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国分寺店
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みかん橋

投稿日:2018/3/29

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今月の店舗としての課題図書として藤沢周平の橋ものがたりという本を読んだ。内容としては江戸時代の人間模様を橋を絡めながら展開していく短編小説のオムニバスだ。

当時は現代のように、すぐに連絡を取る術がない。

人と人とが落ち合うためには何かしら大きな目印が必要だったのだろう。それが橋ということだ。

現代も待ち合わせということにおいて、何かを目印にするという点では当時と同じように感じる。

 

ただ、携帯という存在によって、相手の状況や今どこにいるかなどが直ぐにわかるようになった。

それによって、来るか来ないか分からない相手を無駄に待ったり、待ち合わせ場所に留まる必要が無くなったりと効率的に待ち合わせが可能になった。

 

自分に置き換えて考えてみた。

私が携帯電話を持ったのは高校一年生の頃だった。

それまでは友達と遊ぶ時の待ち合わせは、物語の様に橋の上だったことを思い出した。

 

その橋は、道路の開発途中の為、作られたが開通がされていない橋で当時の私たちは「未完成の橋→みかん橋」と名付け、集合場所はいつもその橋の上だった。

 

学校帰りに「みかん橋集合ね」と約束し、家に着くと早々にみかん橋に急ぐ。みかん橋が自分の家から割と近かった為、いつも私が先に着き、友達と到着を待っていた記憶がある。

 

当時は携帯も持っていない。待っている間というのは想像を掻き立てる時間になる。

今日何して遊ぼうか、何時ころ友達は来るのかなどなど、それに飽きると閉鎖されている橋をいいことに、寝転んだり、一人遊びを考える様になる。

 

そうやって友達が来るのを待った。

今考えると、そうやって待った時間も含めて、懐かしいそして楽しい思い出だったと感じる。

 

携帯を持ったことで、効率的になったのだが、その分「待つ」ということをしなくなった様に感じる。

待っている間も携帯を開けば、あっという間に時間が過ぎて行く。

 

またあの頃の様に「待つ」ということをしてみても良いかなと思った。

 

 

 

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それは、出会う全ての人が生きている証を確認できる場所になること。
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