事になるでしょう。 自身がSライン スタイルを作りたければ、苛酷なダイエットをしなければなりません。 ダイエットと運動が上手くできるのならば、着たかったが、意欲を出せなかった服を果敢に着ることができます。やらなければいけない事をやりたい事で作るということは、ライフ スタジオの競争力を引き上げて持続可能性の方向を提示することで我ら自らのアイデンティーを確認して、さらに高い方向で自然に進もうとする動力が発生します。 自立した経営店舗は基準と条件を具体的に決めて日常的に実践する事業です。 自立した経営店舗は特別なのか、一日3時間だけ寝て何かを、さらにしようとする事ではありません。やらなければいけない事を、日常的にしてみることで、その中でやりたい物事になる姿が現れるという信頼です。
 
一握りの勇気はやらなければいけない事を日常的にしながら発生する
 
蓄積される力で出来ると考えます
 
蓄積を通して自身の道を作ることが
 
人間らしく、自分らしく生きる事ではないでしょう?
 
自立した経営店舗はライフスタジオのモデルハウスにならなければなりません。 最初の模型が自然に作られるのを待ちこがれたが、もうこれ以上避ける方法がないようです。自立した経営店舗は今までしてきたことを現場でしなければならなかった仕事をひろげて日常的に可能なことを選別して約束して現実で実行するという事業です。 これを通じて私たちが行こうとするところが、間違わなかったということを証明して価値と現実の調和の中で蓄積を通じて一握りの容器、自身の道を自ら作り出すことができる条件を作ろうとします。 人間関係の破片化と内容の再生産構築は蓄積の力を通じて克服可能です。 測定可能な現実の条件と構造を通じて蓄積の力が作られます。 蓄積は傷を受けた魂が治癒できる余裕と希望で、やらなければいけない事がやりたい物事になる日常を作り出すことができます。
 
自立した経営店舗一言整理すれば
 
[測定できる現実条件構造って蓄積じて
 
やらなければいけないが、やりたい転換させるプログラム]です。 
 
次は[福祉]です。 簡単に話せば[月給が40万円です]。月給を話すことがぎこちないです。 月給というのは、表現は自身がやりたい事に対する象徴で使いました。 人によってやりたい事が違います。 勤務条件であることもあって、時間、写真、余裕、月給であることもあります。 まず[自立した経営店舗]が正常化する時までは[月給40万円]で統一します。 現在の労働時間と強度を維持して[月給40万円]支給は可能です。 2つの店舗の休日を、4人で構成された一個のチームが撮影します。 一つのチームが4.5日営業をすれば4-5百万円売り上げが発生して3個のチーム14人の月給を上げることができる金額が百万円確保されます。 1人当り7万円程度です。 ここに本社の店舗が増えて、共通費用相殺効果まで加えれば1人当り10万円上昇も可能だろうと見ます。 自立した経営店舗開始と同時に[基本給平均40万円],来年下半期に[月給43万円]を予想します。
 
[月給40万円]で途方もない動機付与だと期待しません。 また、より多くの時間を投資しろというのではありません。 [月給40万円]は自立した経営店舗の進行過程で発生しうる問題を最小化するための安全地帯としての役割と共に政治的効能感を高めるための手段です。 その間ライフスタジオでどれくらい、どこまでしなければならないのかに対する不明確性と自身がした仕事に対する具体的な評価システムがない事に対する指摘がありました。自立した経営店舗で仕事をするということ自体が、[月給40万円]と評価されると考えます。 代わりに無賃乗車では出来ません。何かを規定するということは測定可能でなければなりません。 評価と同時に賞罰を明確にしなければなりません。
 
福祉に関する二種類の争点があります。
 
最初に、自立した経営店舗の構成員はどのように選定するのか?
二番目、本社管轄店舗と自立した経営店舗の違和感はどのように解決するだろうか?
 
