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Photo 『 上から見る花火 』
投稿日:2015/9/20
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Life studio Yokohama Aoba
Photo by Masashi Kuroki
Codi by Misato Ohashi
「上から見た花火とはどんなものでしょう?」
ライフスタジオでは多くのカメラマンとコーディネーターが日々撮影をしています。
その中には数年間、家族という在り方をファインダー越しに見続けている者もいます。
私もその中のひとりですが、私は「写真館」と聞くと未だに地元の駅前にあった古き良き写真館を思い出します。
私の七五三の写真はそこで撮った一枚だけしか残っていません。
しかもそこに写っているのは鬼のような眼差しでレンズを睨む五歳の僕でした。
当時、着物を着ることが嫌で嫌でしょうがなかった私は長い時間をかけ、ようやく着物を着たそうです。
しかし、撮影に入る直前、七つ年上の兄にからかわれて着物を全部脱いでしまいました。
その時の記憶はかすかにありますが、そうやって残されたたった一枚の写真が鬼の眼差しだったという訳です。
こういったエピソードは父や母の記憶の中だけには残っています。
こういう話を母の口から耳にすると私は時に涙してしまいそうになります。
別に悲しい話でもないのにです。
いわゆる私も「涙腺が緩む歳」になってしまったのでしょうが、私は今この感覚がとても大切なものに感じます。
しかし写真を見ただけではそのエピソードまでは伝わりません。
だからこそ、撮影者となった今、そういったエピソードも何らかのカタチで残せればと常に想い撮影に臨んでいます。
しかし、ここでひとつの「疑問」が立ち塞がります。
その疑問とは「どこまでがライフスタジオの写真なのか?」というものです。
コンセプトの中に「自然な写真」というものも含まれているわけですが、私が思う自然という言葉の中にはやはり「日常」が大半を占めています。
それではその日常を非日常的な場所でどのように写すのか?
そしてどこまでがライフスタジオの写真の「制限」なのか?
その道を歩んでいくためには必要以上の意識と感覚、角度、そして想像力などが不可欠なのかもしれません。
それは例えるならば「上から見る打ち上げ花火」を想像するように。
夏の夜空を彩る打ち上げ花火。
一般的には正面から見るものですが、上から見たらどうなっているんだろう?
花火職人が時間をかけてひとつひとつ作る三尺玉。
その花火は上から見ても必ず美しいはずであると信じ、それを写真に練り込む。
「上から撮っても成立する写真」
そういった意識や想像はライフスタジオだからこそ実現出来る可能性とその制限を広げてくれるのではないかと思っています。
そしてこの探究こそが私が写真を撮る喜びなのです。
そしていつの日か…
この写真が数十年後の彼らにエピソードとして繋がってくれる事を願って。
Photo by Masashi Kuroki
Codi by Misato Ohashi
「上から見た花火とはどんなものでしょう?」
ライフスタジオでは多くのカメラマンとコーディネーターが日々撮影をしています。
その中には数年間、家族という在り方をファインダー越しに見続けている者もいます。
私もその中のひとりですが、私は「写真館」と聞くと未だに地元の駅前にあった古き良き写真館を思い出します。
私の七五三の写真はそこで撮った一枚だけしか残っていません。
しかもそこに写っているのは鬼のような眼差しでレンズを睨む五歳の僕でした。
当時、着物を着ることが嫌で嫌でしょうがなかった私は長い時間をかけ、ようやく着物を着たそうです。
しかし、撮影に入る直前、七つ年上の兄にからかわれて着物を全部脱いでしまいました。
その時の記憶はかすかにありますが、そうやって残されたたった一枚の写真が鬼の眼差しだったという訳です。
こういったエピソードは父や母の記憶の中だけには残っています。
こういう話を母の口から耳にすると私は時に涙してしまいそうになります。
別に悲しい話でもないのにです。
いわゆる私も「涙腺が緩む歳」になってしまったのでしょうが、私は今この感覚がとても大切なものに感じます。
しかし写真を見ただけではそのエピソードまでは伝わりません。
だからこそ、撮影者となった今、そういったエピソードも何らかのカタチで残せればと常に想い撮影に臨んでいます。
しかし、ここでひとつの「疑問」が立ち塞がります。
その疑問とは「どこまでがライフスタジオの写真なのか?」というものです。
コンセプトの中に「自然な写真」というものも含まれているわけですが、私が思う自然という言葉の中にはやはり「日常」が大半を占めています。
それではその日常を非日常的な場所でどのように写すのか?
そしてどこまでがライフスタジオの写真の「制限」なのか?
その道を歩んでいくためには必要以上の意識と感覚、角度、そして想像力などが不可欠なのかもしれません。
それは例えるならば「上から見る打ち上げ花火」を想像するように。
夏の夜空を彩る打ち上げ花火。
一般的には正面から見るものですが、上から見たらどうなっているんだろう?
花火職人が時間をかけてひとつひとつ作る三尺玉。
その花火は上から見ても必ず美しいはずであると信じ、それを写真に練り込む。
「上から撮っても成立する写真」
そういった意識や想像はライフスタジオだからこそ実現出来る可能性とその制限を広げてくれるのではないかと思っています。
そしてこの探究こそが私が写真を撮る喜びなのです。
そしていつの日か…
この写真が数十年後の彼らにエピソードとして繋がってくれる事を願って。
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