レポートReport

2013年ライフスタジオ代々木店運営計画書

2015/12/16

399

 
ライフスタジオ代々木店運営計画書
2013. 10. 10  Mr. Lee
 
 
★. 代々木店は何をしようとしているのか?
何かに向かい忙しく進みながら、ふと後ろを振りかえってみると、歩んできた過ぎし道のりが見える。思考錯誤の繰り返しにより繋がった、取るに足らない道を見ていると、いつも思い浮かぶ考えは「私達は今まで何をしてきたのか?」という自己恥辱感である。つかの間の脱力感が過ぎると、その道をゆっくり振り返る余裕ができる。秩序なく表れている道の中から、多くの傷を確認しながらも一種のパターンが目に入ってくる。アイディアが閃いた痕跡、私達の熾烈な姿の中から、これから行くべき方向と意志を確認するようになる。その土台の上に「次」を考える。
最近「道を探し当てた」という表現をよく使う。
少し2013年体制の報告書の最後の部分を引用してみる。。
 
[2013年体制]を一言で要約すれば何だろうか?
 
韓国企業のイメージ広告がある。一人の若者が歴史と伝統があるような大学のキャンパスを走る後ろ姿から始まる。それとともにこんなコメントが続く。
 
あなたの周りに最も信頼できる人を思い浮かべてみてください。
 
どんな人ですか?
 
ミスをすれば認めることができ、約束をすれば必ず守る。そのような人ではないでしょうか?
 
常に原則を守る予測可能な人、その人が信頼できる人です。
 
この広告の記憶が鮮明でヒーリングキャンプの人々と[常に原則を守る予測可能な人、その人が信頼できる人です]の意味について討論した。その中でも予測可能な人、その中でも予測可能であることが、おそらく私の心に残っていたようだ。
 
ライフスタジオの目標を達成するためのモデルが出なければならないというプレッシャーが私の中で続いていた。特にライフサークルのリーダーシップサークルと写真研究所グラビアをしながらしきりに力が抜けるのを感じていた。その当日は非常に良い。ところがそのような活動が一時的かつ持続的でないことから力が抜けるのだ。このような事業では、私達の目標を達成できないという考えをたくさんすることになった。高徳の変化する姿を見ていると、非常に微笑ましい。100冊をすべて読んだと興奮した心で送ってきたチョンアのメールを見ると私も興奮する。そして展示会をしながら涙を流す田中を見ると、私も涙が出そうになる。
これ以外にもライフスタジオができる成功事例をたくさん見つけることができる。そう私達皆が一緒に喜んで興奮し、涙を流すことができるような構造を作ることこそが私の任務であり、継続した試行錯誤が行われながら一種の強迫観念になっている。
特にチェジュドに来てそんな圧迫が強さを増して終始私を苦しめた。何かライフスタジオの事業が四つの角を支えなければならない食卓の柱が3つしかなく、手で支えながらご飯を食べているかのようなアンバランスさがある。安定したいというわけではない。それでは何か?
 
ライフスタジオで本当に必要なのは、予測可能なものではないか?
 
ヒョンジョンと6年間、私たちは何をしていたのか?という憤りが混ざった話が出てくる頃に[ライフスタジオは今年2012年から始まった。今1年が過ぎたのだ。]という結論に至った。そしてライフスタジオで成長している人々の顔が浮かんだ。成長した人もいて、日常に埋没している人も、そこから抜け出そ​​うと踏ん張る人もいる。結局一人、二人の成功事例ではなく、すべての人々が山の頂上に上がることができる地図を作ろうとするものである。
一部の人々は1年かかり、またある人は10年かかることがある。しかし、自分のペースで継続して上がることができるような条件や環境を作ろうとするものである。そんなとき予測が可能になる。そして、次のことができる。つまり予測可能であれば、その次のことができるのである。その次を予定できるということが信頼である。
 
ライフスタジオの目標[自立した人々の経済共同体]であり、自立するためには、[各自の変化発展プログラム]が装着されなければならないし、そのための現場のシステムが[2013年体制]である。それぞれの変化発展プログラムが装着されていると予測可能になれば、我々は次のように約束することができる。その次はライフスタジオの目標に近付くための進歩した何かだろう。だから[2013年体制]を一言で要約すると
 
[2013年体制]は、変化発展プログラムの装着が予測可能なシステムである。
 
[2013年体制]は、4つの原則を作った。この原則は、空気中の酸素と同じで人の体の血と同じようなものだ。この原則は、現場で行われているすべてのものに適用される原則である。 [ビジョナリーカンパニー2]でこういう話が出てくる。
ある会社が重要なことを決めることができなかったとき、その会社で模範的に働いてきた人を取り上げて、その人ならどのように決定したのか?と質問をするとすぐに方向が決定された。それが規律の文化なのである。マニュアルや社規になることができない、私たちの思考や行動を自律的に規律する無形の文化が偉大な企業には共通している。
[2013年体制]の4つの原則は、何かを考え決定し行動するときの基準になければならない。そしてこの原則は、この報告書で定められて全体会議で発表して通過したからとすぐに適用されるわけではない。多くの会議や討論、現場での事業形態を決定する要素要素に代入しながら変化発展させなければならない。
 
[2013年体制]の4大事業は、期間に関係なく今後継続されるべきだろうか?そうではない。 4大事業は、[2013年体制]をなす重要な要素だが、全体ではない。上記でも要約をしたように[2013年体制]は、変化発展プログラムが予測可能なシステムである。このような規定の下で4大事業は常に変化しなければならない。日常的ヒーリングキャンプを何年もの間継続できるだろうか?そうではない。それぞれの事業は、それぞれの目標と寿命がある。その目標が達成されれば、新たに変化発展しなければならない。
 
2013年体制の報告書が発表され「また何をしろっていうんだ」という抵抗もあれば、「ついに来たな」と喜ぶ人もいた。最初の試行で若干の問題が発生したものの、多くの店舗で店舗構成権を行使し、責任と権限の原則の下、店舗を運営していく流れが生まれてきた。若干の不安から様子をうかがっていた店舗も、少しずつ合流してきながら現在は11店舗が参加している。各店舗がヒーリングキャンプを通過しながら徐々に安定化した姿を見せ、ヒーリングキャンプで少しずつ確認されている。まだまだ足りない多くの部分があると認めたとしても、肯定的なサインがここそこで感知されている。
 