構成員は私が指名します。 独裁します。 [ワンポイント]が最後の機会だと考えています。 もうもの乞いしません。 人員構成は私がすることが効果的だと判断しています。 また、違和感も生じます。 ただ急に月給が7-8万円上がることなので、納得できないという人もいるでしょう。同一労働は同一賃金を適用しなければなりません。 同一賃金を受けたければ同一労働をすれば良いです。 自立した経営店舗に参加したい人や店舗は手をパッと上げて[私もしてします]を叫べば良いです。 それで私が分厚い書類の固まりを与えてこのように話すでしょう。 [あなた方が今からやらなくてはいけない事が入った書類等を見て自信があれば決められば良いです]. すべての人々が[私もします]を叫んで皆が自立した経営店舗になったら良いです。 しかし事実と真実が他の言葉のように、した事をされた事にしては、困ります。
 
自立した経営店舗は[健康の拡大]と連結されます。 今まで全国化に対する議論が毎年具体的に話されました。 全国化がしばしば話される理由はできることと、したいことの合計であるためです。 毎回全国化政策が、力をもらうことができない理由は、やらなくてはいけない事で具体的な成果が出てこなかったためです。やらなくてはいけない事は、ライフスタジオの目的を現場で具体的に実現できるシステムです。システムが作られなかった状態での量的拡大は災難に近いと考えています。ある誰かに[私が今までした仕事中で最も上手なことが何もしないこと]だと話をしたことがあります。数多くの誘惑があったし、やりたくてできる全国化議論で結局[社告]を打たなかったのが、私がしたことの中で最も上手なことであるようです。しかし、自立した経営店舗がうまくいくならば、やりたい事ができること、描いてしなければならないことが自然に融合になって[健康の拡大]戦略を広げる条件が作られることができます。 健康の拡大のためには、人とシステムがなければなりません。 これは競争力と生活の質のための、蓄積がなければならなくて、具体的な成果とともに、その恩恵がそっくり適用されなければなりません。
 
自立した店舗が、上手く運営されて判断材料になるならば、その時から[健康の拡大]を推進しようとします。 [健康の拡大]の規模は、自立した店舗がライフスタジオ全体に及ぼす影響により変わることができます。 本社だけの祭りならば拡大が微々するでしょう。7年前皆が集まって未来を話した時期もありました。 そのような状態を再現したくはないけれど拒むこともありません。新しいパラダイムで新しい時代を自ら作っていくということ…….. これが伝説でしょう?

 
-.規定しよう。私たちの生き方を
 
写真館を構成する要素は本当に沢山あります。このすべてのものを規定することは出来ないし、規定してもだめでしょう。今まで様々な政策がありそれと同じように中断もありました。1字としてライフスタジオが追求する目標を達成する為の6種の部分に対する約束を決めました。もちろんこれから事業を推進しながらわれわれの体に合わなかったり不必要な事業であれば、思い切って取り除かなければならず必要な要素は追加しなければなりません。また以後[マニュアル1000]を通じてわれわれの生き方を一つずつ規定していかなければなりません。現実が測定可能になりこれを通じて蓄積の力を発揮することを期待しながら我々の生き方を決めましょう。
 
 
  1. HP
 
HPが持っている意味と役割は大きく二種類あると考えます。
 
1つ目が競争力の源泉です。HPは1次的に[我々はこのようです]を話をする空間です。我々が子の様だということを知らせてお客様の選択を待つ場所です。それならば我々がこのようですと、説明を上手くしなければなりません。結局私、あなた、私たちの門を開けなければなりません。
普通の写真館は知って欲しい事だけ公開します。ひどく話をすればお客様はしなければならない消費に 焦点があっています。そのは、弁別力がないですね。お客様が知って欲しい事はまず写真でしょう。今すぐに客観的に見ると決めて写真館を検索してライフスタジオと違う写真館の写真を比較してみてことを願っています。違いますか??10年前には良い悪いで区分する程度の弁別力があります。しかし今は少し違います。いえほぼ同じと言える程度に違います。

