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大阪1号店
私のおじいちゃん
投稿日:2017/12/19
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私のおじいちゃん
今年の始め私は初めて母になりました。
生まれてきた我が子を見た瞬間、私は今まで感じた事のない喜びを感じました。
そして今年も終わりかけた時、私のおじいちゃんが天国へ旅立ちました。
私はそれまでしっかりと触れた事のなかった「死」というもの感じました。
おじいちゃんは宮崎の田舎町に生まれそこで育ち、そこで生涯を終えました。
周りは森と畑ばかり、夜は真っ暗で星空が綺麗です。春は短くあっという間で、夏はカラッと暑く川で釣りをすると気持ちがいいです。秋には家の畑に沢山柿がなるので、窓は干し柿でいっぱいでした。冬は雪はほとんど降りませんが風が冷たく霜がおります。
おじいちゃんの実家は今の家から歩いていけるところにあっておじいちゃんは畑を家の前に耕していました。雨が降ると椎茸がたくさんとれました。畑でとれた野菜をいつも私達に持ってきてくれました。また、おじいちゃんは釣りが好きだったので、よく後についていって川遊びをしていたのを覚えています。
またおじいちゃんは大工さんでした。
実家にはおじいちゃんの仕事場があり、木屑がたくさんありました。今ある実家もおじいちゃんが建てたそうです。子供の頃おじいちゃんに私の夏休みの宿題の貯金箱を変わりにつくってもらい、色だけ私が塗ってしめしめと持っていったこともありました。
おじいちゃんはいつも静かであまり話さない人でした。いつも座椅子に静かに座っていて相撲を見ていました。たまに実家に帰ると「たえちゃんか~」と言って笑ってくれるおじいちゃんを覚えていますが、そのくらいしか会話を覚えていません。静かにそこにいるおじいちゃんはとても穏やかでした。
そんなおじいちゃんは生まれたときは二人兄弟だったそうですが、最愛のお母さんが亡くなり、新しいお母さんを迎えて連れ子のお子さんとその後に生まれた兄弟達も合わせると9人兄弟だったそうです。時には新しいお母さんとうまくいかないこともあり、おじいちゃんは辛い事があるとお母さんのお墓を抱いて泣いていたそうです。
そしておじいちゃんは町内で初めて一級建築士の資格を取得しました。
おじいちゃんはそして大工の仕事をしながら20何人の弟子を育てたそうですが、弟子が泊まる部屋も作り、生活の世話もしていたそうで、おばあちゃんは毎回家計が火の車だったと言っていました。また家を直すお金がない人たちから無理にお金をもらわずいつもツケということでなおしてあげていたそうです。まだその時のお金を払っていない人が町内には沢山いるそうですが、おじいちゃんは何もいわなかったそうです。
ある時、私が町内を自転車で回っていたらどこぞのおばあちゃんが「あんたのおじいちゃんは仏様のようなひとじゃいよ」と言っていました。なんだか損ばかりしているようにも見えますが、私にはおじいちゃんが誇りでした。
おじいちゃんは家族間でも色々あったそうですが、おじいちゃんのお父さんは借金を沢山していたそうでしたが、おじいちゃんはそれを全部1人で返したそうです。おじいちゃんは誰も責めませんでした。静かに時を過ごし、自分の良心に正直な人でした。
今回おじいちゃんが亡くなり、おじいちゃんの告別式にながす写真を選ぶために、おじいちゃんのアルバムをひっぱりだして家族みんな総出で選びました。
おじいちゃんはそれは沢山の写真を大事にとっていました。私が子供の頃はほとんど家にいたおじいちゃんでしたが、写真を見ると色んなところにおばあちゃんと旅行に行って沢山写真を撮っていました。スーツを着て観光地で写真を撮っているおじいちゃんはとてもダンディです。
今ひょんな出会いから写真に関わるお仕事をさせてもらっている私ですが、こんなところにルーツがあったのかと不思議で面白かったです。
そしておじいちゃんは最愛のおばあちゃんと家族の待つ天国へ旅立ちました。
告別式で、いつも膝に座っていた私の弟が手紙を読みましたがおじいちゃんは嬉しそうに笑っているように見えました。
今の私がいるのは、いつも静かに優しく見守ってくれていたおじいちゃんがいたからです。そして、おじいちゃんはこれからも沢山の人を見守っててくれるんだと思いました。寂しかったですが、おじいちゃんの顔を見たとき浮かんだ言葉は「本当にお疲れさまでした」でした。
人生を全うしたおじいちゃんのように私も後悔ない毎日を過ごしていきたいと心新たにしました。
今も隣では、息子が私の洋服をひっぱって抱っこして!と騒いでいます。最近はトイレもなんでもくっついてきて大変です。時には子育てが大変なこともありますが、今回おじいちゃんからまた勇気をもらいました。前向きな希望をもらいました。明日へ向かう力をもらいました。いつもおじいちゃんにはもらってばっかりだったのにまたもらってしまいました。
今年私は出産という希望に出会いました。
そして私は死という希望にも出会いました。
死とは決して悲しみではありませんでした。それを教えてくれたおじいちゃんに感謝してこれからも元気に頑張ります。
ありがとうおじいちゃん!
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