しかし、肯定的なサインだけが見えたからと言って「道を探し出した」ということができるか?
「道を探し出した」というのは、2013年体制において何を意味しているのか?
2,013年体制は、変化発展プログラムを装着する予測可能なシステムである。報告書を作成した当時は、そのようなシステムだと確定することができず、希望が混ざった計画であった。しかし、ここ5~6カ月の期間の間、変化発展プログラムを装着することが予測可能だということを確認できたのかと聞かれたら、私は「そうだ」と答える。
一時、集中と習慣に対する話を沢山したが、2013年体制は集中と習慣の現場適用システムである。集中とは、自身の内部と自身の外部にある客観的な実体と持続的に出会うことを意味する。いつでも出会う、主観的で感情的な自身の内部に集中していた状態から、自分の外部にある客観的な実体との出会いへと変えることだ。これは、結果的に自分自身をより客観的に集中していくことを意味する。私と私を取り巻いている様々な条件を客観化させ、その実態に接近して入っていくことに集中するということは自律へと向かう始めの一歩となる。
普通、自分に与えられた外部的な条件は固定されており、いつでも変わらない定数として受け入れる。その外部的な条件にふれない状態で、自身の内部で起きている事に集中していくと、アンバランスな現象を感知する。そのアンバランスさの原因を自分自身の中から探そうと努力する。そうしながら、いつも自分自身を探したいと叫んでいる。ライフスタジオで、そして一つの店舗で働くというのは、ただ私に与えられた事であり、決められた事を問題なく行うことが一種の使命のように固まっていた。自分に歩み寄ってくるライフスタジオ、店舗、組織、役割に対する受動的な人生の態度を堅持した状態では、客観的な判断と行動に繋げることが簡単ではなく、自己の成長に対する絶え間ない質問には、分からないという不安が常に存在している。外部の条件は、自分自身を規定する一番重要な要素であり、外部と内部がバランスを成した時、私達は変化し発展することができる。だから外部の客観的な要素であるライフスタジオ、2013年体制、店舗、哲学、時事等に集中しようとしているのであり、このような素材に適用されるプログラムが「読み・書き・討論」の習慣化である。これを通して、私、あなた、私達に繋がる善の循環構造を作ろうとしているのだ。
数学問題を解くときは、公式を利用する。この単純な掛け算九九を覚えていないと日常の生活に支障が起きる程だ。私の内部と外部で起きる沢山の現象に、掛け算九九のような公式が無ければ解説が不可能であり、ただ過ぎていく無意味な出来事の連続だけがあるだけだ。自身の内部で、このような無意味な出来事の連続による問題が起きなければよいのだが、私達は動物ではないため人生において疎外が発生する。自分から、または、外部からの疎外は結局硬直され、再び以前の自身に戻ろうとする本能が発動される。これは原因が分からない自身の内部の変化にのみ執着するようになる。
 
外部の客観的な事を、読み・書き共に討論をすることを習慣化するということは、
私の中に一種の公式をつくろうというものであり、これは他の言葉で言うと
積極的でありながらも能動的にこの世の中を見つめていこう。という意志である。
2013年体制は、集中と習慣の現場適用プログラムであり、この過程は変化発展プログラムの装着を予測可能にしてくれると信じる。それならば、5~6カ月の間に起きた出来事は、2013年体制に対する信頼にどのような糸口を提供しているのか?そして「道を探し当てた」と断定して言えるのか?または、極めて主観的な判断ミスを起こそうとしているのではないか?
今まで起きた出来事を列挙してみると
1. 各店舗で多くの出来事は、自ら決定し、執行されている。会計、人員の需給、学習、内部文化、これからの計画等を責任と権限の原則の下、進行され始めている。
2. ヒーリングキャンプを通した、読み・書き・討論することが、なぜ重要なのかを認識した構成員達が1人、2人と出てきている。
3. ヒーリングフェスティバルを通した、美しい競争の姿が少しずつ見え始めてきながら、客観的な評価が位置を掴み始めている。
4. 5D、9回裏のミサイル、イチゴと狐、ヒーリングフェスティバル、ヒーリングキャンプ、フォーラム、ヒンジ等の集まりが各自の役割に合うように運営されながら、意志疎通が横的に拡大され、知らない事は犯罪だという原則をつくってきており、水平的なリーダーシップの文化が少しずつ形成されている。
5. 自分が成そうとする目標だけでなく、具体的な行動としても表れ始めた。
こう書いてみると自画自賛の極みのようにも見えるが、2013年の初めと、現在を比べると、変化を実感することができる。殆どの事業がまだ未完成の状態だが、全体的に見ると一定の流れを読むことができる。受動的な姿勢から能動的な姿勢へ、客体から主体へ、不安から確認の方向に向かっている。いつも言っているが、水準の問題ではなく方向と内容が重要なのだ。現在、私達が進めている哲学エッセイは、本の内容を理解すること以上に重要な目的を持っている。私の中で説明されず、グルグル回りながらウイルスをまき散らしているものに対して、その実体を究明し、整理できるという事実自体を認識することが重要である。この前、草加店のチェミンギョンが書いた文を引用してみると、
意識と認識の間で、私達はよく犯す、日常の現象と本質に巻き込まれる。事物を、私の認識により存在しているという考えは、経験的習慣による判断のみで、期待した偏狭な思考へとつながる大きな失敗を犯す可能性もある。その失敗は、罠を作り、その罠を認識できない自分は、他人や環境のせいにし、自分を嫌悪し、問題を緩和させ、再び原点に戻るようにする。多くの選択と動きだけで、以前とは変わった自分を期待してみるが、一度かかった風邪のウイルスを治療できず、私の中に潜在し時が来れば再び再発するように、私を苦しめる罠は、私の中に潜在していながらいつでも再発する準備をしている。それは結局、私の内部の中で何が共存していながら、何の矛盾が衝突しているかについての認識不足からくると思われる。
日本で暮らすために、選択したものの中で、ライフスタジオに入り初めて愛を論じ、思想を論じて自分自身について論じるようになった。最初は、お互いの思想が尊重されないという考えにより、排他心を持ちながらも、その間に店長をしながら、新入社員に対して、口が痛くなるほど言って来た、主体性と真正性を私は果たしてどのくらい理解し、自分の中に吸収していたのかと考えると顔が熱くなる。もしかしたら、きれいに包装されて棚に置かれた宝石のように、私とはかけ離れた美しさだけを見るだけで、言うことだけで満足していたのかもしれない。そのような錯覚の中、私はライフスタジオの中で自分の存在を探し、彷徨いながらも強いふりをして正当化させていたのだ。今、私を遮っている壁を飛び越えることができる一番の武器は、壁を認め素直になること。私が作った美しい観念の中で、私と現実に動いていき、ぶつかっていくことが私を前に進めさせてくれ、それが、まさに発展になるのではないか?素直さは、結局人々との疎通をいう。私にとって最も必要なそれは、私を知らせ、人々を知っていくことである。一冊の本を読んで、また読んで。皆で分析するかのように討論してから見た哲学エッセイは、私にとって本というよりも教科書のようなものだ。
……….
私の価値観と、私以外の人々の価値観を知っていくこと、疎通を通した関係だと思った。以前よりも明確になっていく私が今できること、したいことは、結局自分自身の中にあり、自分自身を、そしてその誰かを、組織を、社会を見つめながら世の中を知っていくこと、世の中の目で私を見つめていく事が、常識的な世界観と体系的な世界観の、バランスを作っていくだろう。体系的な世界観、すなわち理性、常識的世界観、つまり経験と感性である。
あまりにも感性的で、感情的な私は熱い理性を望んでいる。
 
