Staff BlogYokohama Aoba

Natsuko
横浜青葉店

高川夏子

こんにちは!
横浜青葉店のなっちゃんです^^

3歳頃から大人になるまで絵を描く仕事に就くのが夢でした。絵で勇気やあたたかい気持ち、元気を届けられる人になりたいな~と思っていました。

いつからか夢の形は変わっていき、
今は写真でそんな想いを届けられる人でありたいと思っています!

ツールが変わっただけで、夢や想いは変わってないんだなぁ、と最近しみじみ思っています。笑

写真と子供と漫画とももクロが大好きです!
おすすめな漫画などありましたらぜひ、教えてください^^笑

嫌われる勇気⑦第4夜

2019/1/5

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◇個人心理学と全体論

 

・アドラー心理学の正式名称は「個人心理学」

→ここで言う個人(individual psychology)は、これ以上分けられない最小単位を指す

→理性と感情、精神と身体、等の二元論的価値観を反対

→理性と感情も、一体の物であり、ひとつの全体

→感情だけが独立して動くことはない

 

・↑このように、人間をこれ以上分割できない存在だと捉え、「全体としての私」を考えることを「全体論」と呼ぶ

 

 

 

◇対人関係のゴールは「共同体感覚」

 

・課題の分離は、対人関係の出発点

→対人関係のゴールは「共同体感覚」

→幸福なる対人関係のあり方を考える、もっと重要な指標

 

共同体感覚とは、他者を仲間だと見なし、そこに「自分の居場所がある」と感じられること

・共同体とは、家庭や学校、職場に始まり、地域社会…など、範囲は無限大

 

 

 

◇なぜ「わたし」にしか興味がないのか

 

・共同体感覚を理解するには、社会の最小単位である“わたしとあなた”を起点に、自己への執着他者への関心に切り替えていくことが必要

 

自己への執着とは、「自己中心的」と言い換えられる

・課題の分離が出来ず承認欲求にとらわれている人も、自己中心的と言える

→他者は自分のことをどう評価するのか

→どれだけ自分の欲求を満たしてくれるのか

こうした承認欲求にとらわれいる人は、他者を見ているようで、実際には自分のことしか見ていない

 

 

 

◇あなたは世界の中心ではない

 

・私達は常に共同体の一員として、そこに所属している

共同体の中に自分の居場所があると感じられること、「ここにいてもいいのだ」と、所属感を持っていること、これは人間の基本的な欲求です

 

→学業、仕事、交友、恋愛、結婚、すべては「ここにいてもいいのだ」と思える場所や関係を探すことにつながっている

 

・「わたし」は人生の主人公だけど、世界の中心に君臨しているわけではない

→あくまで共同体の一員であり、全体の一部

 

・自分が世界の中心にいると考えていると、他者は「自分のために何かをしてくれる人」でしかない

→その期待が満たされなかったとき、彼らは失望し、ひどい侮辱を受けたと感じ、「あの人は私の期待を裏切った」などと憤慨する

→結果、仲間を失う

 

・地球儀をイメージして、「共同体の一部である」を捉えよう

→地球儀は世界地図と違って、全ての場所が中心で、全ての場所が中心ではない

→見る人の場所や角度によって、無限の中心が存在する

→「あなたは共同体の一部であって、中心ではない」も同じこと

 

・「ここにいていいんだ」という所属感は、ただそこにいるだけでは得られない

→共同体に対して自ら積極的に、対人関係に立ち向かっていくことによって得られる

→「この人は私に何を与えてくれるのか?」ではなく、「私はこの人に何を与えられるか?」

何かを与えてこそ、自らの居場所を得ることができる

 

 

 

◇より大きな共同体の声を聴け

 

・私達はみな、複数の共同体に所属している

・もし、ひとつの共同体(仮に学校)を絶対視していたら

→学校の中でトラブルに遭遇し、「ここにいてもいいんだ」という所属感を持てない場合

→学校がすべてだと思っているため、どこにも所属感を得られない

→より小さな共同体(例えば家庭)に逃げ込んでしまう

→ここで注目してほしいのは、「もっと別の、大きな共同体があること」

→学校の外にはもっと大きな世界が広がっている

 

・対人関係のなかで困難にぶつかったとき、出口が見えなくなってしまったとき、まず考えるべきは原則がある

「より大きな共同体の声を聴け」という原則

→たとえば、学校の中で傍若無人な教師がいたとする

→人間世界で見れば、同じ「人間」であり対等

→理不尽であれば、異を唱えても良い

 

 

 

◇叱ってはいけない、ほめてもいけない

 

・課題を分離をした上で、どのように互いに協調し合い、協力し合うような関係に繋がるのか

「横の関係」を築く

 

・例えば親子関係

→褒めて育てるor叱って育てる

→褒めてもいけないし、叱ってもいけないのがアドラー心理学の立場

 

褒めるという行為には「能力のある人が、能力のない人に下す評価」という側面が含まれている

→無意識のうちに上下関係をつくり、「縦の関係」となる

 

・褒める、叱る、の背後にある目的は「操作」

→上司に気に入られようとお世辞を並べる、なども操作のひとつ

 

・褒められたい、褒めたいと願うことは、対人関係全般を「縦の関係」として捉えている証拠

アドラー心理学は、全ての対人関係を「横の関係」とすることを提唱している

 

・例えば、会社員と専業主婦

経済的に優位かどうかなど、人間的な価値には全く関係ない

「同じではないけれど対等」

 

 

 

◇「勇気づけ」というアプローチ

 

他者の課題には、介入するのではなく、援助をする必要がある

→相手の課題だと理解した上で、本人が自らの力で課題に立ち向かっていけるよう働きかける

 

・人が課題を前に踏みとどまっているのは、その人に能力が無いからではない

能力の有無ではなく、「課題に立ち向かう勇気が挫かれていること」が問題

 

 

 

◇自分には価値があると思えるために

 

人は、自分には価値があると思えたときにだけ、勇気を持てる

→人は、「わたしは共同体にとって有益なのだ」と思えたときにこそ、自らの価値を実感できる

→つまり他者に働きかけ、自らの主観によって「わたしは他者に貢献できている」と思えること

 

人は感謝の言葉を聞いた時、自らが他者に貢献出来たことを知ります

→褒めたり、叱ったり、他者を評価するのではなく、感謝の気持ちを伝えること

→それが、横の関係に基づく“勇気づけ“のアプローチとなる

 

 

 

◇ここに存在しているだけで、価値がある

 

・誰かの役に立つことが出来ない存在など、存在しない

→他者のことを「何をしたか」という行為のレベルではなく、存在のレベルで見ていこう

→自分のことも存在レベルで受け入れていこう

→存在しているということが、誰かの役に立っている

 

 

 

◇人は「わたし」を使い分けられない

 

・「自分が存在すること」だけで、役に立っているという価値を見出せない

→まずは他者との間に、ひとつでもいいから横の関係を築いていくことからスタートしよう

 

・もし、誰かひとりでも縦の関係を築いているとしたら、あなたは無意識のうちにあらゆる対人関係を縦で捉えている

→逆を言えば、誰かひとりでも横の関係を築くことができたなら、それはライフスタイルの大転換

→人によって、縦と横の関係を使い分けることはできない

 

横の関係(本当の意味で対等な関係)というのは、友達のように振る舞えということではない

意識の上で対等であること、主張すべきことは主張することが大切

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