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投稿日:2016/7/20

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「未来へ贈る証明写真」

Photo by CHIBA
Codi by GAHEE

3歳の頃私は何をしていたのか覚えていません。

大抵の大人は覚えていないでしょう。
何もかも知らない記憶になっています。
そんな私は実家にあるアルバムを見た時にそう思いました。

小学校の頃の記憶ですらほとんどが曖昧です。

アルバムにある写真は海に行ったり、ディズニーランドに行ったり、姉と一緒に戯れて、ぶすっとした表情のものがずらりと並んでいました。

しかし、私は知りません。事実とはうらはらに私の中には無いものとして認識しています。

それでもそこのアルバムに写っている幼児は紛れもなく私自身なのです。

大人になって初めて知る記憶のものばかりが並んでいて幼稚園の卒園アルバムを見て『ああ、この頃よくこんな事してたな』と結びつくものが記憶と経験で一致します。

2歳や3歳の思い出、記憶とはまるで私ではないかの様に存在しています。

この時、親に写真を撮っていてもらってありがとうと思います。
でなければ0歳から幼稚園に入るまで私は存在を確認できない。
そう考えると今私達が写真を撮っていることはその子にとって大切な人生の存在の証明になるのです。
親が子供のために予約をし、スタジオへ足を運んで将来それをこの先ずっと見ていくものです。そして被写体の本人はいつか知らない自分に直面した時、今日私が撮った写真をもとに推理し自分の記憶と経験を結びつけていきます。私達が撮っている写真とはそういう存在へと変わっていくものです。

その時はどんなだったか?

この写真の3歳の子はよく笑います。
小さな手をよく動かします。
髪はおかっぱであり、頬はぱんぱんに張っている赤ちゃん肌です。

どんな笑い方でどんな容姿だったのか、私は私の2〜3歳頃の写真を見ると笑顔の写真がありません。
どんな笑い方をするのかは知りません。きっとそういう子だったのです。

笑わないのが私の証明、口を半開きにして写真を撮られているのが私の証明、前髪がガタガタなのが私の証明。
虫を捕まえている写真が多いというのもわかりました。
小動物には怖がっていなかったのでしょう。

そういったものをヒントに想像するしか私は私を知る由がありません。
母親に聞きました。
姉にいじめられていたと、トイレにいかずずっとおしっこを我慢して我慢してお漏らしをしていたと、足や頭をぶつけても泣かない子だったと、笑う時は声に出さずに微笑みゲラゲラ笑わなかったと。

そこで私はそういう人間だったのだと認識しました。表に感情を表現するのが苦手な人間だったのだ。

写真と私の母親の証言は一致しました。


この子は笑うと目がなくなります、アゴもあがり声を出して笑うことを表現する子です。
何故横顔だったのかはその特徴を横顔であるために活かすための位置に私が動いたためです。その活かす構図が横のアップ写真になると思います。笑顔に集中し、この子の顔の肉付きとあがったアゴと表現する彼の手を。緑の前ぼかしは右上の余白と真ん中の彼を整えるために斜めに3分割をするために入れました。そしてより引き立たせる彼の横顔の笑顔を。未来の彼へ届く事を願い。


『へえ、僕はこんな笑い方をしていたんだ』


以上が私がとらえた未来へ贈る彼への証明写真になります。

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美しさを表現し、思い出を記録する、楽しい遊びの空間

人生の写真館ライフスタジオという名前に込めた想い。
それは、出会う全ての人が生きている証を確認できる場所になること。
家族の絆とかけがえのない愛の形を実感できる場所として、
人を、人生を写しています。

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