殿堂入りHall of Fame

【殿堂入り004】Sekiguchi Family(Kuroki Reiri)

2018/6/8

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彼女自身に、初めて名前を呼ばれたのは、

2歳のクリスマスの撮影の頃だったかと記憶しています。

「がきさん」と呼ぶ、まだ舌足らずな声に、

「あの時の赤ちゃんが、こうして私の名前を呼んでくれるようになるのか」と感慨深くその声を聴きました。

初めての撮影の時、写真をblogにUpして、パパさんママさんからコメントをいただきました。

そのお返事に、『大きくなったあーちゃんとおはなしできる日を楽しみにしています』と書きました。

毎年、年に2回の撮影を繰り返しているうち、

何だかあっという間にその日は来てしまって、今となってはもはや、

「がきさん、あやののことすきだからなぁ~」とにやにや笑う、立派な小悪魔っぷり。

その愛らしい顔に似合わないけたたましい笑い声を上げながら、

スタジオ中を駆け回る彼女を追いかけながら、

6年分の記録を、記憶を、思い出していました。


初めまして、は、浦安店でした。

当時は海外に単身赴任中だったパパさんの為に、浦安店の青い玄関の前で、

パパさんとBabyの2ショットから撮り始めた、私と、このご家族との、始まりの1枚目。
 

そこから今に至るまで、まさか11回もの撮影をして

、825枚の写真を撮らせてもらう関係になるとは、当時は知る由もなく。

カメラマンデビューしたばかりで、まだまだ経験も技術もなかった私が必死で撮った75カット。

技術的には拙く、粗削りな写真たち。

それでも、パパさんママさんにとって、それは大切な、本当に大切な記録になったのだと思います。

このお休みが終われば海を隔てて離れてしまうけれど、

その距離を超えて、愛しい家族の存在を側に感じられるような、

そんな写真を残したい、という想いだけは、強く、強く持っていました。


結局、私の武器は唯一それだけなのです。

技術的に秀でたカメラマンではありません。

何か特別な社交術を持っているわけでもありません。

ただ、想いだけがありました。

『あなたたちが大切に想っているものを、私も大切に写真に残したい』。

私にとって、ひとの写真を撮る、家族の写真を撮るということは、ただただそれに尽きました。

その気持ちが、想いが、強く反映されたのが、彼女との初めての撮影の時だったのだと思います。



その後、パパさんからもらったメールには、初めてのライフスタジオで、

私たちが撮った写真がいかにパパさんにとって大切な家族の記録になったかを、丁寧に綴ってくださっていました。

そして、また次の撮影をお願いしたい、と。

1歳半の撮影の時は、あまりに可愛いサンタクロース姿に大興奮して

クッションとバスタオルでサンタが背負うような「袋っぽいもの」を作って撮りました。

2歳の誕生日撮影ではちょっと熱があって、妙なハイテンションのあとコンディションが崩れていきました。

今となっては恒例の、バースデーケーキのお持ち込みも、初回はこの時だったかと思います。

2歳半の撮影で、異動した私に合わせて新横浜店まで来てくれて、3歳の七五三では横浜青葉店で着物姿を撮りました。

 

着物を着ることが嫌だったようで、久し振りに泣き顔を見ました。

本当に可愛い女の子なのに、笑い声はげらげらとけたたましくて、話す言葉も一人前。

周囲からは『34歳の女の人が中に入っているんじゃない?』と言わしめるおしゃまっぷり。

4歳の時のことも、5歳の時のことも、覚えています。


最初はひたすら気持ちだけ。

2回目や3回目は、前より良いものを残さなければ、

前とは違う写真を撮らなければ、と思っていました。

技術的な部分の試行錯誤もたくさんして、挑戦も失敗もして、

やがてだんだんと、小手先の技術を駆使しようとするよりも、

『想い』の部分に戻っていきました。

いつだって、最初に思い出すのは、初めて会った時の彼女。

目の前の彼女に、これまでの面影を幾重にも重ねて見て、

その変化を感じて、彼女がどんどん深くなる。


笑顔も泣き顔も見ながら、

つかまり立ちがやっとだった彼女が歩いて、走って、くるくる回って飛び跳ねるようになって、

どんどん活発に、時にわがままに、

『自分』という存在を表していく。

その過程を記録し続けた、825枚の写真。

彼女の為に、写真が上手くならなければならないと思い、

半年間の自分の全てを注ぎ込んで彼女を撮影して、

そしてまた半年後にやって来る、彼女との再会に備えています。

彼女を撮るということは、私のカメラマンとしての存在理由に影響を及ぼす程に、

私にとっては重要なものであり続けています。

こればっかりは、自分が長くライフスタジオにいるからこそ味わえる感覚かもしれません。

ひとりの人が、Babyだった頃から「女の子」になるまで。

その過程を記録し続けたからこそ、目の前の一瞬の価値を、私はより深く感じます。

この瞬間。目の前のこの一瞬が、5年後に、10年後に、

どんな想いをもたらすものになるのかを、私は知っている。

彼女と出会ってからの時間で、私はそれをたくさん、本当にたくさん、教えてもらいました。


パパさんは、最初にもらったメールの時から私の写真を『作品』と言ってくださいました。

ママさんは、私を『親戚のおばさんと化したカメラマン』と言っています。

彼女はずっと、私を『がきさん』と呼びます。出会った時の呼び名のままで。


私は、ライフスタジオのカメラマンです。

『ライフスタジオ』の看板がなければ、彼女たちと出会うことはなかったでしょう。

しかし、彼女たちと出会ったおかげで、『ライフスタジオのカメラマン』だけでいることはできなくなりました。

私は彼女たちにとって、『がきさん』であり、『親戚のおばさん』のようなカメラマンであり、

ご家族の日々の中に名前を持って登場する人間になりました。

そしてもちろん、私にとっても、彼女たちは『お客様』だけでは語れない関係性を持ったひとたちになりました。

 

友人のような、親戚のような、

時にはまるで、家族のような。
 


私に会いに来てくれる、大切なひとたち。

私に、写真の価値を教えてくれたひとたち。

私が撮った写真の価値を、体現し続けてくれているひとたち。

私が、カメラマンであり続けようとする、理由のひとつであるひとたち。

たぶん、これからもずっと。

 

 

 

 

 

 

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