受動的な姿勢から能動的な姿勢へ、客体から主体へ、不安から確認へと繋がっていく、このような一連の流れはとても肯定的な方向である。2013年体制を、変化発展プログラムの装着が予測可能なシステムとしたが、その変化発展プログラムというものが、一定期間、英単語をたくさん覚えたからといって成される性質のものではない。自分の人生の態度と方向が変わり、日常生活での集中と習慣の流れの循環構造が定着すると、あとは時間だけを待てばよい。一つの場所を見つめながら、黙々とその場所に行く素朴な努力を、変化発展プログラム装備ための基本的な前提とするならば、5~6ヶ月の間に見えた私達の姿は非常に励みになる現象であり、予測できる可能性がより高まっていると判断することができる。実際、組織の発展や個人の成長は、売上高や利益率のように、計算機を利用してすぐに明確な答えを見つけることはできない。討論に臨む姿勢、店舗の人々が示す姿、公式であれ非公式であれ、人々の参加率と意志、各種報告書や文書、継続的な店舗の情報の中での一連の流れなど。測定不可能な基準がほとんどである。富士山を水源とした水を、私達が認識するのとは関係なく、独自の道を作り、統合の過程を経て海にでていく。私達が判断できる基準は、流れと傾向である。だから、人間世界での出来事というのは、正確に計ることのできない魅力があるのだ。2013年体制が5~6ヶ月間の成果を、ただ良い方向に向かっているだけなのか、それとも変化発展プログラムの装着が予測可能な流れと傾向に向かっているのかを判断するのは本当に難しい作業でありながら、「言い張れば」解決される問題の可能性もある。いくつか根拠を挙げながら、私達はうまく進んでいると励まし、意志を高めればできることもある。これは、無知であることを認めると同時に、無謀な挑戦をしようとしている可能性でもある。しかし、一つ確かなのは、実践の過程において、主体的な立場を持とうとする流れと傾向はある。分からないけど、難しいけど、面倒くさいけど、私がそれを認識している範囲を超え、私がその流れの傾向の主体になるべきだという認識は広がっている。この部分は、私だけがこのように言い張っているのか、本当にそうなのかは5~6ヶ月後に判断しても遅くはない。
しかし、私は今「道を探し当て、その道に踏み行った」と言い張っている。
代々木店オープンは、このような成果を土台とし、二つの問題意識から始まった。
 