なぜでしょうか?ライフスタジオが写真を作る条件が特に差異が無いためです。10年前には条件自体が違いました。自然光と住宅と言う条件自体が無かったために、その位希少性がありました。もし誰かが無重力状態の写真館を作るならば写真が全く違うでしょう。しかし自然光は太陽が無料ですべての人に分け与えられているものが住宅です。
住宅を写真館に使用して自然光を中心に撮影すればライフスタジオと似たような写真が撮れるしかありません。自然光と住宅と言う競争力は時間が少し過ぎれば弁別力をなくしてしまいます。ライフスタジオはその誰も真似できず日本の会社で要求する[人]に集中しました。
私が日本に始めてきてどのような売り場にいってもお客様に対する従業員のサービスに驚きを隠せませんでした。いつでも笑いながら最善を尽くしている姿を見ながら日本はやはり先進国だと考えます。しかしずっと見ていると同じだという感じを受けます

 [あこれもマニュアルなのか]人を配慮する日本人の基本的性格にマニュアルが追加されながらいつも同じ言葉と表情を維持しながら仕事をしているようです。問題はないけれど魅力も無い状態だといえると思います。ライフスタジオの構成員も大きく違いません。それで出てきた言葉が[真正性]です。真正にやっていくというのは人間らしく、自分らしく起きることと直列で連結されるが競争力の側面でもこれほど効果的なことは無いという確信をするようになりました。我々は写真を売ることではなく人間との真正な出会いを販売することだという考えにいたるようになりました。

実際にHPを通じて写真館を決定する要素は写真と写真館を構成する人として考えます。しかし写真と人がイメージだけであったならば別に効果がないでしょう。現在の写真館はそうです。しかし写真とひとに対する具体的な内容が入っていたならばどのようなことが起こるでしょうか。写真に対する情熱と努力、何かを追及して学習して時にはさまよう人間の汗と涙、喜びと苦悩の記録たちがそっくりとけているHPであればお客様はどのような写真館を選択しますか?このような写真館のHPには写真館のすべての構成要素が入っていなければなりません。これはHPが競争力の源泉である為です。Facebookはその次の話しです。

2つ目に、アイデンティティーまたは内部文化を確認して蓄積させる事の出来る唯一の貯蔵所です。アイデンティティーや内部文化は実際に存在するが目では確認することができません。目で確認することが出来ない為にそれが何故必要なのかに対しても疎かになります。目で確認可能な売り上げ、利益、人の状態に対する部分だけに関心を向けがちです。それだけで人間が生きているならば人類はこれほどまでに進化することはなかったでしょう。確認することはよりよくなろうとする欲望の1番目であり、最後です。やろうとする事が無ければ確認も必要ありません。

現在日本の写真館のHPをみると10年前と大きく変わったことはありません。イメージが改善され予約システムがHPの中に構築されている程度に納まっています。写真館は撮影を媒介に商品を販売するところに限定されているためにHPの内容は大同小異です。しかし写真館の概念を写真館の構成要素と言う一つの塊だと見れば話しが違ってきます。

または写真館を営利行為をする事業所としてだけ見るのではなく人間らしく生きる共同体として認識をして何かを作る空間としてみるならばHPに対する転換が可能になります。外部的には積極的な広報は活動であり内部的に見れば写真館の構成要素が並んでいる貯蔵所になります。もっとも短い時間内に自身と私たちを確認することの出来る空間は構成員に自負心と共に方向性に対する確信をくれます。[我々の道は間違ってなかった、これからも頑張ろう]と決意を可能にする力がHPにあります。

HPは店舗紹介や商品紹介と同じく固定されている部分とスタッフブログ。店舗ニュース、フォトジェニックのように新しい内容が更新される部分に分けることが出来ます。固定されている部分は上手く作って長く使っていけばいいし、適当な時間に変化を与えればいいです。新しい内容が大きく写真と人です。
具体的にみればフォトジェニック、ゲストストーリー、店舗紹介、スタッフブログ、教育プログラムです。店舗は毎月フォトジェニック4回。店舗ニュース1回に、個人はお客様と共にした時間1回、マニュアル1000 1回、スタッフブログ5回[フォトジェニック1回とお客様と共にしか時間1回、マニュアル1000含む]を考えています。すべての内容は1p以上になります。どうですか?多いですか?適当でしょうか?
自律した経営店舗は8月から施行する予定です。

