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柱はどっちに立ってる?

投稿日:2017/10/1

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最近月に1回は兄弟の誰かと飲みに行ったり、遊びに出かける事がある。

その都度、くだらない事で笑って、なんの意味もない事だけど話したり、またこれからの未来の話や、今の話をして意見の違いから喧嘩したり、そのまま無視されたりする。

こんなごく普通の出来事がなぜか楽しいと思うこの頃…

ふと昔からそうだったのかと、家にあるアルバムを見てみると、少しの違和感を感じつつ、昔から変わらないで今まできたんだなぁーと感じた。

そこで、違和感が何かを探ってみたら笑顔が今は自然じゃない‼︎

完璧に撮られるのわかってるから、どの様に撮られるかを意識しながら撮られてるじゃないか‼︎

子供の時の写真と比較すると、子供の時と大人の時の決定的な違いは、子供の時は周りを意識せずに、目の前の人や物と自分が向き合っていて、大人になると周りから見られる自分を意識しているという事だ。

確かに大人になるにつれて、周りをみる視野が子供のときより広くなっていく。周りから自分はどう思われていのか、周りはどうしてるのか、周りは周りは…

次第に私達たちの生活は周りを基準につくられていく。

それは、本当は私はこうしたいけど、周りがこうだからという自分を押し付ける事になり、自分が苦しくなるのではないか。

 

人生は一生に一度しかないとよく耳にする。

 

では、その人生の主体が自分なのか、それとも周りなのかと考えた時に僕は自分であると考える。

だから、よく友達からは自己中だと言われるが、自己中だはなく自分を基準にして生きてるだけだと言い返す。

だって、自己中とは周りの意見を一切無視して、自分の考えだけを通す人であって、自分基準とは、自分の意志を基準に周りの意見を取り入れて、自分と相手の意志を作り上げていく事を言うので、自己中とは違う。

話を戻すと、私達は大人になるにつれてあまりにも周りの目を気にして生活していると兄弟写真を通して自覚した。

だから僕は写真を撮る時、被写体を撮る時、家族写真を撮るとき、兄弟写真を撮る時は、被写体が限りなくこちらを気にしないように振る舞えるように、必要最低限の事しか準備しない、そしてこの一つのものでどう言う反応をするのかという、ドキドキを感じながらシャッターを押す。

この写真は2人に顔を見つめ合うように投げかけたが、2人は見つめ合うのを恥ずかしがらず素直に顔を見合わせ、そして相手の顔をみて満面の笑みで笑った瞬間だ。

見つめあった1秒程の時間が、きっと2人の今までの兄が思う妹と、妹が思う兄の関係がふと現れたのではないかと思う。

大きくなった僕には中々周りを気にせず生きるのは難しいと思うからこそ、写真を撮るときは、どこまでも純粋に周りを気にせず目の前の事に向き合ってほしいと思う。


Photo & Written by Masakuni Kikuchi

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