一つ目に、読む・書く・討論する。ということが、どのくらいの効率性を持っているのかに対する疑問である。
9月の主題であった「企業で民主的な運営は可能なのか?」という質問に、殆どの人が、「はい」と答えただろう。次の質問の「企業の民主的な運営は何を前提としてこそ可能なのか?」という質問には、殆どの人が、効率性と考えているだろう。ならば、このような質問には、どのように答えるか?「2013年体制において重要な部分でありながら、効率性が低いものは何だろうか?」この質問に対する、私の答えは、読み・書き・議論することである。
逆に考えてみると2013年体制で読む・書く・討論する部分の効率性が上がるならば、
それは決定的ではないか。
リーダー会議を行っていた時に、「リーダー会議を行う一番重要な目的は、民主的な運営原理に対する理解と経験を、各リーダー達がすること」と言ったことがあった。ここで言う、民主的な運営原則というのは、単純に案件について話をし、投票権を通じた決定権行使に限定している場合が多く見られる。しかし、民主的な運営原理の核心は、決定権というよりは探していく過程での技術である。まず、自分から悩んで学習し、それが他の人との共有の中で、何が違って間違っているのかに対する究明作業を一緒に行わなければならない。究明作業において、権力や既得権が作動しないように自ら警戒しなければならず、他の人の意見が出されても、自分とは違うということを前提とした配慮と統合の精神が表れないといけない。固く始まった案件が多くの人の手を経て、共通善という美しいラッピング用紙に包まれたものを、私達皆で合意するのである。このように、民主的な運営の原則を多数決の原則や決定権の保有場所へ限定していることは、民主主義の運営原理を非常に単純化させているのである。日本フォーラムの話をする時、自分達に決定権がないから議論の制約がある。と言うが、それは言い訳に過ぎない。私達は、哲学エッセイや時事を行う時、どんな決定権を持って行っているか?笑笑で時間の過ぎるのも忘れいろんな話をするのも、何の決定権を持っているか?オーナー達は自分が全ての責任を負って決定権を行使しているため、スタッフにもその決定権を与えれば責任感も生まれ積極的になるというが、私はその言葉に同意しない。決定権と責任は、自分が知っている範囲の中で決定し、責任を負うということ。自分が10程度しか知らなければ、決定権と責任も10程度しかできない。だから、派手に始めるものの、しばらくして停滞状態をもたらし、あまりやることがなくなるという、似たような状態が発生する。民主的な運営原理というのは、お互いを尊重した状態で、目的達成の願いを成そうとする高度な戦術的な方法に該当する。その目的というものは、誰かが決定し、責任を取るからといって果たされるものではなく、皆の知恵を集め、集まっていく過程で発生するエネルギーで、行っていくのだ。
民主的な運営原理の一つの方法として
2013年体制は読む・書く・討論することを選択したのだ。
それなのに、その読む、書く、議論することの効率性が落ちることにより、投入した時間と努力に比べ蓄積されるエネルギーが少ないということが問題として指摘されている。議題の設定、討論の進行、学習の方法等で、特別にこれだ!というものが、2013年体制全体をひっくるめ、あまりないというのは、実に残念なことである。そして、読む、書く、討論することの効率性が落ちるというのは、2013年体制の全体的な動力が落ちるのと同じ言葉だと思う。
ならば、どのように読む、書く、討論することの効率性を上げなければならないのか?
ここで、代々木店で行うべき課題が登場する。代々木店のスタッフは、読む、書く、討論することに抵抗感を持っていない、むしろ若干才能を発揮していくだろう人達である。ここに、議題と討論の方向さえうまく設定されるのであれば、いろいろな形のアイディアが出てくるだろうし、それが2013年体制全体に展開されていく形を描くことができる。今必要なのは、読む、書く、討論する案内所だ。特に、討論の準備と過程、結果導出までのサンプルが必要である。つまり、読む、書く、討論することの効率性を上げる、最も効果的な方法は、大まかな地図を作り、誰もが参考できるようにするものである。国内旅行をすることになり、旅行先が近かったとしても、行く前にネットのブログや検索して調べ、既に行ったことのある人達のレビューや失敗談等を間接的に体験しながら、自分の計画を立てる。もし、その作業なくして、そのまま目的地に到着した場合、東京にもあるマクドナルドと同じようなハンバーガーを食べ、どこにでもあるようなインテリアのビジネスホテルに泊まり、帰って来ることもある。代々木店でやるべきことは、まず先に行ってみて、先に討論しおおよその輪郭を人々に提示しなければならない。これは、人に教えるという意味ではない。若干の案内程度を行うということだが、これが効率性の面でどのような効果を発揮するのかは時間を置く必要がある。
二つ目に、豊かな組織の模型を作りたいという欲求から2013年体制が始まった。
人々が私にこのような質問をたくさんする。「あなたの変化発展プログラムは何ですか?」変化発展プログラムを口にしながら過ごしてきて、いざこのような質問を受けると、答えずらい状況になる。自分自身についてあまり考えないで過ごしながら、奇襲的な質問に戸惑うこともあったが、何度も答えていくうちに段々と明確になった。殆どの人がそうだろうが、私の体の中にはたくさんのセンサーがある。風邪のウイルスがあれば鼻から水が出て、大便が必要な場合は下の方がどっしりと重くなり、ビールを飲むと下から何かが膨らんでくる。もしそのようなセンサーがなければ電車の中でも我慢せず、鼻をずるずる​​流しながら乗っていることもあるだろう。私達の体の中には、そのようなセンサーの働きにより、人間という神聖な地位を与えられたのかもしれない。このような生理的な現象や人々の敏感さは似ているだろう。しかし、精神的な部分に行けば行くほど、人によっての差が発生することになる。
私の特徴として、何か心に大変なことがあると、すぐに究明作業を行う。そして、一種の分類をする。死ぬまで解決できないこと、死ぬまでに解くべきこと、今すぐに解決しなければならないこと、ただ放置しておくことに分類し、今すぐに解決すべきことは、すぐに解決していく方法をとる。
店舗で働いていると、各自のいろんなセンサーが作動し、その強さに応じて行動に移すこともあれば、移さないこともあるだろう。しかし、その行動に移すものが単純なことが殆どの割合を占めているということに限界がある。撮影が終わったら衣装整理は誰がして、掃除を朝するのか帰る前にするのかどうかなどの問題も重要だが、それよりも、本当に重要なのは-私達の給料は適正な金額なのか?1日に撮影を6件撮ることは、人間の品位を維持するにおいて適切な​​のか?週に一度討論するのは、私達の目標を達成するにおいて適切なのか?顧客が本当に望んでいることを私達は少しでも知っているのか?2013年体制は、私のためのものなのか、会社のためのものなのか?2013年体制は重すぎて、個人の私的な問題をあまりにも疎かに扱っているのではないか?時事問題は、無知に対する不安を解決すること以外に、何の意味があるのか​​?写真と変化発展プログラムは、あまり関係がないのか?等の、何か根源的なセンサーが作動し、そこに対する代案を出したと言う話は大変まれである。最近聞いた話の中では、下北沢店で週5日勤務にしていく過程に起きた、コミュニケーション不足により週4日勤務をして週に一日の時間を作ろう、ほどの職務放棄的な決定くらいの内容しかなかった。
2013年体制は、事実定められたものがあまりない。その代わりに、すべての事を各店舗単位で自由に議論し決定し、実践しなさいという命令に近い。しかし、殆どの店舗で定められてきたものが、ほぼ同じである。あまりにも同じなため良いと喜ぶべきことなのか困る。
 
2013年体制で、店舗でお互いに合意したシステムで仕事をしていくと、私の体のどこかからセンサーがキラキラと明るく点くところがでてくる。確かなことは、そのセンサーが示している所に問題があるということだ。そして、そのセンサーは、構成員皆に当てはまる問題である。センサーが少し遅れて点いたとしても、構成員皆に当てはまる事である。ならば、変えればいい。
「センサーがオンになりました。-何がどのように問題でしょうか?-このように直してみましょう-そのように変えてみましょう」と、繋がっていくシステムが必要だ。変化発展プログラムは、結局この過程を言うのではないか?
私達は、2013年体制を話す時に、大体が学習に関する話をたくさんする。普段関心がなかった哲学や時事問題や、生まれて初めて聞く言葉が溢れる状況になるため、2013年体制の関心は、学習や教育に重点が置かれている。例えば、私達が食事をするとしよう。おいしいとんかつを作るためには、お米も必要で、肉も必要で炊飯器も必要だ。そして、お腹がいっぱいになることが目的ではないように、おいしくなければならないし、豪華な器も必要で、一緒に目を合わせて話せる愛する人も前にいなければならない。とんかつを食べるための行為と、食べる過程の意味が一緒にバランスをとらないといけない。このように、2013年体制で重要に思われる学習と教育というのも、結局は、私達に余裕があり豊かであり何かを得て分け与えて過ごす事を前提とする。ライフスタジオ、2013年体制、各店舗の構造が、結局は余裕があって豊かであり、何かを得ながら分け与えるために存在するのだ。そのために、学習と教育が重要になるが、私達が生きていくための大前提である「余裕-豊か-得る-与える」が前提とならなければならない。そのため、ライフスタジオ-2013年体制-各店舗の関係の中で、現場の構造を「余裕-豊か-得る-与える」の原則の下、絶えず変化し続けるべきである。その構成要素は、出勤と退勤、給与、インセンティブ、撮影時間、予約、1ヶ月の流れ、福祉、学習と教育、関係、顧客、写真、地域等、私達を取り巻く関係網のためのものだ。
ところが、豊かな組織のモデルが出てこない一番大きな理由は、2013年体制で言われていることを全てしないといけないという、強迫観念と硬直性にある。固定され硬く見ていることにより、自分の中での選択と集中が発揮されていない。そのため、全体的に低い標準化の方向に向かっているのも、ある程度事実だ。「違う」、「だから私達はこれだ」と言えないといけない。代々木店では、読む、書く、討論に対する効率性と共に、「余裕-豊か-得る-与える」を、一つの軸として、その構成要素に対する理解と共に状況変化を目的とする。
 
