PhotogenicShonan

『 気づくが築く 』

2018/4/29

584 0

No.24 Life studio Shonan
Photo by Masashi Kuroki
Codi by Mayuko Hara
 
 
                    
                      気づくことが築く
 
 
 
私が四十年以上住んでいる街も開発を繰り返し年々その形を変えてきました。
幼少の記憶を辿るとそこに思い出されるのは、私が生まれる以前からあった昔ながらの商店街、駅前の不二家レストラン、バスターミナル横の写真館、田んぼと畑しかなかった場所にそびえ立つマンション郡などなど、変わったものを上げれば切りがありません。
もうここまで来るとこれ以上何をどう変えるのか?もう変えられる場所など無いのではないだろうか?とも思いますが、またこれからもずっと変わり続けていくのです。
なぜなら、「人は変化を好むから」です。
今思えば、変わらなければ良かったのになと、思うことが多いような気がします。
そう思うのもある種、人間の「性」なのかもしれませんが、人々が好むこの「変化」という言葉について考えようと思います。
まず変化ということにはたくさんの種類があります。
• 変化すべきこと
• 変化してはならないこと
• 気が付かず変化しないこと
この中で、変化すべきことというのはするべき理由や対象があるため自ずと変化していくでしょう。
例えば高齢者のために階段に手すりやエレベーターが設置されたりといったような明確な利便性がある変化です。
次に、変化してはならないことというのは、そこに変化してはならないという核心があるのであれば変化をせずその状態を維持し続けるでしょう。
例えば伝統工芸品や歴史のある老舗など。
上の二点はそれぞれ変化するしないの理由が明確でありますが、三つめの「気が付かず変化しないこと」は少々意味が変わってきます。
それは、変化する対象が明確でないがために変化するべきかどうかも分からず素通りしてしまう物事のことです。
その物事とは何か?
それは自分自身の中に存在しています。
例えば人間性や性格といったところでしょうか。
他者に対してあからさまに悪い事をしてしまった場合、人は謝ります。
ですがそういった明確な事が無い限り本来変化しなければならない部分に気づかず一生を終えてしまう可能性があるのです。
それは写真を撮ることにおいても同様です。
いつもの場所でいつも通りに写真を撮る事はそれほど難しい事ではないかもしれません。
ですが、場所はどうであれ撮られる被写体は千差万別です。
私はこの日、第一子をお腹に授かった女性を撮影していました。
そこで撮影の中盤、ある想いが私の頭をかすめました。
それは、目の前にいるその女性は「母になる直前の女性である」という事。
言葉で言うともっぱら当たり前のことなのですが、今まで一人の女性として生きて来て、母になる直前の過程をマタニティフォトという一つのカテゴリーで納めてしまってはならないと感じたのです。
そこで今までとは違う視点から撮影を変化させていきました。
一人の女性と母になる女性を分離し同居させたいと。
そして敢えて小物やポーズなどでの変化ではなく、あくまで被写体自らそれを出してもらえるように。
私はフレームの真ん中に縦の線を引き、分離と同居を意識し続けました。
無機質である光源とシチュエーションを選び、本人に意識をさせない意識をしてもらえるよう進めていきました。
 
私は男に生まれた以上、母にはなれません。
したがってその分離と同居を身をもって感じる事はできません。
だからこそ、感じられない側から感じるように私自身変化を臨みました。
こういった変化は何度も撮影を続けるだけでは気が付かず変化のきっかけもありません。
ですが、そのきっかけはいつでもどこにでも存在していて変化されるのを待っているのです。
変化したと感じているのは自分の中だけなのかもしれません。
写真の中にどれだけ封じ込められたのかも分かりません。
しかし、その気が付かなければ変化のしようもないものに気が付いた事こそが自分自身にとっての大きな変化なのです。
気付くことが築くことでありそれこそが変化の始まりなのではないでしょうか。
 
 
 
 

間もなく、お腹のその膨らみは産声を上げ、その女性は母となります。
次は母となった女性、そして家族としてのカタチを写真に残せる事を切に願っています。












 

この記事をシェアする