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新百合ヶ丘店
私たちが一番幸せな瞬間
投稿日:2011/9/15
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討論をしたり会議をしてみると必ず登場する単語が‘幸福’ではないだろうか?
だが、私たちは‘幸福’を定義することは非常に難しいというジレンマに陥ってしまう。
‘現在の私は幸福だろう’という自己満足的な返事で片付ける理由もそれに対する解答が分からないためだ。
現代社会はイメージの時代だ。
それで人々は幸福を感じるよりは他の人々に幸せだという事を見せる事にさらに執着する。
それでなおさら内面的にむなしくなり、その空っぽの感じを埋めるためにより一層強迫的に幸福に執着することになる。
簡単に幸福だと感じながらも悲しいかなすぐ消える感情…
花火が消えた後闇がさらに濃厚に感じられるように強烈な感情が消えたらさらに深いむなしさが襲撃する。
幸福と快楽の境界線を忘却しながらだ。
幸福は見せるためではないとする。
他の人々がどのように見ようが私が幸せだと感じることが優先されなければならない。
[ロンドンタイムズ]で一番幸せな人に対する定義を読者から募集して順位を付けたという。
1位-砂の城をちょうど完成した子供
2位-赤ん坊を入浴させたお母さん
3位-細かい工芸品を作った後口笛を吹く木工
4位-難しい手術を成功裏に終えてちょうど生命を助けた医師
この結果を見れば私たちが本当に幸福を感じる瞬間は私がしなければならないことをやり遂げた瞬間、
あるいは私が他人に重要な存在であることを感じる時だ。
物質的な幸福に飼い慣らされている私たちだが結局、物理的であることは上位幸福の手段に入らないということだ。
小さくてささいなことだが自身にあって重要なことをやり遂げること、
そして人間関係から来る存在感を確認した時私たちは幸福。
それが真に私たちが追求する‘幸福’ではないか?
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