先日人と会話の中で[我々が特別なことをしていない状況ではお客様達がライフスタジオを探す理由はなんですか]という質問が出てきます。
私はやはり差別化だと応えました。10年間ライフスタジオで撮影したお客様達は10万名を超えます。私たちが特別に何か問題が無く強力な競争力が無い状況で蓄積されたお客様達の再訪問は自然な事です。これは歴史の力のです。その為に歴史の再選さん構造を強化する為のライフギフトをやっています。差別化は遊びの空間である概念に価値の戦略的移動を通じて新しいお客様を創出しました。

記念写真と暗い室内の背景紙中心の撮影だけをしてきた日本の写真市場で新しさと希少性という養分で差別化に一定部分成功しました。しかし10年が経過して利府スタジオと同じような形態のスタジオが多くなり、差別化がだんだん消えています。人がその人たちが集まった店舗が最高の競争力であり差別化させることの出来る最適の場所がHPです。
HPで内容が生産されてその結果物は自然にオンライン世界に広がっていきます。
 
 
  1. 写真
 
個人的に写真が良くなる為には写真分析と自らの新しい条件を作らなければならないと強調しました。自律した経営店舗は日常的にやるべき事をやる構造をつくって現場で実践することです。写真分析は上のHPで話をしたようにフォトジェニックやフォトエッセイの様に1ヶ月に一個以上作成すれば十分だと考えます。しかし自ら新しい条件を作ることはあったことも無く自律した経営店舗の基盤が作られるまでは適切でない方法です。ではどのようにしていきますか?

写真には蓄積の原理が作動しています。毎日同じ写真だけを機械的に撮影すれば蓄積されることが別にないでしょう。特別な基準無く撮影してみて偶然に探してくる感じや技術的な獲得に依存します。しなければならないことをすることではなく偶然に好きな写真を探して変化発展の原理が作用することはないでしょう。

写真は改良することは出来ないが一定の段階があるようです。写真館に入社をすれば約1年間は撮影現場の状況に適応して臨機応変と言うことを学びます。撮影のパターンと写真を見れば各場所で撮影する写真を頭の中に入力をします。カメラマンになれば既存の写真を真似ながら同じように撮影しようと努力します(1段階)
約6ヶ月撮影をすれば要領が生まれ自信だけのアングルとレンズ、フレーミングに対する感覚がつかめるようになってきます。この時から1年間自身だけのレパートリーが作られます。(2段階)撮影を始めて2年程度が過ぎるとマンネリ化に陥る。同じ場所で同じ写真を作って写真館で起こる場合の数を大部分経験しているとつまらなくなってきながら写真が退行を始めます(3段階)普通3段階を経ると決定をします。
 
店長等の管理職を移動したり辞めたり出なければ継続して同じ写真をつくっていきます。大部分ここまでは特別な努力をしなくても写真館という空間に居れば来る段階です。しかし写真をやっていきたいといいます。ここでもやりたい事をやるためにはしなければならない事をやらずにやりたい事ばかり話をするためにに変化発展がありません。

4段階は写真を作る作業においてインテリアと状況演出があります。5段階は成人写真があり、6段階はその他の写真世界を経験しながら写真を見つめる視角に変化を与えるものであり7段階は自身の写真構築です。ライフスタジオの多くのカメラマンが3段階で止まっています。写真の寄り高い段階に行くためには新しい条件を探して今までとは違う場所に行く必要があり、写真に対する学習もしなければならず自身の考えを文章で整理をしなければなりません。これはやるべき事です。やらなくてはいけない事をやらないので3段階に止まって4段階に越えていくことが出来なくなっています。

重要な事は撮影をする過程で特別な基準です。カメラを通じて被写体の美しさを探してさまよう方法を中断して特別な基準を持ってその基準に合う写真を作っていく方式に転換するべきです。別途時間を捻出する必要は無く1日に何時間もの間やっている撮影を活用すればいいのです。その基準はパクウギュが昨年に1次的に完成した写真大辞典で提示しています。簡単に整理をするとこのようになります。自身の写真の主題、フォトフォリオブック、写真分析と言う3つの準備物を持って毎月1つの主題ずつ課題を遂行します。

