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伝えるということ
投稿日:2012/4/23
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伝えるということ
最近良く言われる事に、文章はかけるのになんで話すことは苦手なのかと言われる。
まえ良く違う人がこんな事を言っていた、話すことはできるのに、文章にまとめる事ができないと。
私はその話を聞いた時に、習慣で解決できる問題であるといった。
私は、今その問題に直面している、会議や討論等で話すことは多い、自分自身ではそんなに問題とは思っていなかったが、指摘をされてみると問題である事がわかって来た。
文章をかけると言うレベルも自分の頭の中の多くの事を文字を通じて確認すると言う作業であるし、私の書いている文書は頭の中での構築されたものと言うよりも、頭の中にあttあ多くの単語の羅列に過ぎないのではないかと考えるようになった。
ある程度はそれで、文章を長く書き、報告書をまとめる力のようなものがついた為に、周りから見れば仕事がある程度できると思われたかもしれないが、本当の意味で文章がかけるわけでも無く、言葉が話せるわけでもない。
最近見たTVの中で「TED」と言うアメリカの取り組みがあった。世界最高のプレゼンターションの場である「TED」は3分間と18分間で自分の研究や主張を述べていくことができる。
そこでは世界中の投資家や、経営者や知識人があつまり、その新しアイディアのプレゼンに聞き入る、そして投資をする話に決まったり討論会がなされたりするのだ。
私も5年後には「TED」に出たいと考えている。その準備は今後進めて行く。TEDしかり日々の生活でも、プレゼンや相手に何かを伝えて行く能力は必須である。ましてこの環境に入れば、自分のアイディアに投資をしてもらうなんてことは日常茶飯事だし、自分自身のプレゼンでお金が動く事もある。
では何が必要か、準備には何をするべきか、そして討論をすると言う事の繰り返しは何を生み出すのだろうか。
まず、思想がなければならない。請け合いの言葉を述べているだけでは何の説得力も何もないし、何かを聞かれた時に答える事も何もできない。
こんな言葉がある。
「自身を持つためには思想が必要であり、思想は過去、現在、未来の歴史に通じなければならない。」というものだ。
私には、思想と言うものが自分のものとして確立していない。
だから、伝わらないし話ができないし、人と共通の土壌に立つことができない。そう思うと本を読むことの大切さを感じると共に、こう書くという毎日の行為への変化もしていく必要がある。
毎日40分あまりを費やすこの時間を、どうして行くか、今一歩決めていきたい。
ただ書く事に飽き足らず、思想を整える時間にするべきではないだろうか。
思想を整える時間にするにはどうすればいいだろうか。歴史に通じなければならないとあるのだが、これは歴史を知り、自分のルーツを知り、相手を知る力を得ることでもある。今のまま、頭の中の整理にこの時間を費やして行くわけにはいかない。
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