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photo essay〜踊る人〜

投稿日:2017/9/19

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踊る人

 

 

 

その日は週に一度の雑巾がけの日だった

私は小学校の掃除の時間が苦手だったせいか、なんとなく雑巾がけがあまり楽しめない

そのため低めのテンションでさっさと雑巾がけをしていた

ドタッ!!

隣の部屋が何やら騒がしい

隣の部屋の雑巾がけ担当が何やら不振な音をたてている

ちらっとのぞくと、鈴木亮平さんがアクロバティックに踊りながら雑巾がけをしていた

一瞬思考停止したが、どんなことも楽しみながらこなしている姿をみて

なんだかうらやましかった

 

 

 

鈴木亮平氏に出会ってからかれこれ5~6年ほど過ぎている

あっという間だった

時には爆笑し、時にはカレーを食べ、時には変装し、時には撮影をする日々だったが

全てをまとめて彼を一言でまとめるならなんだろう?と考えたとき

これだと思ったことがある、それは「踊る人」だ

 

「踊る人」とは具体的に踊るという意味ではなく(まぁ実際踊っているのだが)

心の中で人生を常に踊っている人という意味だ

彼はどんな時もそれを一生懸命にこなしながら、それを踊るようにこなしている

ふざけているという意味ではない

一生懸命に真剣に取り組みながらもそれを苦痛と捉えるのではなく

それをそれとして踊りながら乗り越えているように見えるのだ

 

社会の中で色んな人と過ごす中、もちろん上がる事もあれば下がることもあるだろう

楽しい時もあれば苦しい時もある

時にはゴジラのように暴れたいこともあるかもしれない

だが彼は日々訪れる新しい挑戦を踊りながら乗り越えている

そしてどんどん上に上がっていっている

苦労を知らないのではない、苦労を乗り越えているのだ

 

そして誰よりも努力し精誠を尽くしている

その姿に「尊敬」意外の言葉が私には見つからない

 

 

 

ライフスタジオで沢山の本を読みながら、また討論しながらあることに気づいた

世の中で評価されている本や哲学、教えなど、それらにはどこか「共通」するものがある

それが何かははっきりわからないのだが、入り口はそれぞれ違うけれども、結局たどり着くところは皆一つのように思えるのだ

それは普遍的価値に近いものなのかもしれない

 

そしてあるとき思った

彼の持つ世界観は先ほど話したそれらの「共通するもの」に通ずるものではないだろうかと

イエス・ブッタ・孔子等世界には様々な義人聖人と呼ばれる人々もいる

彼らも入り口は違えどたどり着くところはどこか似ているものがある

そして彼も踊りながらそこに加わっているのかもしれない

 

 

まあ、鈴木亮平氏をいきなり聖人の列に並べてはびっくりなのでこのへんで、、、

そんなこんなではあるが本当に感謝が絶えないということだ

 

だが彼をこれでまとめることはできない

彼には更なる未知の世界が待っているのだ

 

彼を撮影したのは暗い中

ワンライトで赤一色

 

どんな時も踊りながら成長し続ける彼のステージを私はこのように表現した

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

今回メインで赤のワンライト撮影をした訳だが

それ以外にチャレンジで彼に水をかけたらいつもカメラを意識してる彼ではないくずれた表情が撮れるのではないか?と思いやってみた
「あまりぬらしたら悪いかな?」と、シャワーのホースで本人に直接ではなく手前にと水担当にお願いしていたのだが

撮影が始まると彼は自分からいつの間にか持っていたコップで水を自分にぶっかけた

驚いて笑ってしまったが結局、私が楽しませてもらってしまった

 

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美しさを表現し、思い出を記録する、楽しい遊びの空間

人生の写真館ライフスタジオという名前に込めた想い。
それは、出会う全ての人が生きている証を確認できる場所になること。
家族の絆とかけがえのない愛の形を実感できる場所として、
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