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四街道店
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規定

投稿日:2017/9/30

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最近何かと自分の人生を振り返ることがあります。
まだ人生を振り返るには早いだろとツッコミを入れられそうですが、人生を振り返りながら、自分が思う自分について考えます。
サッカーをやったり、バンドやったり、色んな資格を取ったり、留学したり、リゾートアルバイトしたり、フィリピンにもワーキングホリデーで行ったりもしました。
なんだか、色んなことをやっていきましたが、これらのことに共通して言えることは、「なんとなくで行っていた」です。
基準があるようで基準がない。分かっているようで分かっていない。
それが僕でした。
しかしここ1ヶ月くらい前にこのままではだめだと思うようになりました。
きっかけは先月のフォトジェニックの集計をしているときです。
さまざまな店舗が推薦する写真と推薦ポイントを書き込んでくれていましたが、特に印象的だったのは草加店と下関店のコメントでした。
結論をいってしまえば、撮影者が追求するものに対して自らが「規定」を下し結果として出したことが推薦ポイントでした。
このコメントを見て、「あ、自分は今まで規定をしてこなかった」と胸に何か刺さった感覚がありました。
そういえば昔社長に、「カツは海の上に浮いているペットボトルです。右から風が吹けば右にいき、左から風が吹けば左にいき、風はふかなければ浮いているだけ」
といわれたことがあ ります。
その時は、軸がないから自分だけの軸うまれたらいいなと考えていましたが、今回の規定をすることの発見により、自分の中で、社長の話と規定という言葉がリンクしました。
自分の軸がないのってそもそも自分だけの規定がないからだって。つまり自分だけのルール、基準を定めることによって、自分が何ができて、何ができていないのか。
自分というものを知るきっかけになると思いました。規定をたくさん作りながら自分だけの基準を作り、ぶれない自分軸を作られていくんじゃないのかなって。
じゃあもう僕が進むべき道は決まっています。
脱!なんとなくの自分!
いくぞ!規定創りの道へ!
そして自分軸、KATSUスタイルを作るぞ!!!!
っということで、自分の写真を規定してみました。
今回は「主体と副主体」の規定。
よく自分が上手く撮れたと感じた写真は色んなに人に見てもらいます。
でも、その時によく言われるのが、被写体の瞬間と光を意識して撮っているのは感じるけど、副主体の整理ができていない。
ある人は、被写体と副主体を一致させなければ本当の1枚にならないと教えてくれました。
自分でも自覚していましたが、なかなか主体と副主体の一致というものが漠然としていて分からないというのが僕の現状でした。
しかし僕の中で唯一ある基準「僕が思うあなた、ありのままのあなたを美しく撮る」ということを念頭に集中して考えていった結果1枚の写真が生まれました。
それが今回の写真です。
6歳の彼女はツンデレでした。
ママはデレがないツンツンといっていましたが。笑
彼女は撮影中僕が声をかけてもあえて反応しなかったり、僕にそっけない態度をとったりして、僕を困らせた姿を見て笑うそんな子でした。
素直に気持ちを伝えるのが恥ずかしい子。それが一番彼女にあっている言葉だと思います。
実際に撮影終わりに、僕が撮影空間を片付けているときに後ろから背中をツンツンとして、僕が振り向いた時に急いでどっかに隠れる姿をまだ鮮明に覚えています。
もっと素直になればいいのにと思いながら、また片付けをしようとチラっとたまたま外を見たら雨だった天気が晴れていました。
その瞬間にツンデレの彼女と天気というのが僕の中でリンクしました。
もしかした ら、今だったら自分の納得いく被写体と副主体の関係が分かる1枚が撮れるかもしれない。
そう思い急遽撮影終わりにママに頼んで写真を1枚だけ撮らせてもらいました。(僕撮影はアシスタントで入っていました)
テーマ「心の変化」
彼女のツンデレという性格。
本当は甘えたいのに素直に甘えられない。
でもやっぱりママの前では作っている自分がどんどんはがされて、本当の姿を見せていく。
この表現をそのまま副主体に当てはめました。
最初は雨だったのが晴れた。
それは彼女の心を表しているかのように。
実際に写真を撮ったときは雨がやんで晴れていたので、あえて、傘をもってもらい、傘と植物にホースで水をかけました。
また水滴の反射と逆光を利用して雨上がりを表現し、ママは明るく、子供を暗く写すことにより、これからの未来を連想させました。
結論、副主体は被写体という主体をより引きたたせる構成要素でなければならず、写真をデザインさせる要素でなければならない。
そのためには被写体を観察し、どういった視点で、どういった側面を残すのか明確にすることで、副主体の整理とデザインをすることができる。
という答えが出ました。
またこの写真を撮り発見もありました。
被写体の色んな側面を見て、シャッターを切るだけでなく、自分自身に新しい知識、情報を身につけていかなければ、ただその被写体となる人物を撮っているだけになってしまう。
その子にあった写真を撮るために・より深く被写体に入るためには、たとえば今回の撮影でいうのであれば、そもそもツンデレとは何か。なぜそうなってしまうのか。どう解決するのか。
自分の中に知識があればもっとちがった表現ができたかもしれない。ただツンデレと知って、ツンデレを撮るのではなく、そこに隠れたもっと何かを写すために僕は知識と情報を学んでいかなければならない。
そう感じました。
急な撮影を快く引き受けてくださりありがとうございました。
また会える日をお待ちしています^^

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それは、出会う全ての人が生きている証を確認できる場所になること。
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