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越谷店
たった一人が世界を変える 韓国士官P18
投稿日:2012/10/31
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たった一人が世界を変える
編著:轡田隆史
Center:蒔田高徳
この本は妻が図書館で借りてきた本を私もそのまま借りたものだ。この本の中には4人の登場人物が出て来る。その人物たちのドキュメンタリーである。タイトルのようにたった一人で世界を変えることは本当は難しい。しかし、たった一人でもずっと信念を持って続けていくとき、周囲の人々へ変化が起こり、それが伝達していき、世界が変わってくることがある。もし、たった一人の闘いだと思う孤独な闘いがある人がいたなら、この人たちの信念の闘いはどれだけ励みになるかわからない。私も勇気をもらった。
著者は彼らのドキュメンタリーを「美談」として作りたいのではなく、人間らしさ、人間臭さを出したいと表現する。「美談」となってしまったのなら、自分の筆力のいたらなさであるという。「美談」でないならば何なのかと言えば、普通の人々が、ごく普通のように実行している「普通の行い」を紹介しようというのだ。もちろん、普通の行いとはいえ、誰もがすぐ明日から丸ごと実行に移せるような行いではない。ではないのだが、可能性がゼロというわけでは決してない。この人々の「考え方」や「行い」の心の部分は読者である私たちの心の奥底に静かに潜んでいるかもしれない。そのことに、まだ気づいていないだけかも知れない。様々な可能性やすばらしさを、他の人の行動や発言をとおして「発見」する瞬間というものが、人生には時々あるのだ。それが、私にとって読書かもしれないし、討論かもしれないし、仕事を通しての現場であるかもしれない。
著者がいいたいのは、この本に登場している何人かの行為は、「特別な人」だけに可能な「偉大な行為」ではけっしてないということだ。フランスの作家、ジャン・ジオノの作品「木を植えた男」は、荒野にドングリの実を一つ、一つ、黙々と植え続ける男の物語だ。「創造が新たな創造を生み、そこからさらなる創造が生まれる、そんな連鎖のはたらきが思わぬ成果をもたらして・・・」荒野はやがて緑したたる森になり、小川の流れも復活した。男は、しかし、なぜそんなことを、たった一人で何年も続けてきたかを、ほとんど語ろうとしない。ごく短い作品を支配しているのは、真に印象的な静けさである。荒野に鉄の棒で穴をあけては、ドングリを一つ一つ埋めてゆく孤独な作業、単調な作業の繰り返し。何年かがたって、旅人が目にした、木々の緑の鮮やかさ、風のそよぎ、さわやかなせせらぎ、人々の楽しげな話し声。たった一人の老人の無心のおこないが、いつの間にか、世界を変えていたのだ。行いそのものはドングリを一つ一つ植えていくことだけ。
平凡といえば、これほどの平凡はない。平凡な行いの積み重ねのみが、偉大をなしとげるのである。偉大とは平凡の積み重ねである。偉大とは平凡な一人の人間の、平凡な行為の連続によって、もたらされるもの。人は、荒野が緑の森に生まれ変わるようなことを、とにかく「奇跡」と呼びたがるものだが、奇跡は何回も起きない。しかし、平凡な、当たり前のことは、何度でも繰り返し行えるのだ。奇跡よりも、平凡が大切なのである。奇跡が、荒野を緑の森にしたのではない。平凡が、荒野を緑の森にしたのである。奇跡の物語を読んだとして、私たちの精神の糧にはあまりなりそうにないが、平凡の物語は、私たちに勇気を与えてくれるのだ。なぜならば、平凡なら、私たちの心の中に、いくらでもあるからだ。私たちはそのような平凡の活用の仕方をまだ知らないだけだ。少なくとも老人の心は、私たちの心の奥にもあるのだ。ただ、そうと気づかないだけで、気づいた時には共鳴し、感動するのだ。あるものがあって共鳴するのだ。本当の自分を発見していないだけだ。本当の自分を発見する方法を手に入れるには、本当の自分を発見した人の体験に習うことだ。この本で出て来る登場人物たちはそんな人たちである。
以前、李社長と二人で電車で帰る道で、なんでもない話をした。足りないものは情熱か?それとも信念か?そんな質問をしたり、あの人は信念の人か?それとも情熱の人か?という質問をしたり。二人で話したのは、二人とも情熱ではないということだった。情熱はあったらすばらしいが、情熱に集中してはいない。
「目の前にあるやるべき事をしてきた。」そう李社長は言った。その時、私が思い出したのは「木を植える人」だ。私も今行っている100冊の読書感想文レポートは、情熱というよりは、目の前にあるやるべき事を、単調にやっている老人の心理、そんな気がする。そして、そこから見えてくるいろんなものは、本来当たり前のようにあったのだが、自分が発見していなかっただけのことたち。そういった黙々と進めていく一つ一つの行いからも発見がある。ライフスタジオが店舗が増えて来た経緯をいろんな角度や要素から分析し評論することはできる。ただ、その時二人で話ながら確認したのは、今このタイミングでライフスタジオ白書が必要だなと思ったことだ。それは私たちがどんな景色をこれから見るのか、なぜドングリを植え続けるのか、それは感動の奇跡ではなく、一つ一つドングリを植えてきた平凡の積み重ねという信念のようにも思える。
それは人から見た時は、感動かもしれないし、当たり前かもしれないし、平凡かもしれない。この本のタイトルのようにたった一人が世界を変える第一歩を踏み出すかもしれない。
そして世界は変化していく。あなたは、私は変化できるだろうか。私たちの会社では変化を、また、変化を作り出すことを、とても大事な事だと思っている。私も入社した当初はよくわからなかったが、今ではそう信じているのだ。一つ一つ木を植えるように。
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