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photogenic67
投稿日:2014/6/2
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越谷店写真 人に写真に自分自身に深く入っていきたい・・・ 愛するということとは何か・・・。 愛するとういうものが何で、どういう方法でどのような手段で愛を感じ確認することができるのでしょうか?自分という人間がどういう人間なのかということに最近やっと気がつき始めた今日この頃。本当の愛とはどういうことなのだろうかということを深く考えなければいけないという欲が強くなりながらも、正直方法が分からずに目の前の変化に追いついていくので精一杯な自分もいる。しかし、私達は同じ目標をかかげながら同じ屋根の下で毎日を生きている。今この時期に、この環境で、この仲間達とその目標を本気で追い求めていきたいという気持ちも日に日に増していく。だからこそ、様々な経験を通じて自分を知りながら私たちが追求する価値を実現させていきたい・・・。 一人で居ることに耐えられないということ。自分の孤独に耐えられないから相手を求めようとしてしまう自分がいる。しかし、本当は自分自身と深く向き合い自分の孤独に耐えなければいけない。自分の孤独に耐えられるということは、自分で自分を認めることが出来るというように例える事ができる。孤独を愛するということは自分を愛することができるということである。そして、自分を愛することが出来ない人にどうして他人を愛することができるのだろうか?一見それは他人を愛しているように見えても、実は自分を愛してくれる他人を求めているだけで、その人そのものを愛しているわけでは本当にないかもしれない。愛してくれるなら愛してあげる、なんていう計算が愛であるわけがない。だから、上記の問いにあるように、本当の愛について自分自身に対して問い続けなくてはいけない。常に問いを持ち、その問いに対して考え、自分と対話をしていくのです。ひたすら自分自身と語り合うことです。だから孤独というものは決して空虚なものではなくとても豊かなものであるということをもっと実感していきたいと考えています。そうやって本当の愛とは何かを追求していきたい。まずは、自分に問いかけ自我との対話を日常生活の中から心がけて生きたい。 愛情とは何か・・・。 例えば、私たちが犬やネコを飼っていてペットに対する気持ち、それが愛情の原点である。大切で愛おしくて居てくれればそれだけでいい。少し噛みつかれたり引っかかれたとしてもこの子のすることなら許しちゃうんだというように、ペットの全てを丸ごと受け入れて認めること、これこそが無条件の愛情だ。そう愛情というのは無条件であるものである。 「無私の愛」、つまり、私にとってこんな風に得で、こんなふうに損だという計算がいっさい無い愛、相手を丸ごと認めて受け入れることができるのは、そこに「自分」がいないからだ。 では、そこに自分がいないとはどんな状態を指すのか・・・。 「忍耐」とは、自分の意識が忍耐をしなければならないことを創っているのです。 本来、人は、忍耐・我慢をすることなく、いつも、そのままで楽しく、心の中になんの曇りも生じさせずに、サラサラと生きていくことが出来るのです。生きる過程で自分の心を偽ったり、頑固な意識が困難な状況を創りだすというようなことが起って、自分を主張するため、また、相手の生き方を認めないために、そこに意識の歪が生じてくるのです。 従って、その歪みを上手く調整して表には出さずに我慢をしている状態が忍耐と言えるかもしれません。また、思うように進まない状況が生じて自分を否定する意識が困難を創りだし、忍耐を強いられているように感じている人もいるかもしれません。素直に自分の心を観じて、瞬間、瞬間に起きてくることに誠実に向き合うことをしていれば、忍耐・我慢という辛い状況を体験せずに生きてゆくことが出来るのです。つまり、自分を俯瞰的に見ることで自分のあらゆる意識をその空間から解除し、自分の利益を犠牲にしてでも、他人の利得を優先する利他的な状態を指すのではないでしょうか。 では、無私の愛とは・・・。 無私の愛とは、自分を無くして自分以外のものに愛を与えることです。瞬間の出来事で何も考える間もなく行動して、結果、誰かを救済するとか、あるいは、それしか選択の出来ない状況で、決心して、自分の存在を考えることなく他者を尊重し認めるということは「無私の愛」といえるでしょう。しかし、普段の生活においては、まず、自分を大切にしていくことが重要になってきます。誰かの為とか何かの為にという前に、まず、自分自身の為に生きていくのです。なぜならば、自分が充分に満たされて、その状態を心に思い浮かべて静かに観察することが出来たなら、それは自ずと溢れて他の所へと注がれていくはずです。もし、今、愛を充分に観じられないと思う人がいたら、まず、そのままの、今在る自分を好きになっていくことが大切です。自分に評価を付けないで、そのままの自分を認めていくことではないでしょうか。大切なのは、自分を信じることです。「感謝」の心は、マイナスをプラスに一瞬で転じさせることが可能です。人は逆境からも、平穏な暮らしからも、常に何かを学び、成長し続けるようになっているということが本に書かれていました。 怒り、悲しみ、辛い環境にあって、その状況を憎んだり怨んだりしても何の解決にも繋がりません。その苦難を渦中にあっても、心を騒がせることなく静かに見ていられたら、それは大変に素晴らしことです。そして尚、そのことに感謝の心で対応が出来たなら、これは全てのマイナス現象をプラス現象へと転じさせることが出来るでしょう。起こるべくして起こってきている状況は、その起きたことに感謝なのです。起きてきたからこそ認識することが出来て、進む方向が見えて来るのです。見えてきたら、後は、ただ素直に誠実に実行するのみです。そうしたら私達はどのような方法でその繋がりを証明していけるのでしょうか?私は、こう考えます。それが「写真」を通じて問い続けることができる場所がライフスタジオの中には存在しているということです。そして、そのような環境下で自由に撮影することができるシステムがあるということ。そしてその写真に対して、喜んでくださる人たちが多く存在しているということ。これこそが、ライフスタジオで働いて観じることのできる「愛」なのではないでしょうか? Photo by Ouchi codi by Katsu in koshigaya |
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