「余裕-豊か-得る-与える」は、まず硬まった心と体をリラックスさせることから始めなければいけない。そして、条件自体をそのように作らなければならず、そのためには、各自が感知するセンサーの小さな動きに忠実でなければならない。代々木店では、多くの変化が起こるだろう。だから、私の役割は、外部の視線からの風除けになるということと同時に、代々木店の構成員のセンサーが作動するように風を駆り立てることなのだ。自分自身の条件を継続的に変化させる作業が必要であり、それを2013年体制に吹き起こさなければならない。
 
★. 事業計画
 
1. 3日労働3日ヒーリングキャンプ(33ヒーリング)
写真館を運営してきながら、いつも解けない3つの質問がついて回る。
→ 学習と教育に集中しながら週5日勤務を行うことが可能なことなのか?
→ 集中と習慣の原理をどのように日常の中で具現化していくのか?
→ 何か余裕があり、豊かでありながら分け与えられる現場の構造は何なのか?
全体会議、教育チーム、ライフスクール、ライフサークル、ヒーリングキャンプ、週4日勤務、現場適用等の多くの事業は、この3つの疑問から始まった。始まりは組織的な次元での構造の変化というよりは、各個人が持っている限界の実態を把握することにあり、越谷店をオープンしながら現場の構造を変えることへと移動していった。そのなかで、決定的な糸口を探しだしたのがヒーリングキャンプであった。ヒーリングキャンプの評価に対する2013年体制報告書の一部分を引用してみると
 
人と人が話をするということに私たちは慣れている。ところが、そんな話のほとんどは、人の感情や人の感情が出会って話をするということだ。討論をしても感情が出会い、会議をしても感情が出会う。ところが、人の理性と理性が出会って話をしたらどうなる?ヒーリングキャンプでは、感情と理性の両方を客観化させる条件を持っている。そのような、ヒーリングキャンプが持っている秘密の過程を見てみよう。
 
ヒーリングキャンプは自分自身を振り返りながら、自ら学習することができる時間がある。まず、自分の学習を通し何かが自身に入ってくる。その入ってきたことを討論を通じて排出する。意見対立があることもあり同意を得ることもできる。また、他の人の意見で自分の不足を発見することもできる。少し客観化されたことを再度自分の中に持って消化することができる時間を持つ。この過程を3ヶ月間繰り返すことになる。これにより、人と人とが出会う過程でお互いの感情ではなく、理性の割合が高くなる。それと共に[あ、こんなものか?]という、自覚の段階を通過することになる。知識が積もって、それが討論を通じて客観化され、知恵を得ることになる過程に至ることになる。
文芸がないので、この程度でしか表現できないのが全く残念だ.......
(ヒーリングキャンプについて知りたい人は、田中のヒーリングキャンプ結果報告書を参照)
 
このような過程を経てみると、自分の限界と戦うことができる力が生じることになる。自分で自分の中で発生するガスを減らすこと、条件の変化を想像するようになる。これは、上記の文のように否定が肯定に、受動が能動に、木から森に変わる変化発展プログラムが始まるだろう。
これを生き方の傾向を変えるものだと主張する。
この題目を見ると、自分の限界と戦う力と条件の変化がそんなに重要なのか?という質問をすることもできるだろう。
してもしなくてもよいこと、または、やったら少しは良い総合ビタミン剤程度に考えることもできる。これについては説明する方法があまりない。バスから降りることしか...........
 
ならば、今からヒーリングキャンプを経験した人々に電話をかけて、上記の文を読みヒーリングキャンプが本当にそんなところだったのか聞いてみよう。
二人に電話した。「そうだ」と言う。それではそのまま行くことにする。
 
越谷店の現場適用プログラムが失敗した原因について明らかにした。 1番の優先順位に置かなかったのは、言葉で説得することのできる性質のものではない。具体的なシステムを作り、そのシステムに同意する人が直接適用されたとき、自分が変化を体験しなければならない。ヒーリングキャンプが始まって約2ヶ月程度が経過したとき、強くこれだという考えを持った。越谷店の現場適用プログラムとヒーリングキャンプの結合を悩みながら出てきたのが[2013年体制]の根幹を成している。
それでは今から始めよう。
 
