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世界を楽しくみること

2018/11/16

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小さい頃は世界が楽しいものだった。

なんでも興味の対象になり、好奇心がおさえきれなかったからだ。

結果というものがなんであれ、いろいろと挑戦し、過程の中で自分を知っていった。

成長と共に、自分を通して世界を知った気になり、好奇心は少なくなっていった。

カラーからまるで、モノクロの世界に戻ったような感覚だ。

幼き子をみていると、世界を見る時、カラーに見えていた頃の私を思い出す。

好奇心で溢れた世界だ。

雨の日の景色は、いつもとは違って見える世界。

 

それは、モノクロの世界というよりもカラーの世界だった。

雨の日にしか履けないピンクの長靴。黄色いレインコート。幼き頃の私は、雨の日を待ち遠しく感じていたのだった。

 

今では、面倒に感じる雨の日。それは子供たちにとっては楽しい日になるのだろう。

そういう気持ちでこの写真を撮影した。

小さい子のしぐさ。それは、なにか一生懸命取り組む仕草が見えてくる。体が小さい分、なにかをやることは大変だからだ。

手に何かをつかむしぐさであれば、1歳ならば、ご飯を食べるしぐさなどが思い浮かぶ。

口に向かい、まだあどけない手で一生懸命口へと運ぶ。そんな仕草をみていると、自分がなくなってしまった部分を知ることができるのだ。

自分の傘を引きずる彼女の姿は、雨の日の世界の楽しさを教えてくれる仕草であった。

傘を引きづりながら歩くと石に傘がつまずきながら、雨の道を作ってゆく。

晴れの日には見えない景色だった。

 

子供の撮影を12年しながら、いつも思うことがある。

世界は、まだ好奇心で溢れている。自分の視点を変えれば、世界も違ってみえるのだ。

小さい子供は、そんなことを教えてくれるのだ。

撮影はいつも発見でいっぱいだ。

世界を楽しくみることは、世界を楽しく表現できることなのかもしれない。

世界を違った視点でみていけば、忘れかけていた楽しい世界をまた知っていくからだ

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