Staff BlogKokubunji

ジョン
国分寺店

joung

2000年11月日本に来日。
2007年にライフスタジオの代表、李社長と出会い写真業界に入る。
2009年に現在の会社を設立。
lifestudio kokubunji 店open, 
写真日和原宿スタジオ、
Beyondbiyoriレンタルスタジオ運営

*座右の銘は「正射必中 」
 人間の条件として、「labor労働、Work仕事、action活動」が必要だと思っている。
*趣味はボクシング

生涯学習という概念をライフスタジオで再認識し、44歳で大学院入学
「早稲田大学院政治学研究科ジャーナリズム専攻 2020年3月卒業。
現在はフリージャーナリストとしても活動中。

記録としての写真の価値

2020/3/8

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先日は父の命日だった。


二年前の今日、羽田空港に向かう電車の中で父親がなくなった事を弟から連絡をもらった。

外国に住んでいるとこういう時には不便な事になる。

親の最後を見届けないと親不孝だと言われているが、現実的にそういう事ができるひとは少ないだろう。

 

プロフィール撮影を多くやって来た私は、「撮影した写真を遺影写真で使わせて頂きました」という

感謝のメッセージをもらう事が増えている。

しかし、私は父親の最後の晩年の姿を写真で残さなかった。


持っている写真も全部若い時の写真しかない。

この写真の親父は何歳の頃だろう。

今の私よりも若い30代の姿かも知れない。どこの写真館で何の目的で撮影したのも知らない。

私が中3の時に両親が離婚をして離れた期間が長いので晩年の親父の記憶はほとんど残ってない。

私の中ではその時に時間が止まっている。

だからこの写真にそんなに違和感は感じない。

親の最後の姿を記録している友人の写真家は多い。

彼らの作品をみる度に、親父の晩年の写真を撮らなかった事を後悔する。


色々あって、最後に会った時も本音を伝える事もできなかった。

何十年ぶりに再会して、末期の癌で闘病生活をしている姿にカメラを向くことができなかったし、

時間を取り戻そうとして思春期の時のように親父と喧嘩をして別れた。

自分が写真の仕事をしているのも伝えてなかったかも知れない。

会話の内容も記憶が曖昧になっている。



最近、大人になりづつある息子の姿で親父の影を発見する時がある。

それは息子も他の家族も知らない、私だけ感じる事だ。

良い所も、悪い所も、やはり遺伝するようだ。

 

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