Staff BlogNagoya

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2011/5/19

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写真の話は…と思いながらも今日は写真の話をしてみます。

 

‘「慣れ」というのは写真を撮ることにも当然言えることだと思います’

 

光の読み方、美しい構図、被写体との距離、一つ覚えたらもう一つ。頭で覚えたものが体で使えるようになり会得していきます。頭の中にはイメージがあったとしてもそれを外に出すことが最初に必要なことだと思います。私もそうですが写真を撮り始めた時は何が良く何が悪いのか?そのように考えていたしそれについて悩んでいました。カメラマンになるまでに自分が写真を趣味として持ち合わせていたわけでもなく、写真の魅力に憑りつかれていた訳でもありません。私が写真を初めた時はそうでした。

 

だから特にそうだと思うのですが最初から正解(答)を探すことに必死でした。文法のように決まった言語配列が必ず存在するのだと、数学のように「解」を導くための決まった方程式が存在するのだと。必ずそのような導き方は写真の世界にも存在するしそれを早く完全に覚えようと躍起になっていました。勿論写真の世界にも決まり事のようなものが存在します。しかしながら国語、英語、仏語のようにそれぞれの分野での参考書が存在するものではありません。こと細かく分類されたものに対してこれだという絶対の方法というのが存在しません。ここまでは覚えたけれどもその先は、今ここまで来たけどこの先は…、本来の私の性格のせいかすぐに答を見つけようと必死でした。

 

そのような考え方を持っている私は写真を撮るには不向きだと思ったこともあります。不向きというのか、ある種芸術の分野というのは自分の五感を素直に働かせ表現していくことであり、暗記ではないからです。「何かの本に書いてあったようなこと」、「誰かに言われたこと」は表現できている。ただそれだけでした。

 

正直それでいいと思っていた時期もあります。「慣れ」がきたのだと思います。多くのことを覚え、多くのことに慣れてきました。「慣れ」の怖い側面はそもそもそのような状態に自分が気づきにくいということです。何事もそうですが写真も同じで自分が撮る写真に慣れてくるとなかなかその先に繋がりません。

 

私は多くの先輩に写真を教わってきましたが、その一人の方が「写真は急に良くならない」と仰っていました。その時はよく分からなかったのですが今はそれを多々実感しています。その理由の一つに「慣れ」があるのだと思います。限られた環境の中での繰り返しの連続。新しく発見することが日に日に制限されてきます。発見をしないことに慣れていくことになります。そこから脱出する為には何か「特別なこと」を自分で取り入れ発見をしなければいけないと思います。

写真を始めた時というのは自分が撮影した写真が良いのか悪いかを常に悩んでいました。今も勿論写真について悩むことはありますが幾分かその悩みからは解放されたような気がします。

当時を振り返ると「良い悪い」を真剣に悩んでいたり、高い理想の前で足が竦んでいたというよりも「発見」が無かったのだと思います。自ら発見し、それに集中している時というのは妙な悩みはありません。発見の機会をつくることでそこから幾分かは成長ができると思います。「慣れてきたこと」によって新しい発見の為の探求力というのが、最初に自分がカメラを手にした時とはやはり違います。だから「特別なこと」が必要なのだと思います。

 

私もカメラを手にしてそろそろ4年が経ちます。多くを教わり、経験もそれなりにしてきました。個人的に「特別なこと」を探すことを特に難しく感じます。そういう時期だと思います。1年前、2年前の自分の写真を見て大きな変化があるわけではありませんがただその中でも確実な違いを自分でも把握できます。それは技術的なことではなくそれ以外の部分が大きいと思います。

 

‘酒を飲み、酔っ払いながら自分の写真に対して悩むカメラマンを見て、自分もその時期はそうだったなと…、’

そういう時期は必要だし、今はそれで良いのだと思います。「特別なこと」を自分なりに見つけ、見つけることができなければ誰かにそれを与えてもらいながら。「評価団」というものもできたことですし良い機会だと思います。どう進むかは分かりませんが。

 

最後にですが今の写真は多くの素材で溢れていると思います。そういった素材が増えるとそれに頼りながら写真を撮ることに慣れてきています。「こうでなければ」、「あれがなければ」写真が良くないという話をする時があります。素材だけで写真が良くなった気がしてしまいます。しかしながら+αの要素を効果的に使用するのと、それに頼るのとはまた別の話です。その線引きは難しいかもしれませんが適切な判断を自分でしていくことがカメラマンには必要だと思います。

 

素材はあくまでも素材、そう言い聞かせながらも新しい素材を探している自分がいます。

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