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life school :サウスバウンド
投稿日:2011/2/7
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サウスバウンド
奥田英朗
「サウスバウンド」boundには色々な意味があるが、この場合「南向けて」というような意味だろうと思うか・・・。
中野ブロードウェイは上原二郎(主人公)の通学路だ。
担任の南先生からは『学校で決められた通学路を歩くように』とことあるごとに言うが、二郎も五年生以降はずっとブロードウェイを通り抜けるのが下校時の習わしだった。エスカレーターで3階に上がり、マンガ専門店の古本屋に向かう。リュックを床に置き、足の間に挟んだ。もうランドセルは卒業した。クラスの大半がトートバックやリュックを使っている。あしたのジョーを探しながら友人の淳と読みあさる。
『上原君と楠田君。いけないんだー、寄り道しちゃ』と声がかかる。同じクラスメイトのサッサとハッセだ。彼女達は一度家に帰りこれからサンプラザの水泳教室に向かうところだという。六年生になってやけに女子たちが絡んでくることを煙たがっていた。
ゲームセンター前で知った顔にあった。黒木だ。三、四と同じクラスであった。柄が悪く母親はホステスをしていてあまり絡みたくない存在だ。
大好きなコロッケを頬張る。ソースはかけないのがおきまり。ソースをかけるのは田舎者がすることという毎度のセリフを吐き捨てながら中野の帰りに必ず立ち寄るお肉屋さんだ。
二郎の家のすぐ裏手にあるアガルタという名の喫茶店を母さくらが経営している。
母親に鍋を渡された。いいにおいがして中身は魚の煮つけだと分かった。家に帰り仕度をする。家に着くやいなや父親の一郎と税金の督促に来たおばさんが揉めている。『だから、国民をやめる』っていっただろうなどと言葉を吐き捨て、学校など無理に行かなくてもいいからなと父親が二郎の肩をたたく。
二郎にとって学校は遊び場だ。
今度の日曜日にサッサの誕生日会があるということで二郎達も誘われた。何かプレゼントしないとまずいだろうと悩む。誕生日会当日はベージュにコットンのパンツをはき母親が買ってきてくれた紺のポロシャツを着た。プレゼントは淳と相談の上キティちゃんの置物にした。男子が五人、女子も五人の誕生日会。一応人数合わせをしたようだ。食事を済ませ、トランプをし、その後中野公園へ行ってバトミントンをすることになった。グループ交際という言葉が飛び交い心が弾んだ。その時、黒木の携帯が鳴った・・・。公園へ着くと遠くの方にいかにも不良という雰囲気でこちらを睨みつけていた。黒木が呼ばれそしてそいつらと何か話をしているようだ。『上原。お前も金を貸してくれ』どうやら中学の不良カツにたかられて命令されたらしい。そして、二郎とカツと黒木の闘いの日々が始まる。本当の黒木の思いを感じるまで少し時間はかかったが、二郎に対して黒木は同じ釜の飯を食う程の深い信頼関係ができたい事を感じさせる。最後のお別れの時には、ほんとに黒木の気持ちとは逆の行動ぶりに読み手はふりまわされたように感じたが、やっぱりそうきたか!!!と胸をスカッとさせてくれたカツVS黒木(二郎)のシーンではジーンとくるものがあった。
主人公の上原二郎は中野区に住む普通の小学六年生。
しかし様々な登場人物との関係性を保ちある意味幸せな家族に囲まれた激動の日々を過ごすこととなる・・・。
■楠田淳(くすだ じゅん)
二郎といつも一緒に帰るクラスメートのひとり。家がクリーニング屋で将来なりたい職業でクリーニング屋と書いた11歳だ。
■佐々木かおり(あだ名:サッサ)
二郎のクラスメイト。サンプラザの水泳教室に通っている。塾にも通っている。小学校五年生の時から二郎のことが好きだったという。誕生日会を開き二郎を招いたりもした。早稲田通りを渡った静かな住宅街に住んでいる。
■長谷川紀子(あだ名:ハッセ)
二郎のクラスメイト。サッサとも友達で同じ水泳教室に通っている
■黒木
六年四組の生徒。髪を染めた中学生とつるんでいる不良小学生。柄が悪くときどき下級生から金を巻き上げているという噂もある。母親がホステス。親が離婚して母子家庭。根はやさしい。水泳が得意で教室などに通っていなくとも区の大会で学校代表にえらばれたという。
■間宮(あだ名:りんぞう)
私立中学の受験組は揃って学習塾に通いだしている。その筆頭がリンゾウだ。家が医者でプレッシャーがきついらしい。真新しいマウンテンバイクを持っている。
■上原さくら
今年42歳になる二郎の母親。『アガルタ』という喫茶店を経営。
■上原桃子
小学4年生。二郎の妹。学校帰りはアガルタのカウンターでいつも宿題をやっている。
■上原一郎
二郎の父親。税金の督促に来たおばさんが「国民の義務です」と言えば「国民やめちゃおっかなー」と返し、修学旅行の費用が高すぎると、校長との面会を求めて学校まで乗り込んできたりするのだ。職業はフリーライター
■南先生
二郎の担任の先生。一郎に気に入られる。若い女の先生
■上原姉
21歳の二郎の姉である。もう働いていてほとんど家でご飯を食べない。
■向井
印鑑屋の息子。大人を真似た口ぶり。頼もしい存在
■カツ
中学の不良グループ
■アキラおじさん
一郎の家に居候になっていたおじさん。内ゲバで人を殺す事になった。殺す前にカツの腕の骨を折ったりもした。二郎に大事な時計を譲った。
■白井七恵
東京都港区麻布の出身。東京の学校では登校拒否児童だった。
