フォトジェニックアーカイブPhotogenic Archive
カウントダウン
投稿日:2017/3/31
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カウントダウン
目をそらすな
最高の瞬間はもう始まっている
私はあなたを見ている
1・2・3
彼女がライフスタジオに来たのは久しぶりであった。
最後に写真を撮ったのは7歳の七五三。
10歳という節目にスタジオに足を運んでくれた。
彼女は実に天真爛漫で撮影中は本当に楽しく時間を忘れて撮影をしていた。
泉のように溢れ出る彼女の魅力を取りこぼさぬようにだからといって、せき止めぬように道を作り川を流すように写真を撮った。
被写体をどのように動かすか?
いつも頭のなかにはそのクエスチョンが存在します。
「どのように動かすか?」ということを考え出すと、
カタチにとらわれがちになってしまう。
ではどのように撮影することが大切なのであろうか?
ポージングを指示し被写体に自分のイメージを投影し写真を撮る。
美しい光を使いその光で写真を取れば誰でも美しく見える、
写真は被写体にとって何の価値が在るでしょうか?
そのような一方的な写真を私は良い写真だとは思いません。
閑話休題、被写体をどのように動かすか?
という答えをグルグルと頭のなかで撮影を考えすぎると頭のなかで戦争がおきます。
永遠に終わらぬその戦いには終止符を打つことは出来ない
写真を撮るということに存在する永遠の課題なのかもしれません。
もう一度被写体を動かすという観点と被写体がどのように動きたいか?という観点に視線を向ける。
違う言葉で言えば撮影者の意思と被写体の意思が交わるタイミングを探し出さなければいけないと考えたのだ。
そのような瞬間は実はたくさんあるが私たちはどのように動かすか?というカタチに囚われ満足しその瞬間を逃してしまう。
写真を撮るさいに撮影者のイメージに近づけるそれは美しい写真を撮る際には必ず必要である。しかしそこで完成させた瞬間を撮ってしまえば私(撮影者)の写真になってしまう。 そこで必要なことが被写体の意思が現れるのを待つということである。その瞬間が被写体の意思と撮影者の意思が一つとなり両者にとっての意味のある写真となるのではないだろうか?
私は天真爛漫な彼女を10歳の大人として写真を撮りたいと思った。
それは決して作った大人らしさではなく彼女の内面から静かに現れる、
大人の魅力を撮りたいと。
面白おかしくしていた撮影の中で帽子のつばを持ってもらい手前の置物とバランスを整えファインダーを覗き1・2・3彼女の素の表情が何とも大人のようになりその瞬間にシャッターを切った。
撮影の後ママの「少し大人びた娘の成長を感じた。」という言葉に何だかホッとしました。
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