毎日する撮影過程で自身の写真の主題とその月の課題を頭の中に入れて撮影にのぞみます。写真の主題とその月の課題を満たしたり自身が良いと思う写真をフォトフォリオブックに入れてその写真を持って写真分析をします。店舗に対する基準をもって撮影をして自身の撮影の結果物を自ら代入してみる事がたいした方法ではないように見えても持続的にやれば蓄積の力が作動して量的成長を通じて1段階あがる質的変化をなすことが出来ます。
カメラマンが必ず写真分析をして写真に対する主題を選定しなければならないとは考えません。写真は必須ではなく選択の問題です。しかし写真をやらないと別の主題が無ければなりません。写真につかうエネルギーを違うところに集中させたい部分があれば協議して決めれば良い問題です。

写真の部分で必ずやらなければならない部分はパクウギュプロジェクトを個人と店舗で実践することです。自身の写真の主題を決めてフォトフォリオブックを作って一月に3枚以上の写真をおいてフォトジェニック1枚、写真分析をして店舗単位で写真に対する話を1週間に30分程度すればいいです。
 
 
  1. 人間関係
 
ライフスタジオには、人間関係に関する具体的な事業や政策はありませんでした。最善の条件を作るところまではできるものの、人間関係は、当事者の問題であるからです。しかし、自律した経営の店舗では、人間関係に関する具体的な方法を模索せざるを経ない状況です。現場で人間関係に関する問題が頻繁に起きもしますが、それ以上に問題なのは、特別な人間関係が見えにくいということです。現場を優先とする自律した経営店舗で、人間関係は必ず越えなければならない峠なのです。
 
人間関係は、計量化して測ることが難しいのです。一緒に働いている人とどれだけ親しいのか、または、どれだけ嫌いなのか、具体的な数値で把握するのは容易ではありません。外に表れて大騒ぎにならない限り、イシューになりません。また、店舗内を色々な面で調整する役割を担う人がいない状態で、問題の解決ではなく、傍観し、放置する事態を維持します。特別に事を起こさなければ、人間関係の問題が少なく発生し、発生したとしても大きな事になりません。しかし、何かをしようとすると、人間関係の爆弾が爆発します。最近あった所沢店の出来事が一つの例です。私たちは、何かをあえてしようとします。目的があり、やらなければならないことがあるため、人間関係が重要であると同時に、問題が発生する可能性が高くなりました。
 
[ワンポイント]で一番強調している事が投げかけて受け取る事です。自分がやっていることについて、一緒に働いている人や当事者に、投げかけ受ける過程で事が成されていく原理が作動し、それと同時に、人間関係が新しく展開されます。投げかけ受ける過程がない理由は、選択をし必要に応じて関係を設定しようとする意図から現れます。自分に入ってきた内容を、主観の領域にのみ留めることにより、歪曲されます。歪曲は、他の歪曲を呼びます。投げかけられない理由は、歪曲されたものを受けとることを恐れている心であり、受けとることを躊躇するのは、歪曲された自分を知っているからです。歪曲されるのならば、関係をなくし、歪曲自体が起きないように作ります。または、歪曲された状態を放置しながら放棄の状態に至り、自分自身の意志とは関係なく、外部からの指示や変化を受け入れます。人間関係の問題も、分からないということが原因だと思われます。分からないために、自分の主観で処理します。歪曲の修正や公開された場所での確認を見ようとしません。家の電気が突然消えた場合、その状態のまま過ごす事はしません。ブレーカーの確認をしに行き、知ってそうな人に電話をしてみたり、電力会社に電話します。結局、料金を支払っていなかったことが分かると、すぐに解決しようと努力します。ところが、人間関係はこうはいきません。相手が私にする行為や言葉に歪曲が起き、その歪曲を正当化するために、自分自身の内部で行動に起こします。自分の中に積み重ねてきた万里の長城は、聞きたいことだけを選択して聞くことと判断が壮烈しながら、人間関係は悪化の一途を辿っていきます。
 
