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2021年7月のフォトジェニック

投稿日:2021/8/23     更新日:2021/8/23

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『家族という公園で』

 

photo : Masashi Kuroki|coordi : Izumi Saito

No.24 Life studio Shonan

 

毎日のようにご家族を目の前にしてこんな事を思ったりします。

一生の内に家族みんなで一緒に過ごせる時間はそれほど多くないのかな」と。

 

 

 

生まれて間もない頃、母親は四六時中そばにいてくれます。

そして、幼稚園、小学校、中学校へと進み、友達が出来、その友達と一緒にいる時間が増えます。

高校の部活、アルバイトと、成長していけばいくほど家族といる時間は少なくなっていきます。

大学や就職の為に親元を離れて上京、そして恋をして結婚をする。

新たな家族というものが出来て、今までの自分の家が「実家」という名称になり、子供が生まれれば今までお父さんお母さんと呼んでいた人たちが「おじいちゃん、おばあちゃん」という呼び名になる。

場合によってはそのおじいちゃんおばあちゃんには正月に顔を合わせるぐらいになってしまう事もあるでしょう。

でも、人の人生はこうなっていくのが一般的な事です。

だからこそ、みんなで一緒にいられる時は家族みんなで写真を残してもらいたいなと日々思っています。

 

そんな「家族写真」ですが、私は子どもたちの成長記録とはまた違った意味を持っているのかなと思います。

むしろそれとは「全く異なったジャンル」のようにも感じます。

そのご家族の年齢や構成、そして写す人によって「その家族をどう描くか」も変わってくるほど奥が深いものでもあります。

私は家族写真を撮る上でこんなイメージを持っています。

それが「公園」です。

公園には様々な遊具があります。

公園の写真を撮ってくれと言われたら、その遊具全てを写せるポイントを見つけます。

つまり家族は公園であり、お父さんはジャングルジム、お母さんはすべり台、動く事なくドンッと構える公園の遊具の二大巨頭が父と母で子供たちはブランコ、シーソー、砂場といった感じでしょうか。

それが一緒に集まっているのが公園であり、一緒にいるのが家族なのだといったようなイメージです。

その公園に射す西日、その遊具の全てを四隅余す事無く一枚に写す。

それがこの家族写真での私なりのイメージです。

 

 

家族みんなが一緒に過ごせる時間はそれほど多くないかもしれない。

でも、子供たちが新たな家族を作っておじいちゃんおばあちゃんに会いに行くことでしょう。

みんなで過ごす時間は少なくなっても会える人たちは増えていきます。

家族みんなでたくさん会話をしてください。

家族という公園で。

 

 

 

 

 

 

Written by Masashi Kuroki   Shonan

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