ライフファミリー


Life Family
scrollable

【殿堂入り007】Ballard Family(Kuroki Reiri)

投稿日:2018/6/18

1850 0

 

Rioへの手紙

 

ライフスタジオ、7年目。

と、なれば、長いお付き合いのご家族も何組かいて、

親戚のおばちゃんのような立ち位置で撮影をしていたりします。

 

こればっかりは、長く勤めてるからこそ、かも知れません。

会う回数や時間が多ければ多い程、共有したことや共感が増えていき、

互いに理解をより深めて、その存在を近しく感じます。


では、会う時間や回数を多く重ねた、

たくさんの共有をした相手でないと、近しく感じることはないのでしょうか?

 

毎日「初めまして」の出会いはあります。

今年に入ってから特にですが、

「初めまして」の時から何だか近しく感じる出会いが幾つもありました。

互いに初めて会った筈なのに、

その「初めまして」から心通う瞬間が感じられるような、そんな出会い。

彼との出会いも、そのひとつです。

撮影からはもう、5ヶ月が経ちました。

それでも、彼からもらったブルーの指輪は私のボードに飾られていて、

窓の外の木漏れ日にふと彼の横顔を思い出したりもして、

モニタールームで流れているGuest storyの写真を見る度に、

記憶の中の彼の姿がじんわりと温かく思い起こされます。

何度でも。


その子の名前は、Rioと言います。

春の終わりに、海を越えてライフスタジオに来てくれた男の子。

とても、とても紳士的で、優しくて、ひとを温かな気持ちにさせてくれる男の子です。

最初は、撮影前にFacebookのメッセージやメールで、

ママさんからお問い合わせをいただきました。

海外に住んでいて、今年5歳の男の子の七五三撮影を予約したということ。

その子が、和傘を使って撮影するのを楽しみにしてくれていること。

生まれたばかりの弟がいること。

現地のお友達の間で、ライフスタジオがとても評判だということ。

お友達に勧めてもらって、予約を取ってくれたこと。

撮影のパターンやご希望を伝えてくれて、そのメールには参考に、と、

産院で撮ったという家族写真まで添付されていました。

新規のお客様であれば、

撮影前にお顔を見ることは基本的にないので、

何だかとても新鮮で、

「この子が、今まで文化的にあまり触れていないだろうに、着物を着ることを楽しみにしてくれてるんだな」と、

まじまじと写真を見ながら思っていました。


実際に、スタジオで初めて会った時が、

「初めまして」の瞬間ではありました。

笑顔が素敵なママさんと、スタジオのあちこちに頭をぶつけてしまいそうな程大きなパパさんと、

大きなパパさんに抱っこされた小さな赤ちゃん。

そして、柔らかな栗色の髪をした男の子。

彼が、Rioくんでした。

写真で見たご家族が、写真ではわからない実体を伴って、目の前に現れてくれました。

初めまして、とご挨拶をしたその時に、私たちとこのご家族との、Rioくんとの、直接的な関係が始まります。

「初めまして、今日はよろしくね」

ママさんは、キラキラした笑顔で、

メールでやり取りさせてもらった内容についてお話ししてくださいました。

小さな弟は、すこぶる落ち着いた様子でパパさんに抱っこされており、

パパさんはとても日本語がお上手でした。

「お仕事は、何をされてるんですか?」とお聞きしたら、

「今は、何もしていないよ。妻の家族に、新しい家族を会わせる為に日本に来たんだ。だから今は、仕事をしてはいないんだ」

と仰っていました。

とっても粋なお答えで、無粋な質問をしたものだと反省。笑

そして主役のRioくんは、とても嬉しそうに着物を着付けられながら、

コーディネーターのなっちゃんと色んなお話をしてくれていました。

とても紳士的で、穏やかな、優しい男の子。

その笑顔を見ながら、ご家族とお話をしながら、海を越えて来てくれたこのご家族の、

大切な時間の記録であり、記憶となる写真は、どんなものにすれば良いだろうか、と、考えていました。

 

実際のところ、撮影は、順調すぎるくらい順調に終わりました。

彼は着物を着ることが本当に嬉しかったらしく、

楽しみにしていたと言う和傘も使い、

私たちの声を本当によく聴いてくれていました。

私自身は、「七五三」という儀礼的な型に囚われすぎないように、

彼自身の『今』に集中して、色んな表情を、色んな仕草を、Rioくんそのものを意識し続けていました。

ほんの少し、幼さの残るあどけない表情と、少年的な凛々しさが垣間見える瞬間。

柔らかな髪と少し白い肌も、綺麗な瞳も、

パパさんやママさんと一緒にカメラの前に立つ時の無邪気さも、

弟に見せる兄としての優しさも、

その全てがRioくんという男の子の、本当に純粋な美しさとして、私には映りました。

 