問題が発生するだけでなく、真の人間関係が作られない理由も、大きく見てみると、知らないというところから始まります。あの人のことを知らず、自分自身のことも知らないので、突っつくこともできず、食べて見ることもできずに怖れています。ならば、自分の世界で小説を書くなり、鍵をかけ耳が聞こえない生活3年、話せない生活3年、盲目の生活3年を送ってみます。知らないということを知るようにする方法は、目で確認する方法しかないでしょう。そこで思いついた幼稚な方法が一つあるのですが...。本当に幼稚です。しょうがないでしょう。私達の人間関係がより幼稚なのに...。解決さえできるなら、できないことは何もありません。
 
各店舗で[投げかけ受け取る]のボードを作ります。その中に各構成員の名前が書かれている紙を付けます。構成員が4人いれば4枚必要です。Aは、BCDと投げかけて受けとることついて書きます。同様に、Bは、ACDと投げかけて受けとることについて書きます。内容には、点数が必ず記入されている必要があります。例えば、私が清子と投げかけ受け取ることは、越谷運営、新入社員教育、デザイン関連、本社管轄店舗の人員の話、ワンポイント関連、その他で分かれます。何を投げかけて受け取ったのかを書き、自分の満足度に関する点数を自らあげます。私の投げかけ受けとるボードには、清子との内容と各部分の点数があるだろうし、清子の投げかけ受けとるボードにも同じ内容と点数があります。確認することができるでしょう。何をしており何をしておらず、何が不足していて、お互いに何が違うのかについて...私達は全ての人に投げかけ受け取ることをする必要はありません。だからといって、全ての人と投げかけ受けとらなくてもいいという理由もありません。投げかけ受け取ることも量と質の問題です。量が足らなくても問題であり、質が支えてくれないと持続することも難しくなります。このように、複雑な内容が自分に入ってくることにより、それを正しく見ようとせず歪曲された日常化が起きるのだと思います。確認作業は、何よりも、日常の複雑さを単純化させ、何が核心なのかを認識することが目標です。確認できたら、その時に選択しても遅くはありません。投げかけ受けとるボードは、複雑そうに見えますが、日常的に起きることなので、各単位の最も弱い部分がどこなのかすぐに分かるようになります。うまくできていることはそのままやり、弱い部分を見つけ集中すれば効果を発揮することができます。
 
整理するとこうです。人間関係の核心は、投げかけ受け取るということです。投げかけ受けとることをしなかったり、歪曲されるため、持続可能な人間関係の形成が難しく、多くの場合、問題が発生します。自律した経営店舗では、投げかけ受け取ることを測ることが必要だと思います。誰もが客観的に投げかけ受け取る過程に関する確認ができるならば、かなりの効果があります。各店舗では、投げかけ受け取る状況が見て分かるよう、状況ボードを作り、その中に、各個人がメンバーと何をどのように投げかけ受け取るのかを点数と一緒に記録します。すべてを確認し、その内容の話をするということ自体が、人間関係の安全網の役割を果たすことを期待します。
 
  1. マニュアル1000
 
[ワンポイント]が2月から始まり、盛んに動いています。[マニュアル1000]が成功するためには、2つのことが重要です。まず、3ヶ月の中で構想、調査、作成、修正、決定が終了され、1年間にこの過程を3回繰り返す必要があります。[マニュアル1000]は、現場の話を具体的に決めようという事業です。自分の話を自分の方法で解いていき、同意の過程を経て、すべてに適用される過程です。この過程を通して、事が成されていく原理を学ぶことが目標です。3ヶ月以内に全てのことを終えることができる素材と方法が必要になります。学習と実践のバランスが重要な要素であるため、たとえ些細な内容であったとしても何回も繰り返すことが効果的です。
次に、投げかけ受けとることがなかったならば、それは完成されたものではありません。[マニュアル1000]は、事がされていく原理を、実践を通じて知るためのものです。自分の内、外側が自然に水の流れるシステムに作っていくことが事が成されていく原理であり、これが、変化発展プログラムが装着されていく原理です。私達は、孤立と断絶に慣れています。個人は、何かが作られるのに、集団で集まると、小さくなっていきます。流れていないからです。水を流すことが投げかけ受け取ることです。投げかけず受けとらないため、私達の人生は人間らしくないのです。
 
