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『 ふたりのゆめ 』

投稿日:2020/2/20

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                        No.24  Life studio Shonan

                  photo by Masashi Kuroki  coordi by Mayuko Horio

 

 

                                        みなさんの「夢」って何でしたか?

 

 

私の子どもの頃の「夢」、それは映画監督でした。

小学校の高学年から中学生まで映画ばかり観ていました。

その頃の私にもの凄く衝撃を与えた映画はスピルバーグの「太陽の帝国」とティム  バートンの「バットマン」でした。

この映画を観た時、頭の中で確実に何かがはじけて大爆発を起こしました。

その時は何がどうしてということはよく分かりませんでしたが、今思えばその世界観や色味、配置やフレーミングなどといった「長方形の中に切り取られた世界」に一番執着していたのかなと思います。

そんな自分が今は撮影者として毎日思う存分フレーミングを楽しみまっくているわけだからとても幸せ者なんでしょうね。

 

この、世の中を長方形に切り取るフレーミングですがこのフレーミングによってその世界は「動」にも「静」にも変わります。

変わりますと言うか「動」の写真に撮りたいならこのフレーミングと、そのイメージに合わせてフレーミングする事が出来るということでしょうか。

まず、「動」とか「静」って?って言うことですけど、「動の写真」とは「躍動感のあるもの」で「静の写真」とは「ロマンティック」又は「センチメンタル」と自分の口で言うのは恥ずかしいですがそう解釈しています。

この「静と動」の話は撮影者仲間たちとよく話される題材でもありそれぞれに様々な見解があります。

これは私なりの理論ではありますが、例えば、人がジャンプしようとする瞬間のポーズと着地した瞬間のポーズ、一見するとどちらも少し膝を曲げた中腰のポーズ。でもジャンプする瞬間のポーズは意識のベクトルが斜め上を向いていて「動」の要素、着地した瞬間のポーズはそのベクトルが斜め下に向かっているから「静」の要素。という風にその意識が「静と動」には反映しているのではないかと思っています。

まぁ着地は全然センチメンタルでも何でもないですけどね。

 

静とか動とかさっきから何度もやかましいですがこの二つ、どちらかではなく同居したらどうなんの?って、ふと思いました。

いわゆる「静であり動である写真」。

そんな思いを胸にこの二人にカメラを向けました。

もうその瞬間は私の頭の中でフレームではなくスクリーンの中に二人を入れていました。

中央に集まる二人の意識のベクトル、そしてロマンティックなイメージ。

私はこの時、幼い頃の夢であった「映画」を撮っているような感覚でした。

頭の中で何かがはじけて爆発するような感覚。

 

私はこの感覚を一生絶やすことはないでしょう。

私は自分の人生を形作ってくれた映画に出会えたことに感謝しています。

 

 

ふたりが包む真っ白な光

その光の前に今にも繋がれようとする手のひらの上にはふたりの夢と可能性が浮かんでいるとか、いないとか。。。

このふたりにも、人生を形作る素敵な何かに出会えることを願っています。

 

                       Fin.

 

 

                                          written by Masashi Kuroki  SHONAN 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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