フォトジェニックアーカイブPhotogenic Archive
だから、わたしは
投稿日:2015/2/28
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赤ちゃんを抱っこする、パパとママの表情を見るのが好きだ。
多分パパは、家でこんなママの表情を、何度も何度も目にしている。
ママもきっと、支えてくれるパパの温かさを、いつも感じている。
でも、ふたりだけだと、それを残すことができない。
だから、客観的な第三者として、私はこの家族の中に、お邪魔する。
いつも見ているその世界を、感じている温かさを、一枚の写真に残す為に。
写真を撮りたいと思う理由が、感情的だ。
特に、新横浜店でたくさんのBabyを撮りながら、その傾向は強くなった。
カメラマンとして、それではいけないと思う反面、それで良いとも思っている。
感情移入できることが、自分が撮影をする時に、重要なことだと知っているから。
感情移入をすることで、入っていく。共感から、私の撮影は始まる。
赤ちゃんが可愛いと思う、その気持ちから入っていって、できる限り、パパやママの見ている世界に近いものを、写真に残したい。その反面、パパやママが自分たちでは見えていない、その姿も残したい。
ただただ、変化してゆく過程の今を、この瞬間を、できるだけ美しく、愛おしく、残しておきたいだけだ。
数年後、数十年後に写真を見返した時に、思い出して微笑んで欲しい。
ぷっくり膨らんだほっぺたや、富士山の形になっちゃう唇や、俗に輪ゴムと呼ばれる手足のお肉の段差を。小さな手も爪も、足も、おむつのお尻も、ミルクの匂いも。
そして、その時の、あなたたちの姿を。
だから私は、写真を撮る。
撮影が終わって、労いの高い高いとともに、ママの腕に抱かれた赤ちゃんは、私たちを見ていた。
ここが私の場所なんだと言わんばかりに。
そんな彼女を、全身で受容するパパママの表情が、この撮影において、私がこの家族の中にちょっとだけお邪魔させてもらえたことを、教えてくれた。
撮影中のたくさんの笑顔は、コーディネーターが彼女に干渉してくれて生まれたが、最後に自分がいちばん落ち着くそこに帰った彼女には、干渉することは必要ない。
私にこのシャッターチャンスを残してくれた、コーディネーターに感謝している。
側にいても、空気を損なわないでいられる存在になれたのなら、こんなに嬉しいことはない。
後は、集中してシャッターを切るだけ。
私がカメラを通して切り取ったこの写真が、パパやママの記憶を美しく焼き付けた一場面であれば良い。
数十年後に、この写真を見て、温かな気持ちになれる時間の為に。
だから、わたしは、写真を撮る。
Life Studio No,17
Shinyokohama
photo by Reiri / Coodi by Mai Kobayashi
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