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【写真分析】見るは法楽ワン
投稿日:2017/8/31
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Yokohama aoba
Photo:gomei
Codi:Itou
彼女は3姉妹の次女でした。
実は数か月前に3番目の妹ちゃんの撮影を横浜青葉店で行っており、今回はハーフ成人式でのご来店となりました。
一見恥ずかしがりなのかなとも思いつつも、元気に受け答えをしてくれる女の子でした。私が最初に感じる印象は、元気な女の子です。
それは誰が見ても感じるものであり、また不確定な認識にすぎません。
本当はどうなんだろう?本当はこうなのでは?
自分の認識に根拠を持つために、彼女を確りと見ます。
勿論そのために会話という行為も存在します。
言葉のキャッチボールをしながら、自分の考えと彼女の考えを出し合ってゆくうちに、だんだんとお互いが警戒心を解いてゆきます。
どんな話をしたのか。
一語一句までは覚えていないのですが、多分私のことですから、あんまりたいした話をしていないのではないでしょうか。
そんなやり取りを行っているうちに、彼女は笑うのを我慢できなくなっていました。
一つ、関係によって壁を超えたのではないでしょうか。
■概念に対する話
美しさとは何か、それはカメラを握るので毎日考えます。
一眼レフで撮る時も、携帯電話で撮る時もいつもシャッターを切る前には一度考えてしまいます。
美について少し調べてみると、価値観念、価値認識の一つであると記されていました。
簡単に考えると、人によって価値観って違うよねという事です。
その人がどう感じるのか、それに尽きてしまいます。
姿かたちが美しいという事については、ある程度の普遍性があるかもしれません。
勿論、規定をする事は大変困難な話になりますが、もしこの形式的な美しさが各人バラバラならばダイヤモンドの価値をどのように決めましょうか。もちろん希少価値も関係してきますが。
それで私がこの写真で撮りたかった物は、現象から見る事の出来る内面の美でした。
では、あなたの求める美とは何?と聞かれると弱ってしまいます。
人によっても持っている者が異なりますし、私自身もそれをキャッチできるアンテナがそんなに長けているわけでもありません。
でもその人の美が見えやすくなる、方法はあるのかもしれません。
自分の認識しているイメージと、異なるイメージでの撮影を敢行する事で、彼女の特性を美しさという要素に近づけるのではないでしょうか。
私は固定概念を壊した先に、美しさがあるのだと信じているからです。
■技術に対する話
ここでの撮影は割とします。
しかし中々私的にバチっ!とはまる写真に巡り会えていなかったことも事実です。
まず、ここで撮る理由は、奥の緑をほぼ解放気味で撮ることで、光の玉と緑色だけが写るようになるのでスタジオでの撮影よりも、より被写体を際立たせててることができます。
そして玄関に立ってもらうことで、基本的には被写体奥から入ってくる光、つまりは逆光やサイドからの光が包み込んでくれるような演出をしやすいということです。
しかしいつも嵌らないということは、なぜかと言うと被写体から貰ったイメージによって設定が変わるからです。
私達がいい写真という認識をするためには、私達なりの基準が必ず必要になりますね。
相手の情報、撮影を取り巻く状況、自身の概念、それらをまとめて適切に設定がする技術をもち、これらを一致させた写真が良い写真ではないでしょうか?
つまりは、毎回同じ設定はありえないのです。
今回は前途したように、イメージを逆につくってみます。
彼女の元気で天真爛漫なイメージを壊す決定的な要素は、彼女のドレスの形状でした。
チューブトップのドレスの上に来た網目の服から見える背骨のラインをまずは綺麗にわかりやすくすること。
そのために大きくカメラに背を向けてもらい、そこから肩を見てもらいます。
体がねじれるようになりますので、褐色の肌にグラデーションが生まれました。
ポージングの形は作られましたので、あとはどのような表情か。
なんとなく漠然としたイメージはあったのですが、色っぽいということです。
何が色っぽいのかわからなかったのですが、なんとなく探りながら撮影をすることになりました。
彼女はゲラゲラと笑うので、ちょっとの事でも笑い崩れてしまいます。
なんとなく彼女に無理を強いりながらも何カットも同じような写真を撮ります。
なんとなく画角を変えようとした瞬間に、ふとこの表情がでました。
なんとなく我慢する技術もあるのかな?なんて感じました。
■意味に対する話
普段からも写真から感じることはものすごく多いですが、この写真をもって気付けた事は、芯と固定概念は表裏一体ながら、固定概念はつくづく自身には枷になるなと感じました。
今回は被写体の美という題材をもち、話されましたが凝り固まる前に壊したい。そんな自分自身への欲望に気がつきました。
写真は相手を写すと同時に、自身を写します。
相手の要素に気づくように、自身の要素に気づきます。
他人は自分を写すが鏡と言いますが、ポートレートは人を撮るわけですから、変わらないなと思います。
だから写真を撮って何も感じないときは、人にも自分にも興味が薄れてる時期ではないでしょうか。
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