Photogenic
湘南店
- 黄昏に生きて -
投稿日:2018/8/20
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“Certainly it seemed like wings growing off the children's backs.
Proof was that their feet hardly touched the ground.”
たしかに子供達の背中には翼が生えているのだろう
その証拠に、彼らの足はほとんど地面に付いていないのだ
〜 “The November Sanatorium” より〜
◆◆◆◆◆
近付く事ばかり、考えていました。
写真撮影をコミュニケーションツールの一つであると写真家なら誰もが言うように、
私もまた相手をよりよく知る事、そして自分をよりよく知ってもらう事を大事にしています。
もし撮影を通して目の前の人間と最後まで「繋がった」感触を得られなければ、フィルムに写った如何に関わらずそれを成し遂げたと言う事は出来ないでしょう。
もちろんそれは相手が大人であっても、赤ちゃんであっても同じです。
そんな私は撮影前のおしゃべりが人一倍多く、一緒に入るコーディからツッコミを受ける事もしばしば。
ゴツゴツした真っ黒いカメラで顔を隠してしまう前に、目と目を合わせて楽しく,そして誠意を込めてお話ししたいのです。
そうしたコミュニケーションの中でリラックスしてくるにつれて、人は表情、声、手足の仕草。一つ一つのディテールにその人の人生が再び宿ります。
その時こそが人が最も輝く魅力的な瞬間であり、また撮影者にとっては、一番の悦びを感じる瞬間なのです。
ある夏の午後。
この日の撮影も楽しく盛り上がり、普段であればもっともっとと距離を縮めて行くところですが、
今回はとある考えから、あえて身を潜め子供達の様子を遠くから覗き込む事にしました。
私達が直接ポーズの指示をするのではなく、子供達のより自然な姿が見てみたい。
未分の時代に見せる、儚さと神秘性。
遠くては見れず、近付けば壊れてしまうような、大人の手の加わらない子供達本来の世界の一抹。
私達が作り上げた大人の世界と、そのレイヤー同士が重なりつつあるのを感じた私は慎重にカメラを構えます。
スコールが上がり、広い部屋に午後の優しい光と爽やかな風が満ちてきたその時。
私はその様子を、その空気そのものを、一つの「風景」として写真に収める事に成功したのでした。
◆◆◆◆◆
写真の分析について
◆コンセプト
このお仕事を長く続けていれば往々にして問われる主題でありますが、もし自分の写真を一言で現すとしたら、それはダイナミズムを伴うドキュメンタリズムでしょう。
私は下の二つの試みから、いくつかのポートレートの呪縛から解放される事を目指しました。
◆瞬間
今回の写真のテーマは子供達の持つ神秘性でありますが、本来見えないはずのそれを写真という媒体に炙り出すのは至難の業です。
それぞれに生きる大人の世界と子供の世界。多次元空間におけるそれぞれのレイヤーの統合、その誘導と記録。
それゆえ今回の一枚が人物写真なのか、或いは風景写真なのかと問われれば非常に難しい境界でありますが、少なくとも当該写真において子供達の弾ける笑顔は実は僥倖の副産物であり、真に主役を張るのは地に着きそうで着かない、この足たちなのです。
チャンスは一瞬。私は表情ではなく、足の跳ね上がるこのタイミングを見計らってシャッターを切りました。
◆空間
空間の限られるスタジオでは、沢山の子供達が天真爛漫に走り回る姿を広々と撮るのは容易ではありません。
今回は瞬時の判断を要しましたが、レンズの選択と小物の配置の工夫によって、奥行きと開放感を演出する事に成功しました。
部屋に回る光は均等に当たる事で全体をまとめあげつつ子供達を浮き立たせ
近すぎず遠すぎない被写体との距離に、子供達への憧れとジレンマが現れます。
衣装の色は、彼らを包み込む空間に対して浮きすぎず溶け込みすぎずのギリギリのラインで調和。
これらの絶妙なバランスにより画面内に多くの要素を残しつつも整然と並べられ、風景写真としての条件を整える事に成功したのでした。
◆◆◆◆◆
仲良し3姉妹は、秘密の言葉で話す
ソファの陰で、内緒の小部屋で
近付こうとすると、優しく笑って逃げてしまう
蜃気楼のような夏の幻
草陰に隠れ、こっそりカメラを向けた
雨上がりが作る、ある午後の奇跡
-あなたのいつかの日のために-
No.24 Lifestudio Shonan
Photo by Hisho Morohoshi
Coordi by Akimi Yoshikawa
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