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【大宮店8月主題・ポージング】自然なポージング
投稿日:2016/9/3
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8月の大宮店の写真主題は「ポージング」でした。そもそもポージングとは何なのか。
スタジオに遊びに来てくれる子どもたちに普段絶対したことのないようなポーズをさせながら、
果たしてそれで良いのだろうかと自問自答することがありました。
どこか自然ではなかったのです。
私の個人的な考えですが、ポーズとはまず体の動きであり、それは仕草と言い換えられると思います。
でもまだそれでは全く説明になっていません。なぜ私はポージングをさせる時に違和感を感じたのか。
それはポーズというものが付随的な性質を持っており、前者としてあるべき何かを飛ばして、
後者であるポーズだけをさせようとしていたからだと思います。
ポーズはそれが連想させる意味と密接な関係を持っています。
例えば朝起きた時、両手を伸ばして伸びをするポーズは、
それだけで眠りから目覚めたことやまだ眠いというイメージに結びつきます。
また頬杖をつくポーズからはつまらなさや考え事、またはぼーっとしているイメージを得ることができます。
だからポーズというものは、他人に自身がどういう状態なのかを暗示させる
よいツールなのだと思います。言い換えればボディーランゲージでしょうか。
要するにポージングとは、人のある心理状態に付随する体の自然な動きであり、
それは一般的な意味やイメージを持つと言えるのではないでしょうか。
そしてポージングをさせるということは本来、被写体の持つエネルギー(魅力)を
表現するのはもちろんのこと、またそれを極大化させる意味があるのだと思います。
そう考えたとき、私の今までのポージングの仕方は間違っていたと感じます。
私が相手に、「こうこうこういったポーズをしてくれ」と頼んだとして、
私の中にそれが連想させるイメージはありますが、被写体にはそれがない。
共有されていないどころか、今はそんな気分ではないということもあるでしょう。
酷く言えばそれは、操り人形のようだとも言えます。
そうなるとポージングが本来持つ魅力を引き出すという作用が意味を持たなくなります。
なぜならば強制的で一方的なポージングにその人がその人である必要はないからです。
結局誰でもいいということになってしまうのです。
だからこそ、ポージングをより自然に、個の持つ魅力を引きだたせるためには、
私たちの投げかけるポージング指示は「きっかけ」のような、
ささやかなものでなければならないと思います。
そのきっかけによって被写体の心理状態の中に変化が生まれ、
その結果、体の動きであるポーズが生まれる。それこそ一番自然に近いと思います。
ただ撮影時間という制限があるため、すべてを自然に作り上げることは困難です。
時にダイレクトな指示をしなければならないこともありますが、その時大切なのが、
イメージを相手と共有するということなのかなと思います。
そしてそのイメージに行きつくまでの設定であったり経過といったものを
どれだけ撮影者側が提供できるのか。そこがミソになってくると個人的に感じています。
一言で言い表せば、ストーリーのある撮影でしょうか。
きっかけは私たちだとしても、そのストーリーの中に入り込んでしまえば、
彼らがそこの主人公なのです。そしてその中で生まれる様々な心理状態から発せられる
信号を敏感に察知しながら、その時々にあった「きっかけ」を投げかける。
それが自然なポージングを作り出す一つの方法なのだと考えるに至りました。
私にはまだそんな撮影はできていませんが、今回の主題であるポージングから、
これから私が目指すべき方向性を得ることができたと感じています。
写真は、コーディネーターの作ったきっかけに被写体の心が反応した結果を写したものです。
体を動かす直接的な指示を出すのか、それとも心を動かすのか。後者はすこし賭けもありますが、
より自然な動きの出る方法のひとつであるかと思います。自然を作り出すことは難しいですが、
私が撮影者である以上、これから5年10年先も追い続けていかなければならないテーマだと思っています。
スタジオに遊びに来てくれる子どもたちに普段絶対したことのないようなポーズをさせながら、
果たしてそれで良いのだろうかと自問自答することがありました。
どこか自然ではなかったのです。
私の個人的な考えですが、ポーズとはまず体の動きであり、それは仕草と言い換えられると思います。
でもまだそれでは全く説明になっていません。なぜ私はポージングをさせる時に違和感を感じたのか。
それはポーズというものが付随的な性質を持っており、前者としてあるべき何かを飛ばして、
後者であるポーズだけをさせようとしていたからだと思います。
ポーズはそれが連想させる意味と密接な関係を持っています。
例えば朝起きた時、両手を伸ばして伸びをするポーズは、
それだけで眠りから目覚めたことやまだ眠いというイメージに結びつきます。
また頬杖をつくポーズからはつまらなさや考え事、またはぼーっとしているイメージを得ることができます。
だからポーズというものは、他人に自身がどういう状態なのかを暗示させる
よいツールなのだと思います。言い換えればボディーランゲージでしょうか。
要するにポージングとは、人のある心理状態に付随する体の自然な動きであり、
それは一般的な意味やイメージを持つと言えるのではないでしょうか。
そしてポージングをさせるということは本来、被写体の持つエネルギー(魅力)を
表現するのはもちろんのこと、またそれを極大化させる意味があるのだと思います。
そう考えたとき、私の今までのポージングの仕方は間違っていたと感じます。
私が相手に、「こうこうこういったポーズをしてくれ」と頼んだとして、
私の中にそれが連想させるイメージはありますが、被写体にはそれがない。
共有されていないどころか、今はそんな気分ではないということもあるでしょう。
酷く言えばそれは、操り人形のようだとも言えます。
そうなるとポージングが本来持つ魅力を引き出すという作用が意味を持たなくなります。
なぜならば強制的で一方的なポージングにその人がその人である必要はないからです。
結局誰でもいいということになってしまうのです。
だからこそ、ポージングをより自然に、個の持つ魅力を引きだたせるためには、
私たちの投げかけるポージング指示は「きっかけ」のような、
ささやかなものでなければならないと思います。
そのきっかけによって被写体の心理状態の中に変化が生まれ、
その結果、体の動きであるポーズが生まれる。それこそ一番自然に近いと思います。
ただ撮影時間という制限があるため、すべてを自然に作り上げることは困難です。
時にダイレクトな指示をしなければならないこともありますが、その時大切なのが、
イメージを相手と共有するということなのかなと思います。
そしてそのイメージに行きつくまでの設定であったり経過といったものを
どれだけ撮影者側が提供できるのか。そこがミソになってくると個人的に感じています。
一言で言い表せば、ストーリーのある撮影でしょうか。
きっかけは私たちだとしても、そのストーリーの中に入り込んでしまえば、
彼らがそこの主人公なのです。そしてその中で生まれる様々な心理状態から発せられる
信号を敏感に察知しながら、その時々にあった「きっかけ」を投げかける。
それが自然なポージングを作り出す一つの方法なのだと考えるに至りました。
私にはまだそんな撮影はできていませんが、今回の主題であるポージングから、
これから私が目指すべき方向性を得ることができたと感じています。
写真は、コーディネーターの作ったきっかけに被写体の心が反応した結果を写したものです。
体を動かす直接的な指示を出すのか、それとも心を動かすのか。後者はすこし賭けもありますが、
より自然な動きの出る方法のひとつであるかと思います。自然を作り出すことは難しいですが、
私が撮影者である以上、これから5年10年先も追い続けていかなければならないテーマだと思っています。
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