フォトジェニックアーカイブPhotogenic Archive

「 Format and content」

投稿日:2018/5/28

915 0

形式と内容が一致した瞬間、僕はシャッターを切りました。
Photo by takumi
Coordinator by kudo
 
 
僕が写真と出会ったのは中学校の体育祭でした。
近所の写真館のおじさん、無精髭を生やしたとてもきれいとは言えないような見た目の人でしたが、
砂埃をかぶっても動じずカメラを構えるおじさんの姿はどうしようもなくかっこいいものでした。
僕が出会った写真はとても商業的なもので、芸術的な写真とは程遠いものでした。
 
でも僕は今ライフスタジオにいます。
ライフスタジオの写真は、
商業的で、記録的で芸術的だ。
と、定義されています。
 
ライフスタジオに入社したこと
これは僕が2度目に写真と出会った瞬間です。
HPのフォトジェニックに上げられた写真はどれも僕の心を打つものばかりでした。
それはただ商業的なものとは違い、被写体の色(記録的)、撮影者の意図(芸術的)が感じられるもので、
僕にとってフォトジェニックはとても神聖なものでした。
 
僕もライフスタジオのカメラマンになり、いつの間にかフォーカスを合わせるごとに、その人たちの内面を探すようになってきました。
 
ある時店長のボルボさんに写真を見てもらった際に、
「これいいじゃん」と言ってもらいました。
それは和室の鏡を使った写真でした。
 
でも僕はその子から読み取って撮ったものの、その場で初めてのことを実践して撮った写真をフォトジェニックに上げることに対して疑問を感じました。
今まで学んできた基本と、自分の挑戦を合わせてフォトジェニックに上げるべきと考えたからです。
 
その日から鏡との戦いは始まりました。
縦横を安定させること、被写体をシンメトリーにすること、
鏡を使ってどんな感情を表現できるか、出来るだけ多く書き出しました。
そして撮影の回を重ねるごとに自分の中でこの場所に対しての考えがまとまっていくのを感じました。
 
そしてこの日が来ました。
彼女は以前僕がコーディネーターでご一緒した家族の妹ちゃんで、
恥ずかしそうに、でも楽しそうに、にやにやと笑うような、
そんな子でした。
僕は彼女に対してこの鏡の場所を案内するのはなんだかイメージが違うような気がしました。
それは鏡がもう一つの自分を表すような静的なイメージを持っていたからです。
だから僕は最初に整体や、楽しく笑っている姿を残すようにしました。
家族に見守られながら撮られる彼女はまた、恥ずかしそうで、嬉しそうな、にやにやとした表情をしていました。
「感情がもれてるぞー(笑)」
そう思った途端に頭の中にイメージがおりました。
 
真実を覗こうとする鏡だからこそ、この隠せないほどの恥ずかしさ、嬉しさを表現できるのではないか。
そう考えがまとまって初めて鏡を使った写真の撮影準備を行いました。
 
カメラを構えると先輩たちのたくさんの言葉を思い出します。
「フォトジェニックに上げる写真を撮るときジェットコースターで落ちるような感覚になるんだよ」
「最後はその被写体になんと声をかけるのか、だよ」
「いつか拓巳の本当に撮りたいと思うものが見つかるといいね」
 
高ぶる物を必死で抑えながら、彼女に集中していきました。
現したいのは彼女の恥ずかしくも嬉しそうな明るいイメージ。
世界観を彼女に合わせ、いつも鏡の前で撮っている時よりも露出を2段階上げました。
そうしたことでフレーミング全体が彼女を表す土台になったような感覚がありました。
 
照れくさい表情をするとき彼女は必ずと言っていいほどお姉ちゃん、お母さんを見ます。
「授業参観の時の子供みたいだな」と思いました。
そうか、家族に普段見られない姿を見られているから恥ずかしくてニヤニヤしちゃうんだ。
そう感じ取った時にポーズと声掛けが決まりました。
口元のゆるみを隠すように扇子を口に当て、
「あの上にちっちゃいお姉ちゃんが飛んでるよ!」と声を掛けました。
そうすると彼女は恥ずかしそうにそちらを見上げ、あのニヤニヤをしてくれました。
 
この状況が出来上がった時、ドキドキと胸が高鳴りました。
工藤さん、本当に撮りたいものが出来ました。
形式と内容が目の前に揃い、シャッターを切りました。
写真を一瞬確認し、彼女に「ありがとう」と告げた後も、ずっとドキドキは収まりませんでした。
ジェットコースターってこれですね、ボルボさん。
 
 
「僕らがお写真を提供しているのは、お客さんであり、一人の人。
だから写真を残すには商業的だけでは足りず、その人らしさ、それを表現する意図があり、
その意図は常に人の中身を探し続けるように撮られるべきだ。」
ライフスタジオと出会ったおかげで、
たくさんのアドバイスをくれた先輩たちのおかげで、
写真を撮りに来てくれた家族のおかげで、
自分の写真に対する考え方が整理されたように感じます。
 
出会えてよかった。
 

この記事をシェアする