PhotogenicChiba Forest

「月咲」

2018/6/16

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“私があなたを見つめるよ”

まるで私に語りかけるようにこの少女はカメラを見つめる。

 

ライフスタジオのインテリアは、ライフのスタッフの手で行います。インテリアという行為はライフスタジオにおいて歴史であり過程であり結果です。権限と責任のお手本です。自身が設置した花の装飾ひとつで良い写真が撮れたりお客様から歓声を受けたりもします。インテリアの変化発展は写真の質が高まることと比例します。インテリアと写真も数多くの試行錯誤で良い結果が出ますが、結局“作らなければならないこと”という核心原理が似たように作用するためです。

 

数百日に及ぶインテリア工事が完成しお客様がスタジオに入った時、胸が高鳴りました。綺麗に並べられた食卓の席に着いたときに何を最初に食べようか悩むような感覚でしたし、素敵な服を着たとき私に似合っているのかと思う期待感とも似たようなものでした。悩みとときめき、期待感や緊張感などで頭も心もドキドキしました。良い天気、青々とした芝、内装の美しい色感、久し振りに会うお客様、そしてやはり苦痛だけど集中させる“撮影”という時間、このようなものたちが浮かれている私を少しずつ落ち着かせてくれました。

 

ツカサは久し振りに会う6歳の子でした。対話をして一歩ずつ撮影していきました。インテリアの段階で最後にセッティングした一ヶ所、一ヶ所が見え、購入して設置したものらの意味が蘇りました。

 

“私を蘇らせる時間”

撮影で被写体との交感は“私”が具体的に生き返る時間を作り上げていきます。まず空間を見てフレームを構想します。被写体の位置を選定して、その場所でスタートします。スタートになる場所がそのカットの核心になります。それは露出、構図、距離が計算されてから始まるためです。撮影する場所を探して要素を逃してさ迷った経験は、誰もが一度はしてみたことでしょう。したがって、しっかり取り揃えられたインテリアは、構想の準備を最大限に減らすのに大きな役割を果たします。窓とレンガがあってベッドがあるこの空間には、窓の下にアンティークのイスがひとつあります。シルクで出来たピンク色のブラウスとネイビーのズボンは空間とマッチする衣装です。そして彼女のお母さんがセットしたヘアスタイル、はっきりした目鼻立ちのツカサの顔まで何か明確さを与える条件です。イメージカットよりカメラを見つめる方が似合うツカサ。イスの上に上って窓の外を見つめたり、クローズアップで怒ったような表情も作ってみせたりと様々な姿をお願いしました。「本を持ってカメラを見てね。でも無表情で私を見つめて!カット!」このようなポーズと表情でカメラを注目するツカサは、私に何かを望んでいるようでした。写真撮影が好きで楽しむツカサが、私へ「もっとしてみて、努力してみて、私を格好良く撮ってみて、私は十分にできるのだから」と心の中で語りかけているようでした。ファッション写真を見ると、写真の構成要素はモデルである主人公を引き立たせるのに最大限の補助的な役割を果たします。最終的にワンカットが出てきた時、なくてはならない要素が周辺の背景と小道具です。しかしモデルのポーズと表情が生きなければ、周辺の環境も無用の長物となるでしょ。ツカサという人物と周辺の要素が調和を作り出し、一組に成り立った写真1枚になりました。

光と色、背景と小道具、被写体と衣装そしてカメラが持っているメカニズム。ワンカットを撮るために準備されているものが多くあります。撮影者はそのワンカットを撮るために構成をし、色を作り、被写体に要求をするなど、演出を行う演出者です。演出者が狙うワンカットは“自然”なものです。ポーズを取っても最終的な結果はそのポーズが自然に、画面を構成しても構図や色感などが自然に表現されて写真になることを望むでしょう。もし特異な写真を撮っても、多くの人々に注目を浴びて自然な見解として表れることを望むでしょう。そんな風に自然なことは誰もが望み欲する状態であり結果です。望む結果を得るために五感が作動する時間が撮影の時間であり、それを私が感じた時、私は生きていることを感じます。ただ単に行き過ぎて取り出されるわけではなく、観察して考えて交感した時に完成されるワンカットを待って、苦痛だけど集中する時間を過ごします。

 

私を蘇らせるのは、五感が作動して手足の指が動く時であり

苦痛だけど集中できることが写真を撮る撮影という時間だ

 

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