店舗フォトジェニック集
Photogenic
シャッターを切る瞬間は、「私の心が動くまま」
投稿日:2019/10/20
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シャッターを切る瞬間は、「私の心が動くまま」
Photo in Tokorozawa
Photographer: Satsuki Kudo
Coordinator: Yoko Mpriya
“私は、カメラマンという写真を撮る装置ではなく、
ただ「一人の人間」として、あなたの前にいたい…。“
最近、カメラマンになりたての頃の自分自身の心境を思い出します。
あの頃は頭がとても固かったので、露出と構図と表情を合わせることだけで必死だったと思います。
「商業写真だから、こういう形で撮らなければいけない」とか、
「商業写真だから、お客様が喜ぶパターンを撮らなければいけない」とか、
今思えば、ライフスタジオの写真を撮るうえであまり良くない雑念に捉われていたと言えます。
もちろん、商業写真なのでこういった考えが必要ないわけではありません。
「こういった形」・「こういったパターン」というのは確かに商業写真には存在します。
しかし、それだけに捉われるのは「ライフスタジオらしくない」と言えます。
ここは、「ライフスタジオ」です。
ここは、「人生の写真館」です。
なにを写すって、来てくれたお客様の人生の一部の時間を、美しく写すことを目的としています。
だから、ライフスタジオにいるスタッフは、「スタッフ」ではなく「人」として、
来てくれた「人たち」の「人生」を見つめることが必要なのだと思います。
こういう言葉にするとややこしいですね。
この概念を、私に教えてくれたシンプルな言葉がありました。
2013年の初春のことでした。
ある先輩カメラマンに、写真を見てもらっているときこう言われました。
「構図も露出もとても綺麗です。だけど、あなたは目の前のこの子自身の何が美しいと思ったのですか?」
この質問に、私は言葉に詰まりました。
そして、反省しました。
被写体の内面を深く見ていなかった。
自分の心すらも見ようとしていなかった。
自分自身がシャッターを切る装置であると痛感しました。
先輩からは、続けてこう言われました。
「あなただけの良い写真を撮るのは簡単なことです。
あなたが美しいと思った瞬間に、美しいと思うように、シャッターを切ればいいんですよ。」
今の私は、この言葉のもとに成り立っているのだと思います。
今回の写真の話をしましょう。
写真の彼女を写すときに、
見たままの彼女と見たことのない彼女
その両方をイメージできたらいいなと思いました。
明るく強気な彼女。
だけどふと見せる真顔でいるときの彼女は、まるで女優のような雰囲気がありました。
普通は怖いとされる真顔も、彼女の真顔は雰囲気がありました。
なので、いつもは光が届かないくらい深いところにいる彼女の姿を美しく写したいと思いました。
Fライトは一灯。
まずは、露出はいつもより暗くしようと思いました。
人の深く暗いところにこそ、そのひとの真実が現れると思います。
なので、一灯で顔と髪の毛にだけ光が届くようにして、デティールを浮かびあげるようにしようと思いました。
ポージングは顎を隠すように。
視線と表情を強調するために敢えて輪郭を隠します。
袖は手で巻き込ませるようにすると、女子度が上がって見えます。
また、このポージングはミステリアスな雰囲気を醸し出す効果もあります。
構図は伝えたいものだけを。
余計な要素が入り込むと、写真は一気に曖昧になります。
ここで伝えたいものは、彼女の雰囲気であり、
そのために必要なのは、表情とウェーブのかかった髪、
そして帽子のつばです。帽子のつばは、写真の上辺のバランスを取るためにもあります。
私と彼女の、誰にも邪魔されない距離感。
撮影者と被写体の間には、距離感が必要です。
近すぎれば、全体のバランスが見えず、
遠すぎれば、本質を見失います。
だから、私のことも、彼女の色も、邪魔しない距離感が必要です。
だから、その距離感を表すために敢えて顔にかかるように前ぼかしを入れています。
カメラマンという装置ではなく、私という人間の視点を以て
目の前の人を見てみよう。
目の前の人の美しさを引き出すために、写真を構成しよう。
私は今も常にそう思っています。
私という「人」が、目の前の「人」を、一人の「人」として、
美しさを見出し、写真を構成していくこと。
これがライフスタジオだけの魅力だと信じています。
私たちは、その家族の、その人の、その時だけの、人生の時間を、
写真という形の残すことで、存在をしています。
そのために勉強することはいくらでも、
追求することはどこまででも、
していかなければいけないと、いつも思っています。
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