PhotogenicShonan

『 私の文芸座 』

2018/4/29

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No.24 Life studio Shonan
Photo by Masashi Kuroki
Codi by Akimi Yoshikawa
 
 
今から20年ほど前の話になりますが、私は映画の専門学校に通っていました。
当時の仲間達とは毎日、映画や音楽の話で明け暮れる日々でした。
映画監督や脚本家そしてカメラマンや音声など、皆で夢や野望を語り合ったりしたものです。
その頃、旬だった映画は岩井俊二監督の「スワロウテイル」、クエンティン•タランティーノの「パルプフィクション」、ウォン•カーウァイの「恋する惑星」、リュック•ベッソンの「レオン」などがありました。
そんな映画を観ては皆であ〜だこうだ言っていたもんです。
当時は勿論の事ながら今ほどインターネットの普及もしておらず、観たい映画があれば毎週のように映画館へと足を運んでいました。
その映画館の中でも極めて印象に残っている映画館があります。
それは池袋にあった「文芸座」という映画館です。
現在は新•文芸座としてある所だと思いますが、そこは、他で一度上映し終えた映画を二本立てにして料金は一本分というものでした。
学生だった私達には学割も効くということで更にお得なものでした。
しかも、現在のように人の入れ替えなどが無かったため、二本立ての映画を更にもう一回観る事も可能でした。
だから朝から行って外に出るともう夜になっていることもしばしばでした。
そして更に映画を観て終わりではありませんでした。
通路と外にあるショウウィンドウの中には劇中のモノクロ写真が飾ってあり、それをこれでもかと食い入るように観て閉館と共に帰りました。
 
その帰り道、何とも言えない満足感と共にいつも疑問に思っていた事がありました。
それは「映画を観ている時と写真を観ている時の感覚の違い」です。
共に感動や興奮があるのは一緒なのですが何かが違う。
当時は何かが違うけどどっちもいいよなぁ程度で済ませていました。
しかし私は今このライフスタジオという場所で写真を撮り続けたことで再度、その疑問と向き合う事になりました。
私達は毎回75枚のストーリーを写真に納めています。
もしくは75枚の写真でストーリーを作っているのかもしれませんが、撮影を終え、ご家族と共に写真を観ている時に時折「あの日の感覚」に戻るのです。
そして映画を見終わりショウウィンドウの写真を観て思った疑問が甦ります。
「映画と写真」
私は今、こう感じています。
映画は二時間ものであればその一瞬も見逃してはならないもの。
そして写真とはその全てを一枚に凝縮するものだと。
ある意味当然な事かもしれませんが、私達の写真は一部抜粋ではなく一枚に凝縮するものなのだと思っています。
 
一時間の撮影中がリアルタイムな映画であり、そこに残された一枚一枚はそのシナリオの決まっていない映画、つまりはその人の人生の縮図なのかもしれません。
写真にはその人の歴史を残せる力があります。
 
私にとっての写真像というものは、その人がどのように生まれ、愛され、苦しみ、泣き、笑う、そういった「生き様」を写したもの。
それは即ち「リアルな現実」であり「ドキュメンタリー」。
 
 
あの日、食い入るように見続けた写真。
あの写真、あの感覚は今の私にとってとても大きな軸となっています。
 
 


                                「文芸座よ、ありがとう」














 

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