たくさんお話をしながら、彼の表情がくるくる変わるその瞬間、

彼の彼らしい表情の動き方を観察して、彼に相応しい光を探して、彼を撮る。

真っ直ぐに、彼の「今」の姿を、撮っていく。

そんな中でRioくんは、着物を楽しみ、おそろいの服で小さな弟を抱っこしてあげてキスをして、

私たちとお話しして、笑いながら共に過ごしてくれました。

 

Rioくんは、飛行機に2回乗って、バスに乗って来たんだよ、と教えてくれました。

そして、

「あそびにくるときは、ちょっととおいけど、がんばってね」と言って、笑いました。

彼が私たちにくれた、ブルーの指輪は、事務所の私のボードに飾られました。

 

 

Rioくんと一緒にいたのは、その撮影の間の、3時間程の時間でした。

お見送りをして、一緒に撮影に入ったなっちゃんと、

「すごく良い子だったねぇ」

「可愛い子たちだったねぇー」なんて話しながら、数日が過ぎました。

その数日の間、私はRioくんとの撮影のことを何度も思い出し、彼の写真を題材に写真分析を書きました。

今思えば、その写真分析は、ひとつの『存在証明』だったのだと思います。

私が出会ったRioくんという男の子。その子が、私にとってどんな存在であったのか。

カメラのファインダーを覗きながら、私が彼をどう見て、感じ、その存在を表現しようとしたのか。

そうして残された『写真』について分析したその文章は、

私の中の『Rio』というひとりの男の子の存在を、証明するものでした。
 

5月に入ってから、Guest storyと、横浜青葉店のFacebookと、私の写真分析に、コメントが届いていました。

帰国されたママさんからのメッセージは、とてもハートフルで、私の心の琴線に触れるものでした。

特に、写真分析にコメントをいただいたのは初めてのことで、個人的にはとてもびっくりしたのですが(笑)

ママさんからのコメントは、その分析を通して私の姿勢が伝わったことを表してくれていました。

 

以下、ママさんのコメントを少し抜粋させてもらいます。

ここまで色々と考え、思いを込めて撮影してくださっていたことを知り、感激しました(うるっとしてしまいました)。

まだかろうじて幼さが残っているこの時期に、彼のいろんな表情を撮っていただけたこと、本当に嬉しく思っています。

(中略)

確かに「堅い文章」になってしまうのかもしれないですけど、

それでも撮影のときの空気とは違って、またこういう目線で見てくださっているんだ…

というのが伝わってきてまた違う形でいいと思います。

普通はフォトグラファーと客の間にどうしても線があるものですが、

それをこえて「家族への想い」があるということを客側が感じられることってすごく素敵なことだと思います。

やっぱり嬉しいです。こんなに「真っすぐ向き合って」くれていると感じることってなかなかないですからね。

 

自分が真っ直ぐ向き合おうとしていても、それを感じてもらえなければ、目指すところには至っていない。

それはただの自己満足だと、思っていました。

「フォトグラファー」と「お客様」、その線を越えること。

自分にとって、大切なこと。
それがこうして伝わったということ、

それをこうして伝えてくれるということが、何より嬉しく感じられました。

 

それから、もうひとつ。

ママさんが撮ってくれた、撮影中の私の写真が、

自分にとってひとつの気付きをくれました。

当然ですが、撮影中の自分の顔は、見ることができません。

ママさんが、「この写真がすごく好きなんです」と言って送ってくれた写真には、

カメラを持ってRioくんを見る私が写っていて、

それは、とても、幸せそうに見えました。

自分のことなのでちょっと恥ずかしいのですが(笑)

私は、本当にちゃんと、写真が、撮影が、好きなんだなあと、

客観的に見て確認することができた瞬間でした。

案外良い顔をして、仕事をしているんだなあと。

 

大人になると、本音と建前というものを使い分ける場面が多くなります。

本当はそうは思っていないのに、そう思っているかのように行動すること。

いつだって本音だけで生きていくのは難しいことは明白で、

勿論、私も幾つも思い当たる節があります。

 

それでも、『想い』と『行為』が分離した状態であることは、

完全に割り切ってしまえる程器用な人間ではない私にとっては、

なかなかバランスを取れないとのようで、

しょっちゅう「顔に出てるよ」と怒られたものでした。

そんな私が、自分自身の写真を見て、自分が今『一致』していること、

矛盾無く『想い』と『行為』を体現できていることを、教えてもらえた写真でした。


その後、ママさんからはFacebookや個人blogへのコメントを通して、

幾つかの交流が続きました。

私も、教えてもらったママさんのblogをたまにのぞいては、

子どもたちの成長を陰ながら見守っています。笑

(新生児だった弟くんのぷくぷくな成長っぷりと言ったら……!!!!)