ヒーリングキャンプの一番大きな成果は、今までライフスタジオで話されてきた学習と教育の肯定的な認識を持たせるきっかけになったということ。方向が転換されたこと自体に意味を与えることもでき、2013年体制自体が生き生きと弾力を受けているということにも該当する。つまり、集中と習慣の原理が現場で適用され、できなかった限界がヒーリングキャンプを通して相当な部分、解消された感じである。それでは次に、ヒーリングキャンプが持っている学習と教育、集中と習慣のバランスを日常的にどのように継続するかが重要な課題としてでてくる。ヒーリングキャンプの進行状況を見ながら2~3ヶ月ヒーリングキャンプをし、その後に再び週5日、1日6件の撮影は、一種の断絶感を感じさせた。一生懸命アルバイトをしてお金を貯め、ヨーロッパ旅行から帰ってきた後の通帳の残高を見て感じる脱力感というのか。結局、週3日労働3日ヒーリングキャンプは、このように学習と教育、集中と習慣の日常化のために生まれた事業である。しかし、偶然なのか必然なのか、3労3ヒーリングが上記で述べたような、写真館を運営しながらずっと付いて回った3つの疑問と、その延長線にある代々木店で行おうとしている「読む、書く、討論の効率性」と「余裕-豊か-得る-与える」を具現化できる最適な方法であるかもしれないという考えをしてみた。
週3日ヒーリングキャンプが確定しているわけではないが、大体の輪郭としてはこうだ。
金・土・日 = (朝と夜の1時間進行)
月 = 自分との出会いの時間(図書館、休息、旅行等。種類に関係なく自身と直接対面する時間)
火 = 全体会議、フォーラム等の公式的な行事に参加する。
 (公式的な行事も会社や組織のために参加するというよりは、学習と教育の原則が優先される)
水 = 休日
木 = 討論及び会議
3労3ヒーリングに提起される問題は、大きく2つある。一つ目が、3日営業をすると、今の給料や福利厚生を維持していくことができるのかについての疑問である。これも実際には簡単だ。3日営業=5件の撮影×12日=60件の撮影があり、客単価40,000円の場合、2,400,000円の売上になる。2,400,000円程度の売上だと赤字が発生し、損益分岐点が3,000,000円だと、利益もなく運営することすら難しくなる。売上を600,000円増やすには、プラス10件の撮影と、客単価を上げれば可能だ。ならば、10件の撮影をどこに入れればよいか?幸いにも1ヶ月は、28日ではなく30日と31日の月で交差している。また、全体の行事がある火曜日の内、週によっては撮影日として使用可能な日もある。3労3ヒーリング政策を推進するにおいて大きな支障を受けるほどでもなく、私達の知恵を集めれば十分な余裕空間が確保できる。
そして、このような質問もあるだろう。「休みの日が一日しかないですね。」、「大変そうだし疲れそう。どうやって働くんですか?」この質問にも、簡単に答えられる「大変ならやらなければいい。」公式的な行事を労働として見るのか、余暇の行事として見るのかは、各自違いがあるだろうし、自分自身と出会うことの時間を会社の仕事として見るか、自分の仕事として見るのか、討論する日も自発性に基づいて行うのか、決められたからやるのかによって違ってくる。こう言うと、オーナーの横暴のように聞こえるかもしれないが、本当にそう思うならば代々木店で一緒に呼吸していけないのではないか。もちろん、3労3ヒーリングを実施してみると、予期しなかったことや、期待していた目標を達成できない可能性もあるだろう。それは、その時修正すればよい問題である。休みの日が1日だということを、既存の2日間の休日と比較して考えると、今まで代々木店について話している殆どの内容を間違って受け入れている可能性がある。3労3ヒーリングの空間は、各個人が何かを蓄積することのできる条件を前提とする。過ぎし日の歴史の中で、抽出してきた良い物質を混ぜていく過程から出てきたものであり、その良い物質というのは、各個人が追われる者から追っていく余裕があるということをベースとして話が展開される。しかし、3労3ヒーリングが、越谷店オープンの時に実施した週4日勤務の時と同様、同じような失敗を繰り返す可能性もある。それでも、どうしたものだろう?私達の能力はそこまでなのだ....
2. 40万円プロジェクト
会社と自分自身を一つにする方法は何だろうか?一つになるというのは、会社に盲目的になることを意味するのではない。ここで言う一つとなるということは、2013年体制の観点から、会社と私が同等の関係の中で、お互いに存在の価値を認めることを意味する。
一番の根源へと近づいてみると、所有という概念に直面することになる。会社は私のものではなく、主人は別にいるという観念が、私達の土台に敷かれてきながら会社と自分自身が1つになれない原因を提供している。私達が追求しているのは、所有ではなく共有である。そして、共有は共同体を構成する最も重要な理論的な基盤である。だから、会社という経済共同体での基盤となる経済的な部分に触れないことには本当に出会ったとはいえない。
2013年体制は、一種の共同組合の形で進もうとする活動である。共同組合についての専門的な知識が無いため深く論議することはできないが、皆が主人であり、皆が生産者でありながら、消費者を目指している。共に価値を生産し、その価値を共に消費しながら共同体を作っていく姿が資本主義社会で生きている私達が目指すべきシステムだと思う。しかし、未だに2013年体制の硬直性により、所有と経営、生産者と消費者の区別は相変わらずあり、これを根本的に解決する方法は、経済的な部分においての経験であり、それは、まず給料と呼ばれる余剰物に対する配分から始めようと思う。
そして、経済的な面に接近する二つ目の理由は、経済的自立にある。
以前、ブログに書いた経済的自立の文章を引用すると...
ならば、経済的自立は何を意味しているのか?

自ら自分の価値を判断し自分の所得を決定する自信と謙遜さの中間くらいじゃないだろうか?矢川が、自分はインセンティブを貰う資格がないと、封筒にお金を入れ私に渡したことがあった。そして少し前に給料を上げる過程でも自分の給料が過度に上げられたとメールをよこした。矢川のそんな考えと行動は謙遜の部分に適用されたと思う。自分の情熱よりもお金が先だって行った時、強迫観念が現れその反対に謙遜がついてきたのではないか?自信と謙遜を確保するためには、全体的に判断しなければいけない。その判断をするためには情報が必要だ。オーナー達の収入はいくらで、500万円の売上にどのくらいの利益がでるのか?そして私達は最大売上をあげている会社から23万円程度の収入を貰っている理由を知らないといけない。

そんな情報が頭の中に入ると、相対的に低いという強迫観念と漠然と多く稼ぎたいという根拠のない期待、お金がないという被害意識は相当な部分で解消されるだろう。そしたら、私達が会社に勤めて、その活動で収入が作られ消費をする過程に対する意味が少し変わるのではないか?人生を見つめる方向が少しはより価値ある所に向かうのではないだろうか?

価値が発生すると、お金は自然と後ろについてくるのではないか?でなければ、お金を多く貰うと価値が発生するのか?簡単に結論付ける事の出来ない部分ではあるが、確信してることは一つある。価値が発生すると必ずお金は自然と後ろに付いてくる。しかし、お金を多くもらっても、価値を発生させるために努力もするが必ずしもそうでもない。

経済的自立とは、お金に対する一定の部分に距離を置くことだと思う。何日か前に有休活動リーダー会議で韓国の社長がこんな話をした。「何年か前、皆がスタッフの時はお金に対する強迫観念があった。そしてお金を多く稼ぐということは、何を意味するのか興味深くもあった。そして、一定の期間稼いだ。そんな強迫観念はもうなくなったのではないか?ならば、もう方向を変えないといけない。あなたがわずか2年前までスタッフでいたとき、給料が少ないと嘆いていたではないか?その時と比較してみると、今は所得が何倍にも上がり、時間も自由ではないか?」

それなのに、スタッフの給料10%を上げることに対して、それはバブルだと話し、自分の所得から10%程度を他の所に使用することに対して、沈黙を守るということは何を意味するのか?こんな姿を見るためにあなた達に加盟店を出させたわけではない。私達がリーダー会議をする理由もリーダーがまず変化する人になろうということなのに、歳がまだ40歳にもならない人達が保守的になっていく姿を見ながら策をもう一度ねらないといけないという考えをするようになった。

