フォトジェニックアーカイブPhotogenic Archive

ふたり

投稿日:2017/7/31

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兄弟ならではのしぐさや表情は、その兄弟でしか出来ないものだと思います。

面白い事に同じおもちゃ、同じ向き、同じポーズの指示を促したとしても、どの兄弟としても同じモノは無く、むしろこちらが予想だにしていなかった動きや表情をみせてくれます。それらの予期せぬ出来事は、時にこちらの意図を越えてより写真にストーリー性を与えてくれれのです。これが兄弟写真を撮影する上で、最も撮影者を夢中にさせてくれる魅力の一つだと私は思います。
この小さな兄妹も、このように私たちのイメージを越える深みを与えてくれた二人でした。


小さな兄にとよく笑う妹、それだけで既に十分な写真が撮れる被写体だと思いますが、この兄妹をこの2人ならではの関係を表す何かがまだ足りないと、撮影しながら私は物足りなさを感じていました。そこで、この2人のそれぞれの動きや、他者との関わり方などをよくよく観察してみて感じられたのが、この小さな兄妹の幼いながらに妹にたっぷり愛情を注ぐ兄の姿と素直な妹、特に兄の兄たる自覚を強く見てとれました。

私にも1人弟がいますが、18歳になると私も弟も進学により一人暮らしをする為、それぞれ実家を出たので姉弟で共に過ごした期間は、とても短いものだったと思います。今では年末年始の時くらいしか会う機会はありませんが、父が残してくれているアルバムや、母から聞く幼い頃の私達姉弟は、私達の記憶には薄い思い出しかなかった事が、写真と共に語られるエピソードを通して、思い出が鮮明によみがえってきます。

その写真は、カメラを向ける父に向かって田んぼの泥をひっかけようとイタズラを仕掛ける私と、それを少し離れた泥がかからない位置から眺めている弟でした。自由奔放で向う見ずな性格な私と、慎重で計画的な性格の弟との昔から変わらないこの立ち位置である姉弟の関係性は、今も続いています。そしてその私達姉弟ならではの関わりを表すものが、写真というツールで今もなお家族の大切な記憶としての役割を示し、また家族の大切思い出を記録するという事を仕事する私に少なからず影響を与えているという事に、改めて写真と人との関係性の深さを感じました。

冒頭に戻りますが、この写真は兄妹との関係性を写しだすと共に、撮影者である私と共に撮影空間を作ってくれるコーディネーターとの関係性をも写すものでもあります。スタジオでの撮影は決して1人で作り出せるものでは無く、いろいろな人の想いが交差し、誰かと共に作りあげていく事で、世界でだった一つの写真が出来上がるのだと思います。それには、共に撮影に対して向き合う人への信頼が大切になってきます。

この時の撮影では、兄妹ならではの関係性を写す事に四苦八苦していた私を何気ないコーディネーターの行動により、小さな兄妹の関係性を写し出す結果へ導かれました。二人でイチゴを食べてという指示に兄が取った行動は、妹の小さな手をつつみ込みながらイチゴを食べる様子でした。年齢的に、もっと大胆にイチゴを食べるのかと思いましたが、予想を反した行動に驚いた。この小さな妹の手を包み込むというしぐさは、この兄妹でこの兄ならでは関係性をありのままに表していると撮影しながら感じました。

コーディネーターの考えと私の考えは、一緒の撮影空間にいるから絶対同じとは限りません。ですが、この兄妹のようにそれぞれの自分の立ち位置が見事に違うもの同士だからこそ、その関係が交差した時、思わぬ化学反応が起こり、その人の記憶に残る忘れられないエピソードが生まれるのだと思いました。1人より2人、そして関わる人の数だけ、様々な物語が生まれのです。


photo byYuko coordi byShie

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