何より嬉しかったのは、私のプロジェクトに参加したいというママさんの言葉でした。

 

blogのコメントを何度も読み返し、こんな嬉しいことってあるんだ???と、

不思議な心持ちでさえありました。

 

 

(中略)
実は、本当は七五三等、特別なときにだけお願いする予定だったのですが…

Reiriさんに初めてお会いしたときからずっと私はReiriさんファンで(笑)、

そして早く会いたくて、また来年の夏、お願いしようかなと思っています。

大好きな人の写真で子供たちの成長を毎年残していくのも素敵だなと思い、

毎年のイベントとして、写真を撮ってもらいたいなと思っています。

そしてプロジェクトに参加できたら嬉しいなぁと思ったのです(笑)。

また来年、きっとお願いすると思いますので、

そのときは宜しくお願いします!

 


この時、『存在証明』が相互に成されたことを感じました。

私の中には、『Rio』という男の子と、そのご家族の存在が温かく記憶されています。

そして、このご家族にとっても、自分の存在が記憶されていることを、知りました。

例えばただの撮影者として、お客様として、

互いの存在を通過していくだけのものとして認識することもできます。

真剣に向き合って、考えて、想いを残そうとか伝えようとか表現しようとすることは、

労力を伴うことです。労力を伴わせて、それでも思ったようにはできないことも、

伝わらないことも、たくさんたくさんあります。

でも、それでも良い。そう思えるかどうかが、私にとっては重要なことでした。

それは、私の姿勢表明であるのだから。


人間的にはとても不器用で、自分に自信が持てずにいるのが、『私』です。

でも、写真を通してなら、撮影を通してなら、自分の中に揺るがない強さを持つことができます。

(…いや、たまに、揺らぐ時もありますよ。そりゃまあ人間ですからね)

今年に入って、自分のプロジェクトを持って、ひとに向き合う時の意識を強く持つようになりました。

そして、それを幾つもの言葉で規定してきました。

幾つもの労力を伴わせながら、それを規定していくことで、

自分の中にひとつ、またひとつと「これが私の強みだ」と言える根拠を積み立てていくことをしています。

その過程で出会った、このご家族に対して、私は自分の姿勢を見せながら向き合いました。

だからこそ、このご家族の中に、『私』という人間の存在を、感じてもらうことができたのかも知れません。

人間臭さみたいな、不完全で、アンバランスで、でも温度の感じられるもの。

それが私の強みであって、それが彼らの中に熱を持って残っていることを、私も感じることが、できました。


「早く会いたくて」……私も、そう思っています。

飛行機に2回乗って、バスに乗って、海を越えて会いに行きたいくらい。

 

もらった指輪を付けて、なっちゃんとふたりで、青葉店の玄関のドアを開けて、

「お久し振りです!!」と挨拶する日が、待ち遠しいのです。

 

 

 

▼Reiriさんのブログはこちらから

ReiriさんのBlogには「はじめまして、はじめました」というタイトルで

初めて出会う家族との共有したその日の思い出が記されています。

そして「はじめまして」は続く。

というタイトルでもはじめましてから作られた関係が、

2回、3回と形作られていく過程をその時の写真や想いと一緒に

書き綴ってあります。

 

私たちの想いを大切な家族へと届けるために、

自ら発していくReiriさんのブログ、

ぜひお読み下さい。

 

 

 

この記事をシェアする

美しさを表現し、思い出を記録する、楽しい遊びの空間

人生の写真館ライフスタジオという名前に込めた想い。
それは、出会う全ての人が生きている証を確認できる場所になること。
家族の絆とかけがえのない愛の形を実感できる場所として、
人を、人生を写しています。

撮影のご予約はこちらから

スタジオ予約

お役立ち情報をお送りします

新規会員登録

Official SNS

  • Instagram
  • sns
  • Instagram
  • Instagram