学習休暇を自分たちが送ってやっているという錯覚をしているオーナー達がいる。それはオーナーでなく会社が決定し、執行していることだ。直接的に自分の所得を話すと沈黙してしまう。それはまだ経済的自立ができていないということだ。上でも書いたように経済的自立は消費を自由にできる条件ではなく、お金と一定の距離を持ち、自分の関心をより高い価値と共同体に置くことを意味する。

経済的自立が私達を幸せにすることなのか核心することはできないが、自由にできるということは確実だ。収入が多いオーナー達も経済的自立がなされないならば、社会が作っている枠から自由になれない。スタッフとの関係も経済的自立と密接に関連されている。オーナーが給料を上げることと、給料が上がったから頑張ることでは小さな違いしかない。この2つに経済的自立が介入されると大きな違いがでてくる。

落ちてくる柿を口を空けて待っているように「頑張ったら給料を上げてくれる。」という考えは、受動的な典型的な姿である。自分がお金の執行を決定する人だという権威意識を持っていて、価値を作り出す過程が何か分からない人だ。会社のお金を自分の所有物と考え、スタッフの価値生産に参加せず、発生したら、あげるという安全策を選ぶ。典型的な軒店のような方式だ。動物はしょうがないが、理性をもった人間だけができるのが投資だ。それも人に対する投資はより精巧でなければならない。そこにお金を投資するということは、お金に対する一定の距離を持たないことには不可能に近いと考える。

経済的自立に対する会計公開と、効果的な支出に対する方法を論議する水準まできたライフスタジオを誇りにも思うが、ある面では心配でもある。冷徹な現実の目撃を前にし、より心をしっかり持たなければならず、より良い方法を作るための過程だと考えるが、[お金]という主題の前に揺らがない自信がないというのも事実だ。
 
上記で述べたように、2013年体制では、皆に会計に対する情報が公開され、誰かに不平等な会計執行はされないというくらいの認識は、ある程度広がったのではないか。しかし、会計というものは、情報という段階に留まると、自分の動機を与えるには勿論のこと、上記で述べた会社と一つになることは不可能だ。また、資本主義の構造の中で生きている一人一人に必要な経済的自立は、想像もできないものだろう。情報にだけ留まるのではなく、直接的に自身の経験の中に、経済的な恵みを経験し、それがただ単純にお金が増え、貯金するという問題ではなく、より高い価値があることを確認する必要がある。つまり、口だけで「さあ、見てください。会社は皆さんのために全て出しています。だから貰った給与に満足し、一生懸命仕事をしましょう」といい、それで良い会社だというイメージは得られたとしても、各個人に経済的自立の実をあげることはできない。
だから、代々木店では40万円のプロジェクトを始める。通常4人で週5日勤務をすると5,500,000円程度の売上を上げることができる。この程度なら月給40万円は平均的に貰うことができる。ならば、今までなぜできなかったのか?様々な要因があるが、オーナー達の給料が税金を合わせると1,300,000円以上になり、週4日勤務を行うための人員の増加、ヒーリングキャンプの過程における赤字の補塡、利益額の活用がなかった理由等があげられる。2013年体制では、所有主に支給する金額が200,000円に縮小され、40万円プロジェクトは、週5日勤務と3労3ヒーリングによる赤字の補塡はない。そうすると、すぐに40万円のプロジェクトが可能になる。勿論、40万円プロジェクトは、3労3ヒーリングが定着した後に実施していく予定である。
経済的自立という話題を経験する40万円プロジェクトは重要かもしれないし、そうでないかもしれない。そして、単純に経済的自立の問題だけではない、経済的な問題で絡まっている沢山のものとの相互関係を直接、経験を通して知れる効果も期待する。
 
3. 先行学習を通した案内書
2013年体制で、一番脆弱な部分は、討論を進め、議題を設定できる人材の不足である。4〜5年の間、学習と教育を話しながら、いろいろな事を行って来たが、その場で培われた人材が少ないということに責任を感じている。それでも、心の癒しとなったのは、昨年の2月から開始し、少なからぬ人々が運営の責任感により、自ら自分の限界を超えようとしていることだ。
私達に必要なのは、知識の量ではない。時事問題を話す時も、大体が分からないということから大きな壁を感じる。しかし、討論は知識の量ではなく、討論の方法がとても重要である。いや、重要というよりも、それこそが決定的に必要不可欠なものだ。討論は、知識の競演場ではなく、自分の考えを客観的に広げ、出していく空間である。全てを広げてだし、何が違い、同じなのかを確認する過程である。結論は、どのように広げ、出していくのかという問題である。
教育機関を作り教育することも、いくつか非効率的な問題があり、教育マネージャーが各店舗を回り教育するのも決定的な限界がある。重要なのは、現場で日常的に行わなければならず、各店舗構成権を行使した人々による自主的な力で解決していく必要がある。
ならば、この問題をどのように解決していくべきか?
討論のための案内書・・・この方法しか思い浮かばなかった。
主題を選ぶ人はもっと沢山勉強し、より簡単に解いて内容を説明し、5Dやヒンジで先に討論を行ってみて、朴泰赫等が各店舗の討論の姿により関心を持つことも必要だが、結局重要なのは、現場で討論する人々の道を照らす灯火が必要だ。だからといって、彼らが何かを教えたり、多くの資料をを与える形を言っているわけではない。同じ主題について、もう少し勉強して先に討論し、その過程を見せる案内書が最も現実的な代案ではないだろうか。
最も必要なのは、討論が進むべき道が提示されることだ。カーナビのように、正確ではなくても大まかな輪郭くらいでも見えると、現場で多くの助けになるだろう。例えば、名古屋に行くために、横浜 –御殿場–静岡–浜松–豊橋を経由することを知っていれば、新潟から回り道することも防げる。
代々木店では、主題が出る週に学習と討論を終了し、案内書を作成する。具体的な討論の内容ではなく、結果を導き出すための議題を設定する過程がメインとなって説明されなければならない。実際、案内書を作るというのは思っているよりも面倒な作業でもあり、非常に難解な作業になると予想される。案内書というものは、代々木店のスタッフが調査した全ての内容をコピーするのではなく、効率的な「読む、書く、討論する」ための案内書であるため、代々木店から導き出された結果を同じように言ってもいけないし、人々が誤った道に行くことも予想しなければならず、戻ってくる方法も考えなければならない。一遍の小説のような案内書を一度も書いた事が無く、このような事業として決めることの無謀さに、代々木店のスタッフには申し訳ない限りだ。
 
終わりに
ライフスタジオのホームページ代々木店の紹介文章を終わりの言葉に変えさせてもらう。
 
2年ほど前のブログに
 
…………..
私が出発した所があっただろうか。どこに帰らなければならないだろうか?