[マニュアル1000]を3ヶ月程度進行しました。投げかけ受け取ることはある程度進んでいますが、3カ月以内に結果が出たものはありませんでした。だんだんと、[論文プロジェクト]の悪夢が浮思い浮かびます。私達が慣れているのは、目標を達成することではなく、継続して何かをしている状態です。それを行う理由や、核心、設計に対する理解が足りず、問題が起きると、その中にはまってしまいます。しかし、何かをしているという安心感が、その時は心を楽にはさせるものの、結果が出ないことによる不安がさらに強くなっていることを知りません。事が成されていく原理を知るために[マニュアル1000]を行っているのに事が成されない原理が3ヶ月間に表れました。ただやることと、成されることを正確に区別する必要があります。ただやることを成されたものとすることができる、現実で、自分自身をそのように動かす強い政策が必要です。
 
政策手当[2万円]を新設します。8月から自律した経営店舗が始まるとすると、7月末のまでに、自分の3ヶ月の[マニュアル1000]計画書を提出します。この計画書が通過したら、3ヶ月間行います。もし進んでいなかったり、または3カ月以内に決定会議で可決されない場合、次の3ヶ月は自分の給料から政策手当[2万円]を除きます。3カ月以内に通過しなかった場合、計画書をを再提出し、3ヶ月の過程をもう一度行う必要があります。 [マニュアル1000]は、みんながやるかことですが、やったことを成されたこととすることはできません。
 
  1. 会計
 
会計は簡単でありながら重要です。会計項目は簡単に立ち入ることが出来ないようでもあり意思によって数字を変化させることも出来ます。売り上げと利益、固定費と変動費、人件費と材料費の比重、客単価と利益、撮影件数と余裕、共同経費等が我々の人生と関連しています。会計は[マニュアル100]を通じて各項目に対する研究と代案が出なければなりません。
 
会計は我々の暮らしが金額で表示される装置です。自身が所有している資金に対しては自身と会計が分離していません。1万円を通帳に入れたのに千円として記帳があれば[あ、銀行では千円だけ使えということか]と考える人はいません。
しかし会社の会計と自身は分離しています。異常なことですよね。自身の会計は一致しているのに会社の会計は分離しています。売り上げがいくらで利益がいくらであるから私の給料がいくらかと言うことを判断はしません。自身と会社の売り上げは大きく関係が無く決められた仕事をして決められた給料ともらえばいいという認識の中で生活をします。

普通の会社ではそうですが、ライフスタジオではそうではありません。とりあえず私がそうではありません。現在は私が給料を決めています。その人がどのような仕事をしているとどの位知って給料を決めますか。私が持っている情報で各自の給料が決められますが私が持っている情報が正確でしょうか。正確でもなければ効果的でもありません。事実、核心は各自の給料がいくらかということではありません。

30万円と32万円がどの位差がありますか。おそらく30万円をもらっている人が普通の写真館に入社すれば23万円程度をもらうでしょう。しかし大きな不満は無く過ごしたと思います。普通の写真館や日本の会社の基準で大きく悪くないためです。1-2万円が重要ではなく全体の規模が重要です。または会計は給料がいくらに策定されるかよりも自身が人生の主人であるかそうでないかと関係しています。

他の誰かによって決められたものが自身に適用されその適用する内容と関係なく生きていることが問題です。自身の人生は自身の意思で生きていくものとして考えるますがそのように適用されて作られた条件の中で我々は生きています。その条件を越えることは簡単ではありません。よってその条件の実態を知って、条件自体を変化させることが人間らしく、自分らしく生きていくことだと考えます。我々が出した税金がどこに使われているか関心が無く国民は局少数の政治家と官僚の立場で作った世の中で疲れながら生きていかなければなりませn。
会計は知らなければならず参与しなければなりません。そうしなければ自律が成立しません。その為に各店舗では月初めに会計に対する整理をして共に分析と共に自身の給料を請求します。このような過程が1年持続されれば1年会計がでて利益と分配に関する話をする条件が作られます。自身がやった仕事に対する確認と分析、適当な要求と決定の過程を経なければなりません。

