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大宮店
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Interstellar (映画)

投稿日:2015/6/25

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いつも「あるある」話しという感じのがハリウッド映画では「地球の危機を救う英雄の話」が多いが、この映画は何かが違う。この映画は本物のような気がする。
それ程遠くもないある未来に環境破壊でもう地球には人間が住めなくなり、宇宙に移住計画がNASAでこっそり進められる。
全人類の運命が託されたヒーロ達は人間が住める星を探しに行く過程が息をのむような映像で描かれた映画だ。宇宙の話しだからと言ってとんでもないSFではなく、細かいところまで科学的な根拠に基づいて描かれた映画で3時間近く目が離せなかった。
 
ネタバレなしの程度で少しだけ内容を話すと、
A案=地球人全員を宇宙のどこかの星につれて行く。(現代科学の力ではギリギリ、住めるほしがあるかどうかも分からない。)
B案=子孫繁栄の為の最低限DNAだけもって人が住める銀河を探していく。(地球に戻れない可能性が高い。地球に残された家族はどうする?)
 
映画の中で主人達はA案とB案で意見が二つに分かれる。
選ばれた人だからと言って個人の「家族にまた会いたい。」という特殊性を無視して「地球を救う。」という普遍性だけを求めることも出来ない。自分にとっての普遍性というのは他人から見れば、特殊性になる相対性をお互いに持っているのである。
普遍性と特集性の弁証法的な関係のように、「これがぜったい正しい。」という真理も他人から見れば相対性のみであり、絶対性というのはあり得ないのだ。
自分の個人的な都合で人類の未来を変えるかもしらない特集性を主張することも、その人にとっては絶対的である。
その為、私達は下手に誰が正しい、正しくないと判断する事は出来ない。
宇宙の歴史139億年のチリにもみたない歴史を生きる私達は微々たるものでもある。全人類数十億人から見れば相対的な微々たる存在である自分である。しかし自分は宇宙の歴史を通して二度と存在しないたった一度きりの人生を生きる自分しかいない絶対的な存在でもあるのだ。それを誰かはこう言った。「一即多、多即一。」
 
宇宙の95%は解明されてない無知の領域であるという。
時間と空間の枠で物事を認識人間は4次元、5次元の話になると認識の限界がある。宇宙は11次元だとも言っているのに5%の知識で宇宙のすべてを知る尽くそうとしているのが人間の欲望ある。人間の宇宙の主人公のように傲慢にも宇宙を全部解明しようとするが全部を知りえる事は無理である。だって隣の人の事も、自分のことも良く分からないんだもの。
宇宙という永遠なテーマは我々を限りなく謙虚にしてくれる。
宇宙は限りなくワクワクさせてくれる。
 

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それは、出会う全ての人が生きている証を確認できる場所になること。
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