PhotogenicYoyogi

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2018/5/5

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お父さんについて

「行ってきます」、「行ってらっしゃい」
「ただいま」、「おかえりなさい」
 
みんなが帰る家があって、毎日みんなが顔をあわせる場所がある。
当たり前のようなことだけど、それは本当に幸せなことだと思う。
一緒にいるから感じること、そして一緒にいるから気づかないこともあるだろう。
 
私の父は、私が5歳のときから17のときまで単身赴任で家にいなかった。
小さい頃は、たまに父親が帰って来るのを今か今かと待ちわびたものだった。
決まって東京のお土産を買って来てくれるのだが、それがとても楽しみだった。
東京バナナと草加せんべいが定番で、包み紙を破り捨てて開けていたことを思い出す。
 
またうちは母も仕事で家を空けることがあり、長い時で1年以上海外に行っていたので、
父も母も家にいないことがあった。祖母と私と2歳の弟3人での生活。
今思えばだが、正直どう暮していたのか思い出せない。
ただ、たまに帰って来る父だけが、私にとって本当に救いだったことは覚えている。
 
そんな父が明日の飛行機でまた遠く離れて行ってしまう晩のこと。私は父にお願いをした。
よくある豚の貯金箱を手に、このお金で自分を一緒に連れて行って欲しいと言った。
合わせても500円にも満たないそのお金を見せられて、そのとき父は何を思っただろうか。
 
結局その晩は泣き疲れて寝てしまい、気づけば朝になっていた。
昨日父に渡したはずの貯金箱は、そっと枕元に置いてあった。私はその日学校を休んだ。
 
そして時は過ぎ、青春の赤い吹き出物が私の頬をまっ赤に染めた頃、
私と父の関係は少し変化していた。いや、父というよりは私が原因か…。
帰ってきても顔をあわせることなく、徐々に会話をする数も減っていた。
また、複雑な感情をうまく消化できず、父にひどい言葉を発したこともあった。
 
そんな私が一度だけ父について他人から話を聞く機会があった。
その人は昔、父と一緒に仕事をしていたという人で、その人から聞かされる話は
凍り付いた私の心にも響くものだった。仕事をしている父も、家庭の中の父も、
これといった印象があまり無かったから余計にそうだったのかもしれない。
そして、そのとき初めて素直に、父に対する尊敬と感謝の気持ちを持つことができた。
 
お父さんとお母さんは偉大なり。子どもにとって全てと言っても過言ではない。
いつも心配してくれて、話を聞いてくれて、寂しい時も嬉しい時もそばにいてくれる。
怒られることもあるけど、それは愛情の裏返し。どんなときも味方なんだと思えるだけで
乗り越えられることはたくさんあるだろう。それくらい親の存在はデカイのだ。
 
大きくなって社会に出て仕事をして、今では奥さんがいて自分たちで生計を立てている。
そうこうしている内に父も母もいつの間にか歳を取り、最近では後姿が少し小さくなってきた。
しかし、それでも私にとって親の背中は大きいもので、特に父のそれは格別だ。
多くを語らないその背中に、これまで一緒に過ごせなかった時間の流れを感じる。
時間を巻き戻すことはできないけれど、離れていたからこそ気づけたこともたくさんある。
ありがとうでは足りない。でも、その気持ちだけは大切に持ち続けていたい…。
 


 
今回ご来店頂いたお父さんはご予約の電話確認の際に、海外にいらっしゃることが分かった。
そして日本に一時帰国されるタイミングで写真を撮りに来られるということだった。
 
大切な人と離れて、単身、言葉も文化も違う国で仕事をすることは想像するに難くない。
またその状況で写真を撮りに来られると聞いて、それ以上でも以下でもなく、
ただ単純に、家族が集まって顔をあわせたその喜ばしい事実を形に残したいと思った。
 
通信手段が発達した今でさえ写真が大切にされるのは、それがただの記録では無いからだろう。
そこにはこれまでと今、そしてこれからが詰まっている。他の誰かにとっては何でもない写真でも、
その人のことを大切に思う人が見れば、同じ写真でも全く違って見える。
 
写真は父と息子の触れ合いをイメージして肩車をしてもらった。
父の大きな体を肌で感じられるのはきっと今だけだ。
どっしりしていて安定感があり、どんな敵でもやっつけてくれそうな頼もしさと懐の深さ。
私の中での父性とはだいたいそんなところで、それをぎゅっと狭い画角の中に閉じ込めた。
より二人の今をその表情と仕草から感じてもらえるように…。
 
いつか子どもが大きくなってこの写真を見た時に、何を思うかは分からない。
でも、お父さんと同じ場所と時を過ごし、お祝いをしたことは感じてもらえるだろう。
そしてお父さんの肩の上で無邪気に笑う自分の姿を見て、愛されていることを感じるのだろう。
この時、お父さんがどういう心情だったのか、またどういう人であったのか、
大きくなってまたそれを知る時、この写真の意味はもっと広がっていくと思っている…。
 
そして私にできることは、そういった起票となる写真を残すことだけなのだと思う。

Photo by Ueda Tomokuni

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