この様なシステムが定着されるならば自身が予算を立てて給料を決めて利益金に対する決定をすることができるでしょう。もちろん1回目のお酒でお腹が膨れることはありません。まず店舗に会計担当人員を決定します。会計担当者は月初めに前月の会計に対する整理をしてその内容を店舗構成員と共有をします。決められた給料が支給可能なのか可能でないのかに対する判断をして給料を請求します。
もし赤字であればある決定をしなければなりません。

まずもらって事後に利益を出す方法や給料を少なく支給する請求をすることも出来ます。しかし自身の給料が低くなる事に心配をします。自身の給料を少なく請求するという事は堂々とすることです。その堂々とすることで1年利益に対する、自身の給料上昇に対する要求もすることが出来ます。ここまで期待することは無理だと思いますが方向はそうです。
 
  1. 環境改善
 
1年前か店舗を訪問して面談をしていてその途中上から何かが雪が降ってくるように落ちました。上を向いてみるとエアコンがありました。カバーに埃が積もりに積もって次の水が落ちるために出発を待っているような状態でした。家に帰ってきて[私は本当に仕事ができないなと]考えました。この様な現実を作った張本人が私だからです。その店舗で仕事をする人たちの勤務怠慢で怒ったことではありません。ライフスタジオのフレームがそのように設定されているからです。そのフレームは私がつくったものでスタジオに居る全ての埃は私が飲まなければなりません。

環境改善は基本中の基本です。環境改善は大きく最適の状態を作る掃除と整理、維持管理、環境改善作業の3種類があります。環境改善に対するマニュアルを作ろうと決めれば何百ページになります。また細部的に入る必要がある部分が多いですが、簡単に決める問題ではありません。細かく計画をねえ簡単に出来るように作る必要がありません。掃除は毎日、一月、1年単位の計画が出なければならず、維持管理はスタジオを構成する全ての物品に関した現状把握と共に管理に対するマニュアルが出なければならず環境改善はインテリアを通じた構造と条件変化を話しています。この部分は各担当者が規定をして美奈が同意するプロセスを経なければなりません。
  • …ここまでが私が考えた6つの主題の規定です。これ以外にも写真館を構成する要素は何倍も多いです。最も重要で必ずしなければならない事を6つに決めてこれから現場で、現実で自ら主題を決めて規定していかなければなりません。スケジュールはこうです。5月決定会議の日に自律した経営店舗関する話をして6つの主題の中から自身が準備する内容を決めます。一月の間整理をした後に7月の決定会議で我々のしなければならないことに対する約束を確定します。もうそんなに大変じゃないですね。なにかさらに追加してやろうと言うことではありません。しなければならない事を実践を通じてやりたい事が出来るように蓄積の力を信じてみようという話しです。
 
 
-. まとめ
 
整理してみます。
 
出発点に立つために走ってきました。しかし出発点は今日でなければならず、昨日でなければならなかったということを分かりました。我々が立っている現実が即ち出発点出なければなりません。やるべき事を現実で日常的に出来るように作らなければなりません。やるべき事をやればやっただけ設定して実践したならば蓄積の力でそれがやりたい仕事になります。

やるべき事をすればやりたい事が出来るという真理は即ち仕事がなされる原理でありながら人間らしく、自分らしく生きることだと考えました。やるべき事を規定すると言うことは蓄積可能に作ることが中心です。知ることが出来ないから外面と歪みの日常化が進行しています。みなが確認可能なように測定することが出来れば多くの問題が解決しながら同時に蓄積の力が発揮されます。蓄積されるということは余裕があるということであり、余裕があるということは人間らしく生きていることを証明します。

まずみなの知恵を合わせて現実でやるべき事を規定します。この文ではHP,写真、人間関係、マニュアル1000、会計、環境改善を提案します。5月にある決定会議で規定する主題を決めて各自が役割分担をします。構成員達は一ヶ月間構成と投げて受けるを通じて自身の規定を確定して6月の決定会議で発表をします。討論を通じて意見を交換して再度みなおし7月の決定会議で確定8月1日から自律した経営店舗を始めます。
自律した経営店舗はライフスタジオの未来を照らす試金石にならなければなりません。やるべきこと、やりたいこと、出来ることの調和をなして[健康な拡大]をすることのできる土台が作られることを期待します。
 
では…