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アイリーンといっしょに 韓国士官P19

投稿日:2012/11/1

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アイリーンといっしょに

著者:Terrell Harris Dougan

Center:蒔田高徳

 図書館でタイトルを見ただけでなんとなく借りた本だ。私の娘の名前が「あいり」だから、アイリーンという外国の名前の響きが何か親近感を感じ借りることにした。小説だと思っていた。読み進めていくうちにドキュメンタリーだということが分かった。知的障害を持った妹を持った姉が著者である。知的障害と言う単語だけで言うなら容易いが、知的障害を持つ家族との暮らしは簡単なことではないことがわかる。大宮店で始まった「ぽぽぽ」の活動を思い出す。生まれもって脳の部分に障害を持ってしまった子供、そして年齢を重ねても精神的には子供のままのようで育つ。医師から父母は残酷にも感じる検査の結果、宣告をいくつか受ける。それは診断の結果ではあるものの、現実として受け止める子を持つ親ならばとても苦しいことだ。

アイリーンはこのように医師から告げられる。

1.        お子さんは知能指数が57ほどで、知的障害がある。

2.        読み書きができるようにはならないだろう

3.        たくさんの友人ができるだろう。愛情に対しては、十分に反応できる。

4.        情緒年齢は三歳程度で、他者の気持ちを察する情緒的能力を獲得することはないだろう

5.        感情の激発は、甘やかしが原因ではない。この集団に非常に多く見られることで、脳内化学物質がかんしゃくを引き起こす。

6.        愛情や行為に反応し、ある程度の社会的技能を持っているが、情緒的な技能は不十分なのでおそらく結婚できないだろう

7.        普通の公立学校には適応できず、州立施設以外合うプログラムがない。多くの親は州立施設に子供を入れている

8.        たいへん残念である

 私がそのように宣告されたとしたら、宣告されるだけでない、現実が始まるとしたら、本の中であるたくさんの出来事のように、人生の車輪がたくさん変化するのだろう。それは言葉でこのように明るくユーモアを含めて表現できるだろうか。

 

著者は半世紀を超えて妹アイリーンの為に、寛容であろうとし、受け止めようとし、それでも傷つけ、傷ついて、そしてまた前向きに生きていく。知的障害の妹を幸せにしようと夢中で走りまわる著者の姿は、悲しみと喜びを繰り返す。この本を悲劇のように感じず、終始明るく感じさせるのは、著者がそのように生きてきたからだ。思うようにならずたくさんの失敗を重ねるが、妹の幸せを願っていく。アメリカという社会、ユタ州という地域性、アメリカらしい開放的な思いやりと明るさがある。父親は知的障害の娘がいるという現実から逃げず、道を切り開いていく。新聞に投稿し、仲間を募り、障害者が地域で学べるデイケアセンターを設立する。著者テレルは、保護作業所、グループホーム設立に奔走する。両親が病気になり、妹の世話は著者の肩にのしかかっていく。彼女が奔走する熱意と行動力、そしてコミュニティが政治も動かす、それら積極性を見る時に、私たちの小さな単位での活動、特にこれといった社会との闘いもなく行っているが、人は境遇によって社会ともしっかり向き合っていかなければならない。その社会を担う一人一人の意思と行動が社会を作っていく。

アメリカらしいとも思う反面、同じ人である私たちに同じように出来ない理由はない。終わらない愛情、そして生きていくこと、人と社会と向き合っていくこと。本を読みながら、地域、社会、コミュニティ、宗教、共同体、公共性、活動、そういった単語たちをもう一度見るようになる。

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それは、出会う全ての人が生きている証を確認できる場所になること。
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