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常識の外側

投稿日:2022/1/7     更新日:2022/1/8

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photo by king   

 coordinate by uma

written by king

撮影中に目の前がいきなり真っ暗になった。

「えっ?」

まるで普通に道を歩いていた思っていた瞬間、エスカレーターの上から転げたような感覚だった。

特別な物音もすることがなく、音が消えた世界に行ったみたいだ。

そしてゆっくり音が耳に入ってきた。

「メバマクナイ。」

外国語のようなイントネーションで、まったく意味がわからなかった。

私が今度はちゃんと聞き取るからお願いだからもう1回言って!!!の願いを込めて・・・・・・

「な、なんて言ったの?」

と唾をゴクリを飲んで聞いた。

「目が臭い。」

私の両目を子供の手でベタッと塞がれたと同時に呪文は唱えられたのだ。

スタジオは笑いに包まれた。

私には目が臭くなるというユーモアのある常識はなかった。子供の常識と私の常識には大きな違いがあったのだ。

 

私は自由になりたいと思っている反面、常識の中にいることを望んでいたりする。

または常識の中にいることに気づいていない場合もある。

分かってはいるがうまくいかない時に、子供の発想というのは私を脳を刺激してくれる。

子供は固定概念にとらわれてはいけないという固定概念を持つことを教えてくれるのだ。

私たちは写真の表現方法に関してよく悩む。

写真を私の投影だと規定するのであれば、写真は私自身、私の概念を表現している。

変わらないような写真が75カット続いた時には、私は写真または仕事に対して一定の水準でこなす人だ。という自分が表現されてるのだと思う。

「それで写真を撮っておもしろいのか?」

そんな自分に対して自分が揺さぶりをかけてくる。

写真に集中することは、目の前の気づかれない小さな美しさを、小さなファインダーから見つけることに集中することである。

当たり前の日常の中から美しいエッフェル塔を探す能動的な行為なのではないか。

それが写真の楽しさであり、私の最も重要な仕事である。

私のこの1枚は、常識の外側を表現したイメージ写真である。

イメージ写真は言葉にできない感情や表感覚を別の形で表現することであり、言葉にできない感情や感覚を私は写真で表現する表現者または技術者である。

バックライトに照らされた輪郭だけの15歳の少女は地球儀を見つめている。

レンズのないメガネのフィルターで見つめている15歳の少女には、反射した窓が重ねて写っている。

反射した窓には、スタジオのおしゃれでかわいい雰囲気ではなく、現実的な電線や空、木などが写っており、まるで現実と非現実が連結され見る人を錯覚させる。

画面全体は薄い青と濃い青のグラデーションで統一されており、宇宙から見た地球の温かい青さのようでもあり、ある日突然不幸なことがおこったような冷たい青さのようでもある。

地球儀には広いようで狭いようでもある世界というイメージがあるが、15歳の少女は世界の外側から世界を見つめながら「彼女のなにか」を訴えかけているように見える。

それは、話さないことではなく、話さなくてもいいことかもしれない。

自身の目の前に対する不安かもしれないし、将来に対する希望なのかもしれない。

それは私にはわからない。この1枚のイメージ写真を見た人がどのような感情や感覚になるのかはわからない。

ただ撮った私が言えることは、自分を肯定するイメージができるイメージ写真になって欲しいと願っている。

常識の外側を飛び越えた時に、そう思うのかもしれない。

 

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