2ヶ月ほど前から、私がある転換点に立っていて、本当に向かう目的地に対して考えている。現段階での結論はこうだ。

「ああ、目的地はどこにもなかったんだな!!!」

何かを決めておき、そこに向かっているという希望をもち生きてきた。虚像と弁明の繰り返しからこのように生きてきた。こう生きてきながら私の存在のかすかなささやきを外面してきた。。。

人生は、このように見えるようで見えないような具体的でないため、生きていくこともでき、つらくもある。ある面から見ると、目的地の変更はあまり重要な問題ではないように思う。目的地は結局海になり、その中に様々な形態として存在することだ。

私が集中して見なければいけない事とは、どんな海で何をするかというよりは、その海を見つめる態度なのだと思う。

目標に向かう能動的な行動や未知の世界に対する挑戦は、今まで私を守っている人生の方式であり、態度であった。具体的な課題や事業に対し、克服し得たことが基準になり、そんな視点から人生を見つめ考え行動してきた。渓谷や川ではそれが有効な武器になった。世間は広くやることはなかったため、やることをつくり、私の存在を確認する作業は何よりも重要なことであった。目の前に立ちはだかっている壁は、自ら招いたものであり、広く言うと私の責任の下にある。深く根付いた責任の重さに絶え、再び新しい環境と条件をつくり、その重さが喜びでもあり、つらくもあった人生の連続であった。

私の人生の基準は私が作るものなのか?

社会が要求することと、自分の中から沸きあがるものが出会う視点で適度な妥協があった。時には、社会の要求が優位であり、私の中の主張に説得力を持っている時もあった。経済的自立に対する各種抗議を避けるための動きもあったし、口から出た言葉に対する負い目から行動の包装術も高くなっていった。そんな過程で嘘のカスが沈殿し、化石のように固まった。人生をプレゼントとしてもらったが、人生の過程で起きる意識の死を認識し、治療しなければいけないという、説明書は入ってはいなかった。おもちゃをプレゼントされた子供は、これが何の材料で誰が作ったのかに対しては知らずに楽しく遊ぶ。そして、時間が過ぎると、そのおもちゃは忘れられる。しかし、人生は使って捨てることができない。人生から忘れられるのは死である。自分の中に時を待ち、機会を待っている大きい奴らがいる。随時、小さな手下達を送り、私の敏感な部分を突っついてくる。そうすると、もっと大きな抗生剤を投与する。その抗生剤は私自身が眠ってしまうほどの麻酔薬に似ている。逃げれば逃げるほど、抗生剤の強度はより強くなり、私も知らないうちに嘘を言い続ける悪いやつになってしまった。

コーヒー、お酒、たばこは私を作っている重要な構成要素だ。人、関係、変化は社会と私が妥協し作り上げた戦利品である。口では人との関係形成について話し、変化を望んでいる。そのたびに、彼らとはだんだん遠くなりながら、タバコを吸う数は増える。お酒が人との関係をつなげ、眠っていた変化の種を呼び起こす場合もあるが、より自分の中に隠れてしまう偽造の方法として、効力を発揮している。

メインとなる材料の純粋さが引き立つ料理が一番だ。時間が流れ、個人の意思と社会の要求が妥協し、だんだん調味料が行動隊長としてでてくる。そして、それが最高だとして固まる。主体と客体の位置が変わり慣れてしまうことの恐ろしさを忘れている。それが現在の私の姿である。

相模湖に暖炉がある。薪を焚きながらいろいろなことが交差する。木を持ってきて火遊びを始めながら燃え上がる赤い気運を感じる。時には、小さくなり、時には大きくなる。ここそこと木を移しながら、彼らが繰り広げる宴会を見物する。位置を少し動かすと、怒りもし、良いと明るい笑顔になりもする。とても熱かったと思うと、下の火も残らない。そして、もう一度木を持ってきて始める。

客観的になるということだ。客観的にこのように変化の過程を長い間見てきたのは、本当に久しぶりだ。彼らが繰り広げる姿は私と私達に似ている。少しの忍耐もなく、回りの条件に対してすぐに反応する。自分ができることはそのまま立っていることか、燃えて灰として残る方法しかない。一定の武器と形が材料に変わる過程は存在と意識の長いトンネルに入るようになる。

私は誰なのか?という前からの質問をもう一度するようになる。転換をしないといけないという圧迫と、海と合流しなければいけない視点に「私は誰なのか?」という自らの質問がでるのは自然なことだ。しかし、この質問は私の命が続く瞬間まで持っていかなければいけない永遠の課題であるため、結論を出すことができず、だしてもいけない。

転換とは、目標や計画の変化や修正のことを言っているのではない。人生に向き合う態度と方法の転換を意味している。計画し経験し、得た心理の一部分として、私に合う服を作った。過ぎた時期を振り返ってみると、それは姜尚中さんが言っている青春であった。あちこちぶち当たり砕けながら息がつまり、私を確認する時間であった。我慢できない存在の軽さを忘れようともがいている世の中と合わせて伝説を作りたいという欲望の力を信じた。

そんな欲望が私の中の偽りから始まったということを少しずつ知るようになりながら、その推進動力は消耗されてきている。伝説は生きているが欲望は泡である。欲望の位置に謙遜が入らねばいけない。歩きながら出会う山奥の山荘のように、私の中のエナジーを自分の中で生産する謙遜な態度が転換を可能にする。謙遜は皆知っている、またはある程度は知っているため、この程度で大丈夫だ。という程度を超える主題だ。今まで外部から来る刺激に対する反応が、1次的な人生のエナジーであったなら、もう私の中で私をゆっくり見つめながら、その変化を認識する人生の態度が必要だ。想像できないその広い海で、私の存在は砂漠の砂粒のように小さい。いくら、もがいても救助隊や偶然通り過ぎる船を発見することはできない。発見できたとしても、光に反射する瞬間的な銀の光の波模様のようなものだ。私が私であることは、私が私を見つめること、そしてその過程で発見する存在の美しさである。
…………..
 
 
今、これを代々木店で行おうとしています。