■山下先生
西表島南風小学校の担任の先生
■ベニー
カナダ人。いろんな所を放浪している。島ではアルバイトや彫刻をしている。最後には一郎とさくらを守るようにして爆弾騒ぎを起こす。
■アカハチ
物語の主人公、父親に似た経歴を持っている。たぶん一郎や二郎の先祖。
本の中でも存在感の強かった父一郎は左翼の伝説の活動家で、今は組織とは縁を切り、毎日家でゴロゴロしている。疑問に感じたことには猛然と盾つく父親の一郎を恥ずかしく思っていた。挙句の果てにはサラリーマンは資本主義の手先だからという理由で会社勤めも絶対にしない。家族にとっては問題を引き起こす迷惑この上ない親父だが、右翼化傾向が強まる今の日本において、左翼親父はいまや珍獣であり理想。たった一人で権力者を倒していく暴れっぷりに、スカッとさせられる。最大の組織である国を敵視し、子供には「学校へ行くな」と言い、自分は税金を払わない。
ある日社会保険庁の職員が滞納になっているカネを集金の説得にやってくる。「国民の義務を果たして」という職員に、一郎は「そんなに言うなら日本人ヤメちゃおう」と言い出すしまつ。更には小学校6年生の長男が修学旅行に行く金額が3万8千円もするので、「それだけあればグアムにも行ける。学校は業者と癒着しているのではないか」と校長に会わせろと単身学校に乗り込んで阻止される。これで分かるとおり夫婦は昔過激派だったようだ。
母のさくらも、かつては御茶ノ水のジャンヌ・ダルクと呼ばれた活動家だが、現在は喫茶店を経営しているごく普通の主婦。実家は有名な着物屋を営んでおり裕福な生活をしていたとのこと。
国の存在を必要としないといいはる一郎は年金の督促に来た区の職員ともめたり、修学旅行の積立金が高いと言って学校に乗り込んだりと、家族の迷惑を省みずに色んなところでトラブルを起こす。
ある日一郎の後輩にあたるアキラが上原家の居候となった。そのアキラが内ゲバで人を殺してしまったために上原家は西表島に引っ越すことに。しかし、引越し先の住居がリゾート地の開発用地であったため、立ち退き問題でもめてしまう…
二郎ももう少しで12歳になる。実は二郎はその日を強く意識している。以前、姉が12歳になったら教えたいことがあるのと言われ、その言葉を忘れずに胸に閉まっていたからだ。しかしそれを聞くのももう少し先話になりそうだ。
東京には居づらくなって母さくらは「沖縄の西表島に移住しよう」と宣言して、二人の子どもたちはイヤイヤついていく。沖縄は一郎の先祖が住んでいたところで、ここでも革命運動の闘士だった過去がある。西表島の人たちはかつての学生運動の闘士がやってきたので大喜びする。家族がバラバラになり姉は東京に残ることになった。
そしてグータラ亭主だった一郎は、農耕にせっせと精出すので子どもたちもその変貌した姿にびっくりする。だが二人の子どもたちは転出届けを出しておらず、しかも古民家を改装して住みだしたが、「不法占拠」だとされる。そこに老人ホームを造ろうとする東京の観光業者が乗り込んで来る。島民に温かく迎えられる上原家だが、そこでもまた一郎は観光開発業者を相手に闘うはめになる。
西表の人たちは優しく、年配の女性校長の説得に一郎もついほろりとなって、子どもたちを学校にやらせることに同意する。開発業者は最終通告をして重機でバリケードと家を排除しようとする。夫妻は昔とった杵柄とばかり角材をもって権力と対決しようとする。
主人公の両親が「さくらと一郎」なのだ。最初は二郎が主人公だと思っていたのに、、、。
人間2人以上集まれば組織となり、一旦成立した組織は上下関係を強要してくるのだ。この「組織の生理」を取っ払ったとき、ひとりの人間としての自由とか責任が明確になってくるのである。ただ、組織に属することに慣れた我々一般人からは「変人」にしか見えないのだ。母さくらの存在も面白い。何しろ、そんな親父を愛しており、裕福な実家と縁を切ってまで、南の島でサバイバル生活に賛成したのである。
少し話はさかのぼるが小学六年生の二郎にも「組織」の魔の手が迫ってくる。同級生のいじめっ子が、不良中学生の手先となってカツアゲにくるのだ。要は不良仲間への勧誘である。この組織はわかりやすい。力が強くて残忍なヤツが、弱い者を苛めて搾取するのだ。二郎は、この脅迫に屈することなく敢然と(へっぴり腰)で立ち向かい、彼らからの自由を勝ち取るのだ。父親の話と子供の話がうまくリンクしている。西表島へ渡ってからは、島人の好意に甘える生活となるのだが、こっちの方は島人が「組織」されておらず、個々人が勝手に親切にしてくれるのだ。この無償の好意に対して彼らは誠意を持って付き合い、次第に島の一員となっていく。
ここに人間集団の理想形が示されているのだ!!!
ただし、組織することに慣れていない島人たちはリゾート開発業者に対しても、個人的に反対・賛成を叫ぶだけで一向に功を奏しない。理想系の限界も示されているのだ。
人間のあるべき姿がここには示されているように感じた。それを「子供の視線」で描くことで、ギスギス感を取り除き、本質を見えやすくしている。国、企業、学校、警察、過激派、町内会、家族といろんな形の組織・人間の集団が出てくる。完全自由人の上原一郎氏は、最後には守るだろうと思われた家族(子供)さえ置いて理想郷とやらに出かけてしまう。それも疑うことなく従う妻。人間にとって一番大事なのは、心の底から信じあった個人同士のつながりだということを、微笑のうちに教えてくれたようだ。
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