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快適都市空間をつくる 静岡P87

投稿日:2012/5/16

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快適都市空間をつくる

著者:青木 仁

Center:蒔田高徳

 私たちの生活空間は魅力的だろうか?

この疑問からこの本は始まる。日本は経済大国である。私も少し前まで暮らしていた東京はその中心だった。しかし、暮らしてみるとわかるのだが、東京で暮らすことが決して快適ではない。むしろ窮屈である。「通勤」はむしろ「痛勤」である。昔は東京に憧れがあった。まだ見知らぬ都市、エネルギーを持った街。情報の発信地、モダンな街。そう思っていた。今は私が年をとったのだろうか。東京に行こうという気持ちが全くわかない。

 美しくもなく、快適でも便利でもなく、治安はいいものの、道のせまさや交通量、安全でもない。時折、テレビで流れるヨーロッパの街並みを見て、うらやましいなと海外旅行を夢見るのは、なんだか残念なことである。私たちの国では、どうしてそれができなかったのだろう?

 東京という街を見てみれば、そこに快適さや、空間のデザイン、都市計画などが綿密にあったものではないということが分かる。家を区別するための壁、隣の物件と隣接し、日陰になっている建物、構想アパートが立つたびごとに、後ろのたてものは日陰になるなど。

窓を開ければ、やたらと隣の建物が近いなど。明らかにおかしな構造がいたるところにある。そして、窮屈を感じるのだ。高級マンションにでも入れば違うのかもしれないが、だとしても、窮屈を感じる街並みなのはどのような計画性なのだろう。

 そこには「公共性」というテーマはなかったようだ。東京という街は「生産性」選んだのだ。「生活軽視」「生産優先」の負の遺産がその街づくりだ。

 著者がこの本にこめたメッセージは著者自身が国の行政官として、都市・建築・住宅分野での公的な規制や事業制度の企画・運営に携わってきた過去がる。その立場にあったものとして、この問題に決着をつける義務を感じている。それは、反省の念であり、未来に対する責任の意識だ。それは、行政に携わった著者だけのものではないと私は見る。私たち市民も、同じなのだ。この国の傍観者ではなく、互いにつくりあげるべきなのだ。それが公共性を語り、より良い街や国づくりを生んでいくのだ。

 行政の責任、建築生産に携わる専門家の責任ももちろんあるが、生活者自身の責任も存在する。街並みに対する責任感の欠如を正していくことで、より良いデザイン空間を皆で作り出すことが可能なはずだ。日本では、都市空間のデザインや公共性や、市民のあり方に欠如している部分がたくさんあると思う反面、互いがルールを守り、譲り合い、助け合うことのできる「持っているもの」も大きいのだ。だからこそ、少しずれてしまったボタンのかけちがいを修正していくことで、良くなっていける。一から作り直す必要まではないくらい、私たちは「持っているもの」もあるのだ。

 本の中では、様々な問題点を具体的に取り上げている。また、問題提起だけでない、問題解決法の提案をしている。それは生活空間全体に総合的責任を発揮する新たな地域行政システムの創造の提案であったり、庶民の為の都市計画、生活空間デザインの推進運動、行政システムのリストラクチャリング、壮大な日本再生プログラムとまでなる。

 元気で快適な日本を再生するために、頑張ってきた「技術」と「人」に代わり、どのように何ができるか?それこそが、不適切、不完全、不十分な「行政システム」によって、適切に利用されることを不本意かつ強制的に不可能な状態にされていた国民の資源と能力

だ。日本はこの適切に利用されてこなかったさまざまな資源・能力を私たちがいまこそ引き出して活用すべき国民共有の貯金だと考える。

 曲がってきたものを正すには、反対の方向へと持っていく力がいる。日本国内にある行政の歪み、また国民一人一人の意識を改善されたらどれほどの改善価値、改善効果が生まれるかわからない。現在、財政的に厳しくなった日本ではあるが、ここまできた日本社会にまだやり直しのチャンスがあると見ていると、危機感もあるが、希望もある。正しい方向にこの余力が投入されるべきだ。

 

生活者主導の変革を目指す 

 私たちは、自らの力で社会制度を変えることができるのである。私たちは、社会制度の中で生きている。政治制度、行政制度そして産業制度が私たちの生活空間のありよう、権利義務関係そしてひいては私たちの一生の質までもを規定している。政治家に最も有効に圧力をかけられるのは「選挙民」である。行政官に最も有効に圧力をかけられるのは「納税者」である。そして、産業人・財界に最も有効に圧力をかけられうのは「消費者」だ。そしてこの「選挙民」であり、「納税者」であり、「消費者」であるのは、私達一人一人だ。著者はこの3つの圧力を行使することのできる私達自身の存在を「生活者」と呼ぶ。そして、政治家も行政感も財界人も結局はみな一生活者だ。それらみなが外圧をかけるパワーを持った変革者としての「生活者」なのだ。そして、この「生活者」には、投票し、納税し、購買するという強力な手段が備わっている。私達一人一人には、自分自身の力でこの社会そのものを変えることができる潜在能力が備わっている。

もし、私たちがそれぞれ「生産者」と「消費者」にわかれて議論してしまえば、対立関係に陥いるが、その立場の差を超えて、私達全員が共有できる「生活者」という立場に立てば、私たちの利害は完全に一致する。私たちが「生活者」の立場に立って、私たちの生活そのものを規定している社会制度、社会環境を再点検し、その改善方策について真剣に考え、そして自らが有する三つの力をどう組み合わせて取り組むかを決定し、そして実際に行動しさえすれば、その社会制度、社会環境の変革の実現が可能になる。

誰かが始めなければ、世の中の「慣性、惰性」は動かない。始めるべき人間には、現状に対する不満以上に、未来の行く末を見通すことのできる能力が要求される。本質的な方向性が見えないまま、目先の問題解決に走ると、大きなところで道を誤る可能性が高い。何が変わらず、何が変わってしまったのかについて、歴史を振り返りながら考え、そして、今何が変わらなければならないかということについて、そして何が変わってはいけないものについても、それらを明晰に見通す眼を持ちたい。それをもつことができた者だけがこの変化の時代のリーダーとしての十分な説得力を持つ。

今は不足な私は安易に答えを探すのではなく、その為の視覚を視野を広げなければならない。

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